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その9

「まったく、勝手に入ってきたと思ったら、お前たちはいったい何者だ!?」


 大きな声でサルディナの名前を呼びながら、アルたちは二階に上がってきた。そして、中からわめく声がする部屋の扉を、ノックもせずに、アルは開けたのだ。

 ぎょっとしたようにジーナがアルを見た。

 アルは、当然といったように部屋の中に入って行き、先ほどの声を浴びせられた。


 そこにいたのは老魔法使いだった。

 ………アルディーナの手紙にあった、魔法使いサルディナの姿であった。

 そのサルディナは、寝台の上で半身を起こすようにして、杖を掲げていた。


 怒りと猜疑心とちょっとした恐怖もあるのだろう、杖を振りながらわめきたてるサルディナに、ジーナは素早く、膝をつき頭を伏せた。


「私は、王国近衛騎士のジーナ・ロックフォードです。今日が、約束の日だとうかがい参上しました。……私のことは、ご連絡がいっていると思いますが」


 そう言うジーナを、サルディナは一瞥した。

 そして、ジーナの挨拶には答えずに、彼は胡散臭そうにじろじろとアルを見た。


「お前は?感じるところに同業者のようだが?」


 そういう彼に、アルは小さくため息をついて、胸ポケットにしまってあった手紙を出して、彼の目の前にかざす。

 サルディナはその手紙を受け取り、文面に目を通し、ほぉ、と息を吐いた。

 そうして、まじまじとアルを見ながら、サルディナはつぶやいた。


「そうか、お前さんがイーディアの丘の魔法使いか」


 サルディナの言葉に、ジーナはぎょっとしたように顔を上げ、アルを見た。

 アルは、驚いて彼を見上げるジーナをちらりと見て、その視線をまたサルディナに戻した。


「“のっぴきならない理由”?」

 アルの一言で、サルディナは苦々しい表情を浮かべる。


「見てわかるだろう。わしは、急に腰が痛くなって、立てん。それなのに、王国からの依頼を果たす、約束の日が来てしまったんだ」


 のっぴきならないだろ、そう胸を張ろうとして、腰の痛みを感じたのか、表情をこわばらせたサルディナに、アルは大きくため息をついた。


 彼の話をもう少し説明すると、こうだ。

 サルディナの元に王国から依頼があり、その依頼を果たす日が、今日だという。それなのにサルディナは“ぎっくり腰”になってしまったというのだ。“ぎっくり腰”のために立てないサルディナの代わりに、王国の依頼を、アルディーナを介してアルにさせようというのだ。


「いや、わしも見ず知らずのお前さんに依頼をしたんではなく、事が事だけに魔法使いギルドに相談してみたんだが………アルディーナが、お前さんを指名したんだな」


 ということは、お前さん、若いのになかなかの力を持っているだなぁ、などとのんきにサルディナはつぶやきながら、うなずいていた。


「それで、私に、彼女の依頼をこなせ、と?」


 アルは、確認するように、言葉を切ってサルディナに聞いた。

 サルディナは、そんな彼を上目遣いに見る。


 爺の上目遣いなんて……そう言いながら、はあぁともう一度大きなため息をつく。

 そして、ぼりぼりと頭をかいて、呆然と二人のやり取りを見ていたジーナに向かった。


「さて、ジーナ。話はその通りです。この使えない・・・・サルディナの代わりに、イーディアの丘の魔法使いである私が、ご助力いたしましょう」


 そういって、膝をついたままアルを見ていたジーナの前に、アルは立った。


 にっこり笑う彼にむけて、ジーナは、「はぁ」、と答えた。



**********************************



「まったく、勝手に入ってきたと思ったら、お前たちはいったい何者だ!?」


 大きな声でサルディナの名前を呼びながら二階に上がるアルの後ろを、こわごわとしながらジーナはついて行った。二階にある部屋の中で、先ほどから聞こえるわめき声のする部屋を、アルはノックもせずに開けた。


(ちょ、ちょっと、大丈夫なのかしら)


 どうにもこのサルディナの家に着いてからのアルは、少しおかしな感じだ。先ほどまで慎重に行動し、助言をくれていた彼らしくない。大胆で、ちょっと失礼な感じだ。


 部屋の中に入って、先ほどの罵声を浴びせられた。


 そこにいたのは老人だった。

 年齢は70代くらいで、顔に刻まれたしわは年齢相当であり、白髪の、髪と同じく長い白髭で顔半分が覆われている、老人だった。

 そんな老人が、寝台の上で半身を起こすようにして、杖を掲げていた。


 杖。


(ということは、彼が、魔術師サルディナなのね)


 ジーナは、彼の姿を見て、驚いた。


 魔術師というものを、ジーナはほとんど知らない。もちろん会ったことなど、なかった。

 しかし、いろいろな書物で魔術師の存在を読んだことはあった。かつてこのスタンディッシュ王国の建国に、魔術師が関わっていたこと、荒れ狂う自然の脅威を不思議な力で食い止め、多くの人命を救ったこと、そして、現在では、その魔術師の驚異的な力が恐れられ、人々から尊敬ではなく、畏怖の強い気持ちを抱かれていることも。

