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宵の明星  作者: kuroe113
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シンクレアのあまりにもふざけた言葉に対し行われる事となった制裁によって、頭を抱えてうずくまってしまうことになるが、その動作はどこか芝居がかっていえ、もしかしたら痛がっているというポーズを取っているだけではないかと勘ぐってしまう。むしろ、メガネを取り上げた時のほうがダメージは大きかったのだろう。

 

 余談ではあるが、このとき没収されたメガネは、イサベルの宝物リストに飾られることとなる。

 

 「うぅー、何も殴ることないでしょう」

 「今のはシンクレアが悪い」

 「ウェーーン、イサベルが虐めるー」

 あまりにも分かりやすい嘘泣き。

 「鬱陶しい」

 鋭すぎる切り返しに、一瞬押し黙ってしまう。今までの嘘臭さが消え、本当にダメージを受けているよう。それでも、次の瞬間には顔を輝かせ、自信満々な様子で手を打ち鳴らす。 

 「そうだわ、イサベル、私いいこと思いついちゃったの。シンクレアって長いでしょう。だからね、これからは、私のことクレアって呼んで。こういうのって、あだ名って言うんでしょう。友達とか親しい相手で使うらしいの」

 先程までの、重要そうな話題から一転して、どうでもいい話。おそらく、お姉ちゃんという呼び名を取りやめた反動がここで出たのだろう。イサベルの侮蔑の視線を挽回するというのも否定できないが。


 「シンクレア、魔力の」

 しかし、重要そうな話を進めてる分けで、逃亡が急務となっているのだ、非常時でなければ話を続けてもいいが、今現在であればためらわれる。 

 それも、イサベルの唇に人差し指を押し当てられたために押し止めらた。

 「クレアでしょう」

 先程提案した呼び名で呼ばれなかったことを不満に思ったようだ。

 「クレア(魔力の隠蔽の話は)」

 続けようとしたものの、シンクレアは、この呼び名で呼ばれたことにご満悦の様子で、会話なんて碌にに聴いていなかった。こうなって、来るとイサベルに思う所が出てきたしまう。

 「私のは?」

 「そうね。イサベルのあだ名も考えなくちゃ。流石に、私だけあだ名で呼ばれるのも、味気ないし。そうね。じゃあ、イサちゃんで」

 「嫌」

 「じゃあ、じゃあ、カスちゃん」

 「ノー」

 「え~、気に入らなかったの。じゃあ、テリャちゃんで!!」

 ここまでのやり取りで、イサベルは悟った。この人には、ネーミングセンスが、一欠けらとしても存在しないということに。そしてほっとけば、とんでもないあだ名が定着するという事を。

 「ベル」

 「でも、こういうのって、自分で決めるというのは些か味気ない物がありませんか」

 思わず、思わずにだ、シンクレアを生ゴミでも見るかのような視線で睨めつけてしまった。これは完全なる黒歴史として、イサベルの中に刻み込まれることとなるだろう。

 「ハハハッッ!! 冗談、冗談です。ベル。ああっ!! なんて素晴らしいあだ名なんでしょう♪」

 

 家族と思っている相手からの、侮蔑の視線に耐えられなかったのか、瞳を左右にせわしなく移動させながら、必死に取り繕う。 

 「はい」

 「分かったわ、ベル」

 

 そう言うと、彼女は、先程までの空気が嘘であるかのように太陽のように微笑んだ。

 そして、その笑顔のまま、固まる。

 10秒ほどしてから

 「分かったわ。ベル」

 表情を崩さずにリピート。また10秒ほど表情を崩さず

 「分かったわ。ベル。これからもよろしくね♪」

 「はい。クレア」

 さすがに、ここまで、繰り返されれば、イサベルにも、シンクレアが何を求めているのかが分かる。

 「あれ、そういえば何の話ししてたんだっけ」

 話が思いのほか盛り上がってい待ったせいで、会話が途切れ、話の文脈を見失ってしまったらしい

 「そう、そうよ。イサ……ベル、これから魔力の隠蔽について教えるわ」


 自分が決めたあだ名が採用されなかったことに心のどこかで不満を持っているのだろうか。それとも、いつものボケが炸裂したのか分からないのだが、イサベルはあだ名自体どうでもよかったためもあり、無視。シンクレアは少々気まずくなるも、何の変化もないことから、持ち直し、話を続行させていく。

