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その6

 もうそろそろ昼の時間となる。

 働いている人々は、食事や休憩のために、一旦仕事の手を休める時間となる。

 その時間を狙って、ジーナたちは動き始めることにしたのだ。


 この時間は、昼食を食べるために飲食店を訪れたり、自宅に昼食を取りに帰ったりする人たちで、一時的ではあるが、通りを歩く人の数がさらに増えるのだ。その人ごみの中に紛れて、ジーナたちは行動することとしたのだ。

 もちろん、ジーナたちの行く手の邪魔をしようとする者たちも、人通りが増えることを見越して、増員されるかもしれない。しかし逆に、ジーナたちもまた、その人ごみに紛れ込みやすくなるのだろうと、考えたのだ。


「おなかが減りましたけどね」


 昼の時間に動くのがいいわ、とジーナが言い、アルは理由を聞いて了承した。それでも、時折風に乗っておいしそうな食べ物のにおいがすると、空腹を感じてしまうことを止めるのは難しかった。

 ジーナは、そんなことを言いながらおなかをさするアルに、申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさい。これが終わったら、あなたの好きなものをご馳走するわ」


 そう言いながらも、ジーナはあたりを油断なく、うかがっていた。

 出発の前になって、彼女はさらに油断なく、張り詰めた雰囲気を醸し出すようになっていた。

 そんなジーナを見て、アルはひそかに微笑んでいた。

 彼女の雰囲気は、アルにとっては非常に好ましいものだったのだ。


 アルは、イーディアの丘の立つ塔で引きこもるような生活をしている。しかも大勢と暮らす生活というものに対しては、魔法使いの試験を受けに行った時の最悪の思い出しかない。

 それ故に、他人とともに過ごす生活というのをほとんどしたことがない。


 もちろん彼は、人が嫌いなわけではない。

 イーディアの丘の近隣に住む純朴な民と、話すことは苦手ではないし、頼られることも嫌いではない。引きこもる生活とはいえ、時折は近隣の街に出て、生活用品や食物を購入しに行ったりはする。また、民たちの抱える問題に、イーディアの丘にある塔から出て、いろいろと対策に講じたりすることもある。

 しかし、そんな民たちとですら、「他人」と一緒にいることは、やはり気を使うものだし、あとでどっと疲れるほどに、気を張るものなのだ。


 しかし、ジーナとともにいることは、アルにとっては、今のところ、まったく苦にならかなった。


 以前、王都で暮らした時のように、そこに住む住民たちに向けられた、魔法使いアルを奇異なもの、嫌なもの、憎むべきもの、あるいは恐ろしいもののように見てくるような視線を向けることもない。王都の人間なのに、魔法使いに用があるアルに対して、まるでそこらにいる普通の人のように接してくれるのだ。

 もちろん、彼が自分の身分を告げていないのだから、それが当たり前のことなのかもしれないが。


 それに彼女は、一緒に暮らした魔法使いたちと違って、ある程度の礼儀をもって接してくれるのだ。

『オレたちは目指すところを同じくする同志!』という、わずらわしい、アルから言わせれば“うっとうしい”雰囲気を醸し出しながら、個人的空間パーソナルスペースに当たり前のように踏み込んできていた、馴れ馴れしい悪い奴らとは違う。あんな、行儀の悪い魔法使いの同期たちやつらとは異なり、もちろん初対面であるのだから、そうあってしかるべきではあるのだが、ジーナは丁寧で、適切な距離をもって接してくれるのだ。


 そして何より、彼女のもつ、騎士としての特有の研ぎ澄まされた感じが、魔法使いのもつ感じとよく似ているから、非常に居心地がいいのだ。

 人の心の機微や自然の流れを感じ取ろうと、自分が存在する環境を、あるがままに受け入れようとする魔法使いアルと、人の動きや、表情などを敏感に察知し、うかがい知ろうとする騎士ジーナ

 アルからすれば、騎士など(しかも王国軍に属するような、精鋭の騎士など)、今までに接したことのない職種ではあったが、思うところ、感じるところ、見るところなどが、彼女とどことなく相通じるところがあるように感じられていた。

 

 そんなことを思いながら、アルは最終確認をするジーナを見ていた。


 「さあ、行きましょうか」


 いざ、というように、彼女は言った。

 ジーナをしげしげと見つめていたアルは、


(ぼんやり見ていたの、気付かれたかな?)


 そんなことを思いながら、真剣な顔をし直して、ジーナに向かってうなずいた。



**********************************



 先ほどまで人通りの少なかった路地にも、ちらほらと人の姿を見かけるようになってきていた。もちろん、大通りほど人が多いわけではないが、仕事から解放された、とでも言うように、通り過ぎる人々の表情は和やかで、足取りは軽い。中にはすでに酒を口にしたのか、上機嫌で口笛を吹きながら、顔面を赤くしながら歩く男もいた。


 そんな中ジーナは、周りの人たちに紛れ込むように、歩いていた。

 目的地にずんずん進むのではなく、軽やかな足取りであった。


(さすが、騎士。………隠密行動なども普段するのかな)


と、彼女の後をついて行きながら、アルは思っていた。


 きょろきょろと周りを見渡して歩くのはまるで不審者であることを自ら示しているようなものであるし、余りすたすたと歩くのは、今のこの時間であれば、昼休みで浮足立っている周りから浮いてしまう。

