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「ねぇねぇ、聞きましたウィザド家のこと」
「なんでも火事のせいで、全員死んでしまったらしいわね。本当にお気の毒に」
「それがね、実は一人生き残りがいるらしいの。たしか、名前はそうマエリア、マエリア・ウィザド」
「たしか・・・・・・、そう、そうよ。当主の一人娘。でも、あの家、どうなるのかしら。最悪お家断絶なんてことにならないといいんだけど。あの家、他家との交流がほとんだないでしょう。どこかの家が後継人となってくれればまだマシなんだろうけど、期待薄よね。あの家、どこかおかしかったし」
「ちょっと、不謹慎よ。そういうこと言うのは」
「でっさ、ここからがこの話の本番なんだけど。実は今回のウィザド家の火災って、実は捕らえられていた囚人が、暴れたから起こったって、主人が言ってたの。本当かどうかわからないけど。今は脱獄犯を捕まえるために、国の特殊部隊が出動したそうよ」
「えっ、囚人って。まあいいわ。私もその件について、面白い話を聞いたのだけれど、つい最近も大学の方で火事があったて話でね、その大学実は、ウィザド家のすぐ近くなのよ。私は囚人説よりもそっちのほうが怪しいと思っているんだけど。」
「へぇ~ぇ、そうなの。それは知らなかったわ。本当に。最近なにかと物騒よね。この間なんて・・・・・・」
こうして舞台は巡っていく。時計の針は未だに23時54分、一日の終わりは未だ先。ここで一つその六分間を埋めるべく、シンクレアと交差する運命の一ページを紹介しよう
そうこれは、どこまでも悲しい哀れで孤独な一人の怪物が幸せを掴むそんな物語である。
「ああ、これで、これでついに完成だ」
私はこの瞬間を決して忘れはしないだろう。私はなんて幸福なのだろうか、私はなんて幸せなのだろうか。
これで一歩この世の神秘に近づけたのだ。
私は与えるのだ、この優雅で美しいこの生き物に、神々が我らに与えてくれた祝福と同等の、慈愛を。そして私は愛されるのだろう、この生き物から。これより我らは父と子だ。その絆のなんと美しきことか、さぁ、目覚めよ、目覚めておくれ、私の愛しき子よ。
そして目を開けた、まどろみの時間はもう終わり、これからは数多の荒波と、悲劇が彼ら“親子”を襲うのだろう
そして時は巡った
うっそうと茂る森の中、じっと息をひそめながら、彼女たちは時が来るのをただ待っていた。
心臓は、絶えず躍動し続け、その心臓の鼓動は彼女たちの疲労の度合いと、それと同等にあるいはそれ以上に彼女たちを苦しめている精神的な苦痛を表していた。
もう夜の帳が落ちた、星という微かな光すら届かない
「辛い、シンクレア」
「大丈夫です。イサベル、少し鬱憤がたまっているだけなのですから、ああ、月と太陽はなんて不公平なの、彼らは私たちを照らしてなんてくれない、ただ隣を歩いている敵対者だけに恵みを与える」
「それは」
一体どういう意味? 彼女がそう尋ねるまもなく彼女は淡々と言葉を口にしていく。
「いったい私たちが何をしたというの。ええ、確かに奪ったわ。命を奪った。原初の大罪にして、許されざる大罪、楽園を追放された彼らの祖とて、これほどの大罪は犯しはしませんでした。けれど彼らはその大罪を、その禁を幾度も破ってきた。これはかつて彼らが犯した大罪でしょうに。そして彼らは私たちからまだ奪い続ける。どうして、どうしてよ。貴方たちはよくて、私は駄目なの。貴方たちは私たちを殺し、私たちから持てるもの全てを奪い去り、支配という名の首輪をはめた。そのうえ嘘という縄で私たちを雁字搦めにし、自らの王国が、権力を盤石なものにするために、誰も信じられない虚偽という檻に私たちをおしこめた。自由という翼を奪って。それなのに何故私たちだけが責められる。私たちだけが責を負わなければならないの」