 

 「まずはそうね、魔力を扱う上で最適な状態とはなにかしら、イ……ベル」

 やはりまだ慣れないようで、本日二回目の失敗、しかし、イサベルは寛大な心を持ってスルー。この時になって、いつものボケによる失敗と確信することとなるのだが。

 一切の反応を示さない態度のおかげか、シンクレアの方は心の中でセーフと安堵していた。

 「非想非非想天」

 「そう、完全なる無ではない無。この状態が、精神世界を拠り所とする魔力を扱う上で最適と言われているわよね。これは魔力を使用するための条件。三界の一つ、無色界の最上位位階。とは言っても、流石にここに到達しろとは言わないわ。あなたにしてもらうのは、その一つ下の位階、色界にとつたつしてもらうこと」

 「難しそう(教えて)


 だが、無情なるかな。彼女の保護者(シンクレア)は、心の内に秘められた声を聞くことなんて出来はしない。

 「そう、そこまで知っているなら話は速いわね」

 イサベルが、これまで習ってきたのは主に、魔法の起動式についてだ。どうしてだか知らないが、魔力の制御方法は触りだけしか教わっていない。それも、真面目に学んだのかどうかも分からないような男から教わったの。流石に誰でも知っているような有名な単語は知っているが、重箱の隅をつついたような知識に関しては、怪しい、というよりも知らない。

 非想非非想天について、よどみなく答えたことで、シンクレアは補足説明をすっとばして本題に入ろうとしているために、話をほとんど理解する事が出来ず、イサベルは内心大きな焦りを感じていた。先ほどの説明すら全く理解できていない。

 

 そんな、イサベルの機微を察したのか、シンクレアは、両の掌を合わせ、耳に残る音を発生する。

 注目を集めたいときや、話を聞かせる時、何らかの仕切り直しを行うときに好んで行う動作まもだが、それと同時ににっこり笑顔でこう言い放った。

 「疲れただろうし、今日はもう休みましょう」

 「えっ?」

 普段感情をあまり表に出さない、イサベルであるが、目が点になった。


 「えっ? えっ? えっ?」


 「聞いてなかったの、今日はもう休みましょう♪」

 思わず、意味のない言葉を連呼してしまうが、しょうがない。これから先、もっと詳しい説明があるかもしれないと身構えていたが、シンクレアはそんなことは一切無視して、例の明らかに搭載量がおかしい、カバンから、一枚の布を取り出し、それを羽織るとそのまま床に入ろうと目を閉じてしまう。

 「重要じゃなかったの」

 もしや、非想非非想についての知識があるから、大丈夫と判断されたのか。

 そうなると都合が悪いイサベル。

 「簡単?」

 ここには、魔力の隠蔽という技能の習得難易度について、どれほどの物であるのかの確認作業。


 「大丈夫、ベルは何の心配もいりません」


 この話をとても重要なものだと考えたのだが、そうでもないらしい。改めて考えてみると、必須のスキルであるのなら、牢獄の中で習得して然るべき。それを行わないということは、いつでも習得が可能か、それほど重要ではないのかという考えが浮かんでくる。

 傍らで、剛胆に床につこうとしている、シンクレアを見ると、そうした思いがさらに補強された。

 「寝よ」

 一言呟くと、布が一枚しかないためにシンクレアの横に潜り込んで、そこではたと気がついてしまう。

 「クレア、クレア。見張り、いい?」

 「なにがですか?」

 「見張りない。危険」

 ここで、首を傾けないのは、減点ね。シンクレアは、そうとりとめのないことを思い浮かべながら、安心させるために微笑んで見せた。

 「いいのですよ。イサベル。相手は少数、秘密機関ですし、割いている人間も今の段階では、それほどの大人数ということもないでしょう。それに、この場所は私たちにとって最も都合がいい場所でもあるのですから」

 「どういうこと」

 意味深な言葉に、思わず理由を問いかける。

 「ここは入口が一つ、私、これでも火力にはちょっとだけ、自信があるのよ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら自信満々にそう言い切った。