 ジーナも、そうであった。

 魔術師というのは、人間にはない力を操り、神の領域に至ってしまった、ヒトにあらざるものなのだと思っていた。魔術師がひとたび、人間を滅ぼそう、魔術師の国を作ろう、と思ってしまったら、ただの人間であるジーナたちには、とても太刀打ちできる存在ではない。そう思うからこそ、魔術師は恐れ敬われながらも、実際は恐ろしく、関わりたいと思う存在ではけして、ないのだ。

 ジーナ自身も、今回の厄介な問題を抱えることがなければ、魔術師に関わりたいなどと思うことはなかっただろう。


 そんな存在だからこそ、魔術師というのは、恐ろしく、人間離れしたものだと思っていた。

 しかし目の前にいるサルディナの姿は、一見すると、単なる老人だ。

 勝手に自宅に侵入された怒りと、ジーナたちが何者でどういう目的をもったものであるのかという不審の念と、そしてそんな人間が自分の家の中にいるという恐怖心を抱いているようであった。


 そんな当たり前の感情を抱く相手サルディナに、ジーナはほんの少しだけほっとした。そう思いながらも、ジーナはサルディナに向けて、膝をつき頭を伏せた。


「私は、王国近衛騎士のジーナ・ロックフォードです。今日が、約束の日だとうかがい参上しました。……私のことは、ご連絡がいっていると思いますが」


 そう言うジーナをサルディナは一瞥しただけだった。

 そして、ジーナの言葉には答えずに、彼は胡散臭そうにじろじろとアルを見た。


「お前は?感じるところに同業者のようだが?」


(同業者)


 一体どういうことなのだろうか、とジーナは思った。

 サルディナの言葉に、アルは小さくため息をついて、胸ポケットにしまってあった手紙を取り出した。 サルディナはそれを受け取り、文面に目を通し、ほぉ、と息を吐いた。

 そしてまじまじとアルを見ながら、つぶやいた。


「そうか、お前さんがイーディアの丘の魔法使いか」


 サルディナの言葉に、ジーナは目を見開いた。


 イーディアの丘の魔法使い。

 魔法使い。


(彼は………魔術師だと、いうの―――?)


 ただの通りすがりの一般人ではなく。

 それだから、あんなに魔術師のことについてよく知っていたのか。

 それだから、あんなに泰然としていられたのだろうか。

 そう思いながら、ジーナはアルを見上げた。


 どこも人とは変わらないその姿。

 服装がそう思わせるのか、あるいはその人柄が感じさせるのか、魔術師だ、魔法使いだと聞いても信じられなかった。

 確かに彼のもつ雰囲気は、最初から、彼が何者であるかはっきりと分からないという、独特なものであった。

 しかし、魔術師のような怪しい人物だとは、思ってもみなかった。

 そんな恐ろしい存在だとは、思ってもみなかった。


 呆然としたように、ジーナはアルを見上げた。

 そんな視線に気づいたのか、アルはジーナをちらりと見て、その視線をまたサルディナに戻した。


「“のっぴきならない理由”?」

 挨拶も何もなく、サルディナにぶっきらぼうに投げかけたアルの一言に、サルディナは苦々しい表情を浮かべた。


「見てわかるだろう。わしは、急に腰が痛くなって、立てん。それなのに、王国からの依頼を果たす、約束の日が来てしまったんだ」


 のっぴきならないだろ、そう胸を張ろうとして、腰の痛みを感じたのか、表情をこわばらせたサルディナに、アルは大きくため息をついた。


「いや、わしも見ず知らずのお前さんに依頼をしたんではなく、事が事だけに魔法使いギルドに相談してみたんだが………アルディーナが、お前さんを指名したんだな」


 ということは、お前さん、若いのになかなかの力を持っているだなぁ、と続けるサルディナの言葉を、ジーナは呆然としたまま聞いていた。


「それで、私に、彼女の依頼をこなせ、と?」

 怒ったように問いかけるアルを、サルディナは上目遣いに見ただけだった。

 そんなサルディナに向けて、「爺の上目遣いなんて……」などと小さくつぶやいた後に、はあぁ、ともう一度大きなため息をついた。

 そして、怒りをごまかすかのように、ぼりぼりと頭をかいて、アルはジーナに向かった。


「さて、ジーナ。話はその通りです。この使えない・・・・サルディナの代わりに、イーディアの丘の魔法使いである私が、ご助力いたしましょう」


 そういって、膝をついたままアルを見ていたジーナの前に、アルは立った。

 その表情は、先ほどまでサルディナに向かっていた時のような不機嫌そうな感じではなく、町にいた時と同じように、にこやかで、穏やかであった。


 にっこり笑う彼にむけて、ジーナは、「はぁ……」と間抜けな答えしかできなかった。


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