始まり
わかる人にはわかる、そんな微妙な物語
燃え盛る炎の中、あたり一面に火の粉が舞うその様子は、まるで真夏に夜空を飛び回る蛍のように見るものにある種の感傷を与えるのかもしれない。
「蛍というのはですね。蛍というのは死者の魂がこの世界に現れるための一つの形なのだそう。この光景を見ればそれも納得できるような気がします。」
「そう」
金髪の少女が傍らにいる黒髪の自分よりも頭一つ分背の低い幼女にそう語りかける。
「安らかに、安らかに眠れ。この世にさまよいでた哀れな魂よ。安らかに安らかに・・・・・・」
「ですね」
短いやりとり、黒髪の少女の方はもともと無口なのか、相槌を返すばかり、それでも目の前の現状には大きな関心があるのか、しっかりとその目に焼き付ける。
しばしのあいだ、焔をただジッと見つめる。
そんな時間がどれだけ過ぎたのか、数十秒、いや、もしかしたら数分が経過していたのかもしれない、そんなやりとりが終焉を迎えたのは、幼い彼女たちが痺れを切らしたからではなく、外部からの接触によって。
周りを取り囲む火に気を取られすぎていたのか、それともその男が持つ隠密能力が高かったからか、それとも燃え盛る建物の中から手が伸びてくるとは予測していなかったからか、そんなとりとめのない推測をいくら並べようとも意味はない。
燃え盛る瓦礫の中から男が這い出してきた。
言葉にすればただそれだけのことである。それだけのことであるはずなのに
そのあまりの鬼気迫る様子に、幼い二人は動けずにいた。
「シンクレアァッ!!」
もはや、絶叫
その男が金髪の少女、シンクレアに向かって、その炎に包まれた赤い腕を伸ばす。
シンクレアは、シンクレアで男に向かい走る。
「イサベルッ!!」
その一喝によって、黒髪の幼女イサベルは恐怖による緊張状態から抜け出した。
その手が最初に相手に届いたのは、シンクレアの方だった。
大人と子供、加えてシンクレアの方は必殺を意図したものではなかったが、それでも炎のなか輪くぐりぬけ、全ての感覚を摩耗し尽くした満身創痍のこの男に負けることはなかった。
そして、この僅かな接触だけで彼女には十分だった。ただそれだけの接触で、シンクレアの手から生まれ落ちた黒い光が、男の足を破壊する。
それでもなお、追撃しようとするのだが、その動きはすぐに止まり、男は自らの意思で手を離し、その後おそらく家族の名前だろう、大声で叫びながら火の中に飛び込んでいった。
この現象を作り上げたのはイサベルだ。
精神干渉型魔法“取り替え子”(チェンジリング)
その効果は実に単純、他人の持つ価値観、優先順位、認識といったものを変更するというものだ、それによりあの男は自らの意志で炎の中に飛び込むこととなった。正確には、炎に焼かれている身内を救出しに行ったのだが
そのイサベルはすぐさまシンクレアに駆け寄るのだが、シンクレアの方はそんなものは、気にもとめず、ただ炎に焼かれていく男をじっと見つめていた。
「さようなら、お父様。きっと、私が生まれい出たとき。その時ならば私たちの信じる道は同じものだったのかもしれません。血を分けた家族なのですから、ですが私たちは道を違えた、違えてしまった。もはや分かり合うことが不可能というほどに。道を違えてしまいました。一体何がいけなかったのでしょうか」
悲しみのためか、嗚咽をこぼし始めた彼女にイサベルはそっと手を握り締めた。
「あなたは、私を助けてくれた。」
彼女なりに精一杯励まそうとしているのだろう。その気持ちを汲み取ってか不器用ながら笑顔を作る。
「そうですね。きっとそれは正しかった。正しかったのでしょう。私は良かれと思って行動を始めた。それに悔いはありません。私は自らの法に殉じたのですから。ですが、別のやり方がなかったものかとそう思ってしまうのです。私が行動を起こしたあとに残っているのは、死体と瓦礫だけ。正義のために行動したのにこの有様、私は一体何のために戦っていたのでしょう。幸せを求めて戦っていたのに。天国へと向かうために戦っていたというのに、ここにあるのは、絶望で、目の前に広がるのは地獄絵図。ああっ、神よ。私たちは、あの人は何のために戦っていたの」
それからしばらくの間、鳴き声が当たりにこだました。
「イサベル。立てますか」
優しげな口調、されどその声には温かみなんてもの欠片もない、どこか機械的な口調でそうたずねてくる。
感傷の為か、ほんの暫くのあいだだけだがその場に立ちすくんでいたのだが、それもおしまい、もう夢からは覚めなければならない。
「大丈夫」
その一声を聞き遂げると、彼女たちはその場から動き出す。
シンクレアが前を歩きイサベルが後ろに続く
途中イサベルは何度か手をつなごうと試みるものの上手くはいかず、見かねたシンクレアが手を伸ばしてくれた。
「仕方ありませんね」
「これからどうする。」
そこには数多くの意味が込められていた。復讐のため、生きるために多くの人間を殺した。それは良い、だが彼女たちにはもう生きるという理由がなかった。
「………家族」
「えっ」
それは、あまりにも小さな声で
「私たち、家族になりましょうよ」
なぜだろうか、ただその言葉を聞いただけで、視界がゆがむ、ここが死地であるということも、これからの不安もどうでも訳なってしまう
「そうよ、それが良いわ。私たちは分かり合うことができるのだから。たとえ他人であろうとも、言葉が違っても、肌の色や髪の色が違っても、考え方が違っても。きっと分かり合える。家族になれるのよ。だから、だからねイサベル。私と、私と
『家族になってくれますか』
「ええっ、もちろん。」