「シンク、……おねえ、」
イサベルは何か言おうとする者の、彼女の訴えは止まってしまう。彼女には今のシンクレアの訴えに賛同などできなかったのだから、言葉が止まってしまったのだ。確かに、彼女はシンクレアのことが好きだ。彼女のためならば死ぬこともやぶさかではないし、彼女のためなら何でもするという覚悟がある。だが彼女にとって大切なのはシンクレアの隣にいる自分であって、シンクレアと共に歩む自分ではないのだから
それに加えて、どこからともなく響く足音によって会話を行おうとする余裕が奪われたためでもあった。
「よぉ、罪人共、ヒーローの登場だ」
その足音の正体は一人の男だった。一切の装飾を持たない簡素な神父服に身を包んだ、金髪碧眼の男。手には銃を構え。ぎらついた目で此方を睨んでくる。
「どうして、どうして私たちを虐めるのですか」
「簡単だ、貴様らが罪人だからだ」
「嘘おっしゃい。貴方は、私たちの力を利用しようとして、私たちを追っていることなんて当の昔に分かっているのですよ。」
「その一面があるのは否定しないし、できもしない。だが、それも全てさらなる自由と、平和のためだ。そのためなら俺たちは、喜んで太陽さえ挑もう、赤き大地と終わらない交戦を続けよう。貴様らは平和の敵だ。だからこそ、我らは貴様を葬り去る。」
そういうと後は早かった。
右手に持った、おそらく何らかの呪的処理が施されているのであろう、金色に塗装されているリボルバーから、熱い火花を伴った銃弾が飛び出し、左手にて魔術式を構築していく。
それらすべての攻撃が、先程彼と会話していた少女の傍らで、耐え難い恐れのためか、身を縮めていた少女へと向かっていく
そこまでしたところで彼は自分の行動に疑問を抱く
初めは、僅かな違和感。そしてそれは次の瞬間には確信へと変わる。
“何故だ、何故俺はあの少女を狙う。確かにこの状況機動力を奪う意味で、足で纏いを傷つけるのはありだ、だが、所詮子供の足、しかも奴は、疲労の頂点だ。それなのに何故、何故俺は、あの厄介な金髪の餓鬼から目を離したんだ。嫌、そもそも、どうして俺は単なる捕縛対象と、会話を交わしていた”
彼が抱いた疑問はそれまでだった。
黒い閃光が現れたかと思うと、一切合切進行上にあるもの全てを灰燼に帰した。
時刻はあの衝突から、半刻ばかり過ぎ去ったころ。
あの神父服を着た男は相も変わらず、その場に留まっていた。
「ふむ、鳴るほどな。これほどまでの破壊力を持った攻撃を持つとは。放置はできん、あれをこのまま野放しにでもしたら、必ずや、未来において禍根となろう。世界のために必ずや排除して見せよう。しかし、あの黒髪の餓鬼。精神系の能力者か。能力はそう、恐くだが選択を変更させるというところか。それによって我認識の一部を捻じ曲げ、その一部が奴らに協力したというところか。それでも一歩間違えればあやつは肉の盾となっていた。直接的な攻撃手段はおそらくないだろう。なれば、未だにあやつは足で纏いだ。金髪のガキは戦士としての素養を備えている。しかし、あやつ、あの黒髪のガキの方は未だ戦士としての片鱗が見えない。あの会話、あの会話は、私の迷いが生み出したのだ。あの幼い少女たちを撃つのを忍びないと感じた私の心の弱さが選択を狂わせた。だが、あやつらも選択を間違えた。なぜ人を殺すのだ。あれほどの力を持ちながら、なぜ人を殺すのだ。社会に出れば、新たな出会いがあるというのに、今が苦しくとも、やがては、芽が出たのかもしれぬというのに。人さえ殺していなければ助けることも出来たというのに、何故人を殺すのだ。嫌、逃げたのは子供が二人、どのような状況で人を殺したのかは知っている。だがな、奴らは人を殺したのだ、一切合切、その場にいた全ての人間を殺したのだ。大人も子供も、女も男も乳飲み子ですら容赦なく手にかけた。そこにはもはや大義などというものは存在しない。唾棄すべき悪徳だ」
