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保護欲/大学生の双子【ヤミプラス】

「「迎えに来たよ」」

学校から帰ろうと思って校門を出たところで見覚えのある車が止まっているのを見て、帰りたいと思った。今から帰るのに、帰りたいと思うのはこれはいかに。

眉を顰める私を見て運転席と助席に腰を下ろして窓から顔をのぞかせる二人は首を傾げる。

まったく同じ顔、声、体格。この二人はかなり良くできた双子だ。今は大学生で、最近忙しいと聞いていたので油断していた。

大学があろうとなんだろうと、この二人は私を迎えに来るらしい。

「大丈夫です。一人で帰れますって」

「「あれ? でも最近、誘拐監禁殺人事件が起きたんだろ?」」

「長くないですかそれ」

この二人の言うことは間違ってない。

最近、このあたりで男性が誘拐されて、しばらくたったら射殺死体で見つかったらしい。腕を縛られた跡や何日も風呂に入ってないことから監禁されていたことは明白だったそうだ。

確かに間違えてはいないし、その犯人は今も逃亡中らしいけど、無差別にそんなことをしているわけじゃないと思う。特に人の恨みを買うようなバカなことはしていないし、その犯人と被害者に心当たりがあるわけでも無い。だから特に気にはしていなかった。

やたらと関わってくるこの二人の過保護さにはうんざりだったので、一人で帰路を辿ろうとする。すると、窓越しから私の腕を掴んできた。大学生でしかも男。敵うはずもない力の差に足を止めた。

「危ないってー」

「だから俺たちと一緒に居よう?」

全く同じ顔で、同じ声で。

私のことをじっと見つめてくるこの二人のことは好きじゃなかった。だって、確かに昔はお世話になったかもしれない。昔は、だ。私が小さいころは二人とよく遊んだけれど、昔と今は違う。今はこうしてしっかりと学校に通っているし。

二人にお世話になるなんて、子供っぽくて嫌だった。この考え方自体が子供っぽいかもしれないけど。

「……いやです。離してくれますか? これじゃああなたたちが不審者ですよ?」

「「ってかなんで敬語?」」

話を逸らすようにして驚いた顔を作っているけど、手の力は全く緩まっていない。腕を振って抵抗してみてもびくともしない。呆れ顔を全面に押し出してみても、二人は動じない。少し悪戯子っぽいようなところは昔と全く変わっていない。

こっちが罪悪感を感じそうだ。

「離してくださいって!」

大声を張り上げてみると、近くの生徒が足を止めた。

「なにやってんだよおっさん」

おっさん、の言葉には少し違和感を覚えたけれど、彼の腕を掴んで制止しようとしてくれたのは嬉しかった。

その行動をしてくれたのは、クラスメイトの遊部君だった。

「「なに、お前」」

「そっちこそなんだよ。学校の前で堂々と誘拐?」

普段は明るくて犬のような遊部君だけど、今はとっても頼もしく見える。

遊部君と私の顔を交互に見たときに力が緩んだので、私は手を振り払った。それと同時に遊部君の手を握って歩き出す。

車は追いかけてこなかった。


しばらく歩いたところで、遊部君が何も言わないことに気付いて手を離した。急いで後ろを振り返ると、困ったような顔をした彼は軽く頬を染めていた。

サッカー部で日焼けた肌と、くりっとした瞳。彼はクラスの中の人気者だ。確かにあれだけ優しくて頼りになる彼が人気者じゃないわけが無い。

そんな彼を、あまり接点のない私が勝手に連れ回してしまっていたのだ。

「ごっごめん!! ありがとう、遊部君!!」

勢い良く頭を下げると、私よりも背の低い遊部君が頭を撫でてくれた。そのことに安心する。連れ回したこと、怒っていないんだ。

ほっとして顔を上げると、遊部君はいつもクラスで見せている笑顔を浮かべていた。

「良いんだよ。それより比奈香」

名前で呼ばれた。久々に聞く、親しか呼ばない名前。

遊部君、私の名前知っていたんだ。

意味も無く心臓がどきどき言って、胸が苦しい。

「あいつ等、なんなの? ああいうのって、やっぱり女子って言いにくいの? なんなら俺が先生たちに連絡入れてやるけど」

「あっ、いいんだ! ありがとう、気にしないで!」

こんなに心配してくれるんだ。嬉しくてたまらない。それと同時に照れくさくて、引き下がろうとしない彼の言葉よりも先に手を打った。大きな音が思いのほか出て自分でも驚いたけど、すぐに笑顔を遊部君に向ける。

「そうだ、お礼に今からどこかいかない?」

「まじで!?」

あからさまに嬉しそうにしてくれると、こっちまで笑顔になってしまう。適当に自分の中で食事できそうなところを思い浮かべて、二人で歩き出す。

駅前のファーストフード店が一番近いだろう。人気のない公園の階段を下ろうとした時、隣の遊部君の体が揺れた。

「……えっ?」

遊部君の腕を掴もうと身を乗り出した。でもかすっただけで、掴むことはできなかった。

遊部君の体が落ちる。階段を転がって行く。全ての光景が、一瞬だった。何が起こったのか、分からないくらいで。遊部君の名前を呼ぶこともできなかった。足がすくんで動けない。