 彼女が待つ、魔法の破壊力を知っているだけにそこに不安はない。

 けれど、イサベルの関心を引いたのはもっと別のこと。


 (どうして、どうして。こんな風に笑えるのだろう)

 彼女の身に芽生えたのは、醜い嫉妬の念。 



 イサベルの願いは、シンクレアの隣にいること、だが、それは……


 「むぅ~~」

 ふと思考が脇道にそれたと思ったら、シンクレアがむくれ顔のままこちらを覗き込んでいる。首をかしげる動作に可愛らしさを求めるあたり、こうしたあざとい動作も計算づくでやっているのではと、疑いの念が芽生えてくるのだが、布切れが一つしかないため、その距離は、心臓の鼓動が、聞こえそうなくらいに近く、イサベルは思わず顔をそらす。

 「? シンクレア」

 散々あだ名で呼ぶことに失敗したのだ。これくらいはいいだろうと、イサベルは、いつも通りの、呼びなれた方法で語りかける。

 「それは、こちらのセリフですよ。イサベル、急に難しい顔で黙り込むんだから、心配ぐらいします」

 そう言って、いまだに無くれ面な、彼女の顔を見て、ほんの微かにではではあるが、イサベルは笑うことができた。

 「もう、一体何がおかしいのですか!!」

 だが、彼女の表情を見て、その思いはしぼんでいく、

 

 (ああ、自分も、こんな風に笑えたらな)


 シンクレアの笑顔を眺めていると、どうしても自分が惨めに思えてしまう。

 そこにあるのはただの羨望だろうか、それとも醜い嫉妬か、眩しいものを見上げるような憧れか。それは、もうイサベル本人にすら分からない・・・・・・。そんな複雑な感情がごちゃまぜになって、彼女の身を貫く。


 「ねぇ、イサベル。今、幸せ」

 「・・・・・・?」 

 そんな思いを知ってか知らずか、彼女はそう切り出す。

 

 「だって、今私たちは何も手に入れられていないんだもの。私達はあの場所から脱却しようとした。それは疑い用のないことです。あの檻から抜け出さないと未来なんてない、そんな事は分かりきっていたものね。だけど、いつの間にか四面楚歌。このままじゃ私たちは何も得ることもなく終わってしまう。ただ失っただけで終わってしまう。それだけは嫌。それだけは嫌なの。嫌だったはずなのに、どうしてだろう、私って弱くなったのかな。少なくとも昔のままだったらよかったのにって、昔のままだったら犠牲が出ないのにって、そう思っていまうのよ。ねぇ、イサベル。あなたは今幸せですか」

 きっと、この返答しだいで、未来が変わる。それほどまでに、彼女の瞳には、迷いと、それ以上に強い覚悟があった。


 だからこそ、彼女は、だからこそ、イサベルは


 「テイッ、そんなもの終わってから考えればいい」


 気にしてないと示すように、彼女を軽く叩くようにして発破をかけた。



 結局、自分の意思なんてもの微塵も存在しない彼女は結論を先延ばしにすることしか出来い。

 思い入れがあるわけでもないし、何かを変えてやろうなんて意思もなく、これからのことなんて考えてもいない。何も考えていないのだ。ただ状況に流されるだけ。けれど、今、彼女から離れるのは恐ろしくてたまらない。

 だから、どうすることも出来なかった。


 「ねえベル」

 「シンクレア、何」

 「ねえ、ベル」

 「シンクレア?」

 「ただ呼んだだけです」

 そのあとも、何度も何度も名前を連呼する。


 シンクレアは新たに決めた呼び方で、イサベルはこれまでどうりの呼び方でお互いの存在を確かめあう。

 

 「ベル、必ず逃げ切りましょうね」

 

 最後に、そういうと、後は他愛のないおしゃべりを繰り広げていく。イサベルはもともと無口なせいで、主にしゃべっているのはシンクレア。時たま相槌が返ってくるだけのやり取りであるにもかかわらず、シンクレアにとって見たら楽しいのか、他愛の無い事をとても楽しそうに言葉に出していく。 

  