そうなると、今のジーナのように歩くのが一番妥当であると思われた。


 路地を歩きながらも、不審にならないように、あまり見渡すこともなく、しかししっかりと注意を払いながら、ジーナは路地を歩いていた。

 不審なものはいないかどうか。表情険しいものはいないか。ジーナとアルを捕まえようとするような輩はいないかどうか。そういったことに気をつけながら、通り過ぎる人々の顔を、ジーナは時折、ちらりと見ていた。その見方も、相手をうかがうというよりも、視線が引き寄せられたのよ、というような軽いものであり、相手に警戒を抱かせるようなものではなかった。


 アルは、そんなジーナの後ろを歩きながら、ともすればきょろきょろとしてしまいそうになるのをこらえるために、前を歩くジーナの頭をしっかり見ることにした。


 つむじが一つ。

 茶色の髪はきれいに整えられて、一つに束ねられている。そんなに長くない髪は、ほどいたら肩を少し越えたくらいまでだろうか。髪をくくっているのは、実用的な黒のひもかと思えば、黒のひもに銀色の糸がところどころに編みこまれているようであった。


(こんなところは女性らしいんだな)


 アルは思った。

 王国の騎士であるということは、おそらくその実力も伴うものであるだろう。見た目、感じた印象は、やわらかな物腰の女性というようなジーナではあるが、もつ雰囲気や、先ほど男たちの襲撃をかわした身のこなしなどはやはり、さすが騎士、というものであった。


 ジーナが歩くたびに、束ねられた毛先がほんのわずかに左右に振れる。

 規則正しく触れるその髪を、緊張感なくアルは見つめていた。


 と。

 突然ジーナが立ち止まり、アルの手を引いて物陰に隠れた。


「ジーナ?」


 なんとなく声をひそめて、アルはジーナを見た。

 アルを見上げたジーナは、口の前に人差し指を当てていた。

 アルは不思議そうに、周りを少し見渡そうとするが、彼女に止められる。


「追手がいるわ」


(追手………本当に?)


 アルは驚いたように彼女を見た。


(どうしてわかったのだろうか。ジーナには、なにか不思議な力でもあるのだろうか?)


 そんなことに思いながらアルはジーナを見つめていた。そんな視線に気付いたのか、ジーナは少し苦笑する。


「店の窓越しに、姿が見えたの」


 このあたりの路地に立ち並んでいるのは、石造りの住民たちが住む家であり、ところどころに商店がある。店の数は、大通りと比べるとめっきり少なくなって、こじんまりとしたものが多い。しかし、周囲を石造りの塀で囲まれている住宅の中にも、大通りに構える店と同じように、高価な硝子の窓がはめ込まれ、店の中をのぞける商店も、ところどころ見かけられた。


 確かに、先ほど通りかかろうとしていた場所はちょうど路地の交差点となる場所にあった織物屋であった。その店は、両方の通りから店の中で売られている織物や、贅沢な絹糸などが色とりどりに飾られているのが見えるように、豪華な硝子の窓が三面にわたって、はめ込まれていたのだ。

 窓越しと言っても、窓の向こうにはたくさんの商品が飾られてあり、通りの向こう側はちらりと見えるほどしか、視野が開けておらず、けしてはっきりと向こうの通りが見えるわけではない。

 それなのに、ジーナは断言したのだ。敵がいる、と。


(本当なんだろうか?……正直言って、人影なんか、全然見えなかったけど)


 そんな失礼なことを思いながらも、アルはジーナの行動に従って、じっとしていた。

 そのまましばらく物陰で待っていると、ちょうど交差点の角から、こちらの通りのほうへ、歩いてくる人影があった。

 二人の男だ。人相が悪いわけではないし、ごくごく普通の町民の男たちのようではあるが、周りをきょろきょろとうかがう様子は、明らかに休憩中の人間ではなく、なにかを探しているのではないか、と思ってしまうような男たちだった。


(もしかして、こいつらが追手なのか?)


 アルはそう思いながらも、彼らの視線から隠れるように、いっそう物陰の奥に身をひそめた。

 やがて、彼らはこちらを見ることもなく、ジーナたちが隠れていることに気づいた様子もなく、彼女たちが歩いてきた方向、進もうとしている通りを横切るように、通り過ぎて行った。もちろん彼らは、単なる友人を探している男たちなのかもしれないが、真面目な表情できょろきょろとあたりを見渡す彼らの姿に、用心するに越したことはない。


(それにしても、いくら不自然とは言え、彼らの姿が、本当に店の窓越しに見えたんだろうか?)


 アルはすごい、と思う反面、本当に?という猜疑心を持ってしまった。

 それを感じたのか、ジーナは苦笑するようにアルに向かう。


「一応、私、騎士だからね」

 敵の気配を探ることができなければ、ね。と続けた。


 いや、騎士だからといって、そこまで敏感になれるだろうか。

 はっきりと確認できない路地の、厳密にいうと、硝子越しには見えたのかもしれないが、一瞬見た姿から、そこまで殺気立っていない相手の気配を探ることなど、アルにとってはそれこそ魔法のような技であった。

 そう思いながら、彼女がじっと周囲をうかがうのを見ていた。男たちの姿はもう人ごみに紛れて見えなくなってしまっていた。

 そしてしばらくすると、彼女はその表情を少し緩めた。


「行ったみたいね」

 そう言って、再び路地の通りに出て、歩き出す。


「すごいね」

 アルは、彼女のあとについていきながら、率直にそう言った。


「いいえ、こんなのすごいことじゃないわ」

 ジーナは困ったような表情を浮かべながら、謙遜するように言った。


2/23 物語の流れには大きく変更はありませんが、文章と内容を訂正しております。

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