そんなはず無い。動ける。動けるって、だから動け。

転びそうになりながら、階段下の遊部君に駆け寄って行く。骨が折れているかもしれない。

これは、どうしたら良いんだ。辺りを見渡しても、誰もいない。

「あそ、遊部君!!」

名前を呼んでみると、小さくうめいた。意識はあるのかもしれない。

こういう時、どうしたら良いんだ。

「そうだ、携帯っ」

バッグの中からめったに使わない携帯を引きずり出して、救急車を呼ぼうとボタンを押す。

遊部君の様子を見ていると涙が出そうだった。

何でこんなことになったんだ。何で。何で、こんなことに。


「「ひーなか」」

遊部君のお見舞いをした帰り道、私はあの事があった階段の上に居た。

ここで私の隣に立っていた遊部君は、誰かに背中を押されて大けがをした。犯人はまだ捕まっていない。

そんな私の肩を左右から掴んできたのは鹿庭兄弟だった。

「……な、んでここに」

鹿庭幸樹、鹿庭礼樹。

完璧までに同じな二人。

振り返ると、優しく微笑む二人が居る。

私のせいで、遊部君はあんな目に会ってしまった。あんまり顔には出さなかったけど、結構心に来ている。

私の、せいだ。

顔を下げると、二人は私の前に回ってきて顔を覗き込んできた。

少し幼さが残っている顔。昔と変わっていない。

「「ねぇ、わかったんじゃない?」」

二人の声が、頭の中に響く。

私のせいで、遊部君は怪我をした。私のせいだ。私が、私が連れ回したから。

涙で前が滲んでくる。二人はそれを同時に指ですくってくれた。

両耳から、左右で同じ声がする。

おんなじ、セリフ。

「「危ないから、僕らと一緒に居ないとぉ」」

彼らがささやいてくる。

外は危険だ。外は危険だけど、彼らと一緒に居れば大丈夫なんだろうか。彼らと一緒に居れば、大丈夫。危険なことは何もない。だって、彼らは昔から守ってくれていた。私のことを心配してくれて、助けてくれて、守ってくれて。

じゃあ、彼らと一緒に居ればいいじゃないか。

だって、彼らがそういうんだ。情けないと思って。自立しようと思って。だから距離を置いていたのに、彼らがそういうから。

私は頷いた。

それを見て笑い声が響く。

響いているわけじゃない。どちらの耳からも笑い声が聞こえるんだ。

「「比奈香はいい子だね」」



朝起きると、車の音がした。

車は人を轢くんだ。だから危ない。でもこの家に居れば大丈夫。家の中に車は無いから。

「比奈香、おはよう」

「おはよう幸樹」

「比奈香、おはよう」

「おはよう礼樹」

両腕の冷たいものにはもう慣れた。同じ顔の二人に挟まれて眠る夜にも慣れた。

この二人が大学をどうしているかなんて知らない。私は関係ない話だ。

二人は、どちらかに偏ると怒る。例えば幸樹のほうに近寄って眠ると怒るし、礼樹の方の名前を一回でも多く呼ぶと怒る。

体を起こして重いカーテンがかかって居る窓を見つめる。外はもう何日も見ていない。

遊部君、どうなったのかな。私のせいで、ごめん。謝れてないや。

でも外は怖いから。ここに居れば二人が守ってくれるから。

だから私はここに居る。

それが良いんだ。私で選んだことなんだ。

立ち上がる私の行動を見守っていた二人も同時に体を起こして、肩口に顔を埋めてくる。

「「外に出たい?」」

私は首を振る。昔に戻ったみたいだ。

二人に頼って、守ってもらって、心配してもらって、怖いことから目をそむける。

心地いい環境だ。

何も考えないでも良い。

「「比奈香、外に出たくなったら言ってね」」

そんな時、来るはずがないじゃないか。

外は怖いんだ。

私のせいで誰かが傷つくかもしれない。誰かが私を責めるかもしれない。

「子供って、楽だね」

守られて、拒むだけ。それだけなら、こんなに簡単だ。何も考えなくて良い。全てを受け入れてくれるこの二人と一緒に居る。ただそれだけ。

嬉しくて笑みが零れてしまう。

彼らの右手と左手が、それぞれ私の頭を撫でる。

もう今が何時か分からない。

「「そうだね。僕らはずっと一緒に居ようよ」」

「うん。子供のままでいようか」

二人は同時に笑う。

何もかも一緒の彼らは、私が来てから唯一違う部分ができた。

幸樹は左手首。

礼樹は右手首。

それぞれ私とつながっている。

私はまだこの二人に抵抗していない。でもわかることがあった。私が抵抗しても、この二人は怒らない。私を甘やかして、吐き気がするくらい甘い愛を与えてくれるんだ。

「「眠そうだね」」

私はもう一度目を閉じた。体から力が抜けて、後ろに倒れこんだ。

なんだか凄く眠たい。

本当は、ダメだってわかっているのかもしれない。だから、こうやって二人に甘える自分からも逃げようとして、夢に浸る。

でも、どうだっていいや。

「「おやすみ、比奈香。愛してるよ」」

夢の中まで、手錠が奏でる音はついて来るんだ。

もう、逃げられない。

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