この独白は、自分自身を納得させるためのものなのだろう。彼とて人だ。幾人もの人を手にかけてきたとは言え、その本質はただの人なのだ。人間なんか殺したくはないし、争いなどないに越したことはない。それでも戦わなくては為らないから戦うのだ。大義のために戦うのだ。そのために、国の利益となるあの少女たちを地獄へと、叩き落とすのだ。
ちょうど同じ頃。シンクレアとイサベルは洞窟の中に潜伏していた。
所詮は子供、体力が限界に達し、洞窟の中に身を潜め、体を休める必要があった。
「シン・・・・・・お姉ちゃん、あれ何?」
可愛らしく首をこてんと傾けながらそう尋ねてくる。
“かわいい”
一瞬思考が脇道にそれた。
「コレクターです。かつての魔女狩りの伝統を今なお組む国家の利権のためなら何でもする極悪非道の特殊部隊。おそらく私たちを捕縛しに来たのでしょうね。彼らの主な仕事は私たちのような特殊な力を持った魔法使いを捕縛して、自らの国家のために無理やり研究をすることなの」
「詳しい」
「そうですね。私が今までやってきたのは暗殺が主でしたが、それでもやっていたことは似たようなものですから、自然と耳に入ってくるものなのですよ」
安心させるように笑いかけるが、それも服の袖をぎゅっと握るイサベルの不安そうな顔に陰り始めてしまう
「逃げれる」
「大丈夫、イサベルは何の心配もする必要はありません。」
「そう」
「そうですよ、それからイサベル、先ほどの首を傾けるしぐさ、かわいらしかったのでもう一度やってくれませんか」
「どうして?」
そこで本人にも諮らずに同じ動作が再現された。
“うん、やっぱりかわいい”
「簡単ですよ。馬鹿な大人たちをつるためです。ああいった組織は秘密裏に動いているのが常ですから、民間人を巻き込むのを嫌います。さすがに、民間人を巻き込んでの攻撃はやってこないでしょう。ですから可愛らしい動作で馬鹿な大人たちを味方につけるのです。」
彼女は胸を張って、とびきりの笑顔を浮かべたのだが、しかし、背後になにか黒いものを感じてしまう。
「シン……お姉ちゃん、黒い」
「テヘッ!!」
「誤魔化してもダメ」
さすがに呆れ返ったのか、その小さな手で、シンクレアの頭を軽く叩く。とは言っても、そこには嫌悪さというものは感じられず、幼い少女たちが、無邪気にじゃれあっていだけなのだが。
「モォー、何も殴ることないでしょ」
「今のは、シン、お、お姉ちゃんが悪い」
「もう、シンクレアでいいです。呼びづらいのでしょ」
「そうする。」
「それでは、まず私たちの今後の方針ですが、まず、イサベルには魔力の隠蔽を覚えてもらいます。」
「必要?」
その言葉とともに、イサベルは首を可愛らしく傾げる、この時、言い知れぬ満足感がシンクレアの中に満たされていた。
「必要ですとも。探知をかいくぐるにも、街に入るにも、それができないと話になりません。では、少し待って下さいね」
そう言うと、自らが持っているカバンの中身を物色し始める。缶詰や、水の入った瓶や着替え、怪しげな呪符や置物など、出るは出るは、すぐに、カバンに入るであろう、限界を超えていく。おそらく何か、魔術的な仕掛けが施されているのだろう、そう言った、道具に対して、深い知識を持たないため、それが希少なものであるのかどうか分からないが、それでも素直にすごいと、イサベルは感じていた。
「あったぁ~」
そう言って彼女が頭上に大きく掲げたのは、ただのメガネ。おそらく何かの仕掛けがあるのだろうと勘ぐるも、イサベルに渡されることはなく、彼女が直に装着する。
「では、授業を始めますよ」
「そのメガネは?」
さすがに突っ込まずにはいられなかった。
「伊達ですけど何か、やっぱり誰かに何かを教える際には、これは必須ですね。頭が良さそうに見えますから」
「テイッ」
今度は手加減無用だ。