 いつの間にか、眠りに落ちた、イサベル。逃走生活とは思っているよりもはるかに過酷なものだ、知らない間に疲れがたまっていたのだろう、会話していると何時の間にか意識が沈む。

 この事を見越して、講義を引き伸ばしたのだ、どうやら正解だったらしい。


 その寝顔をそっと覗き込んだ後、二人を静かな妖精が包み込んだ。 



   ある男の記憶


 ビクター・フランケンシュタインにとって、人生とは成功の積み重ねだった。代々大臣や裁判官など優秀な人間を輩出した名家に生まれ、何不自由内生活人間関係にも恵まれ、自身も優秀な能力を保有している。

 まさに順風満帆を絵に書いたかのような人生。

 そんな人生の中に、ある日、曇が生じてしまう。

 母が死んだ。

 それは、誰もが経験することだ。子が何代も前から延々と繰り広げてきた、親との別離。誰もが経験してしまう自然の摂理であるはずなのに、ビクター・フランケンシュタインはその当たり前を享受することができない。

 どうしても、どうしても、人とはなんなのか、命とはなんなのか、そんなことばかりが頭によぎる。

 完璧で、一切の問題が存在しなかった彼の人生において、死は彼が初めて経験した挫折だったのである。

 彼が普通の人間であったのなら、きっとここまで、母の死を苦しむことはなかったのだろう。決して逃れることが出来ない運命なのだから。

 だが、彼は違った。彼だけは違った。

 彼は死を憎悪したのだ。

 

 もともと彼には素養があったのかもしれない。幼い頃より彼の関心は、もっぱら魔法と科学、その中でも生命について向けられていたのだから


 生命とは何なのか、魂はどこにあるのか。そんな誰もが一度は考え、やがては自己満足か忘却の彼方に葬ってしまう、その疑問を彼は来る日も来る日も追い求めてきた。

 そしてそれは、ある出会いを経験することのいよって、加速していく。

 その人物の名はバルトマン。なんて事もない、彼が通うこととなったインゴルシュタットの大学の教授。

 この大学においても彼は挫折を経験することとなってしまう。ビクター・フランケンシュタインは挫折を味わったのだ。

 彼が追い求めた、生命に対する研究は誰にも理解されることがなかった。

 自身の目的をひとりひとりに話していくが、返ってくるのは嘲笑のみ、だけど、バルトマン教授だけは違ていた。

 バルトマン教授のもとで、様々なことを学ぶ事となる。

 彼自身の優秀さもあってか、見る見ると頭角を現し、終いには、彼を嘲笑した者たちでする目を見張るような活躍を残す。

 そして、二年の時が流れ、その間、ただひたすらに、研究に打ち込んでいたため、彼は一度故郷に帰ろうとそう思い立つ。


 母の死があって、帰るというのが心苦しいというのがあったのだが、それと同じくらいに今の研究が楽しいというのも理由として挙げられる。

 帰る前に、一度恩師に挨拶をしようと思い立ち、バルトマン教授の所へと足を運ぶこととなったが、恩師と出会うのは基礎を学び終えてから、自分自身で研究を進めることとなってからは、彼のもとへ足を運ぶ事がめっきりと少なくなっていたため、随分と久しぶりのこととなる。


 そこで、彼はまたも愕然とすることとなる。

 目に映ったのは、二年前とは打って変わり、病によって痩せ衰えた姿でベットに横たわる恩師。

 

 研究の中で忘却していた死に対する憎悪の念が再び燃え上ってくる。死が再び自分から大切なものを奪おうとしているのだ。

 だからこそ、彼は死を抗うことに決めた。 


 



 だが、待てよ。世界は絶えず変わり続けていく、それなのに、その流れを否定するというのは果たして正しいことなのであろうか。

 それは全知全能の神に戦いを挑むのと同様の行為だ。

 人が神を信じるのと同じように、時間の流れを巻き戻すなんてことできるはずがないのだから。

 たとえ時間の流れを巻き戻すことに成功したとしても、そうして手に入れた幸せが、全く状況が異なるいまこの場所で果たして役に立つのであろうか。

思っていたよりも長くなってしまいました。次はできるだけ早く投稿します。

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