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その5

 ジーナの立てた作戦はひどく簡単のものだった。


 強行突破。

 ………手っ取り早くいうと、そんなものだった。

 

「今を逃せば、おそらく彼らはより一層、サルディナの家の周りを固めるだろうと思うの」


 そう言いながらも、彼女は周りをうかがう。


「そして、私は今日の日を、逃すことはできないの。………人が多くなってくる前に、今のうちに、サルディナの家に飛び込もうと思うの、だけれど」


 飛び込む、んだ。

 アルをうかがうように見ながら宣言するジーナに、彼は苦笑を浮かべた。

 そんな彼を見て、言い訳するようにジーナは重ねる。


「私が、サルディナに会うことができたならば、彼らはきっと、あきらめるわ。そして何より、サルディナが彼らをどうにかしてくれるはずなの」


 そう断言するということは、おそらくサルディナと約束か何かは取り付けてあるのだろう。

 それでも、考えつくことが強行突破とは。


(………あまりに無謀すぎる)


 アルは自分の表情に、その気持ちが現れないように気をつけながら、ジーナに尋ねた。


「飛び込めるのかな?魔法使いの家なのに。………防御の魔法がないとは、思えないけれど」


 そう言うと、彼女ははっとしたように、考え込んだ。

 おそらく、そんなことには考え至っていなかったのだろう。


(やっぱりジーナは、魔法使いのことを、本当はあまり知らないんじゃないかな)

 アルは思った。


 魔法使いの家には、防御の魔法がかけてある。

 これは魔法使いを知るものであれば、誰もが知っていることだろう。

 それもそのはず、魔法使いは一般的に、いろいろな魔法のための道具、秘術や、貴重な事象を記した書物などを持っているのだ。その中には、一般人にとっても高価な宝玉となりうるものや、もう何百年も昔の、歴史的にも珍しい教本などがあり、それらが家の中に無造作に置いてあることが多いのだ。

 それらを守るために、魔法使いは自分の家に何重にも守りの魔法をかけてあるのが普通だ。


 それはまるで、王都にかけてある防御の魔法の、小さく、簡略化されたようなものだ。

 それを破ることは、普通の人にはまず無理だ。防御の魔法は、そのまま魔法の壁となって、侵入者を拒むだから。

 そして、同業者であるアルが、魔法の力を持って無理やり押し入ろうとしようものなら、重大な犯罪となる。


 そんなことも知らないで、ジーナはサルディナに会おうというのだ。

 一般人ジーナのやり方では、彼女はサルディナのもとに訪れることはできない。

 防御の魔法がかけてある家に、飛び込むことなど出来やしないのだから。


 アルの言葉に、再びどうしたものかと思案するジーナに向かって、彼はごまかすように続けた。


「あ、あぁ、たぶん、大丈夫だと思うけど……」


 飛び込むことはできないが、防御の魔法の基本を逆手にとってみれば、正門から入らずに家屋に入る方法はいくつかある。魔法使いであるアルにとって、それは一般的な知識である。


 落胆するジーナを慰めるように言いながら、アルは、厄介事に巻き込まれたなぁ………、と思う半面、ジーナが私に出会ったのは、おそらく彼女のもつ運なのだろうな、としみじみ思っていた。


 魔法使いのことをほとんど知らないジーナが、魔法使いのサルディナに用事がある、という。

 それがどういう理由であるのかは、詳しくは知らないし、聞いても恐らく答えてくれないだろうが、彼女もまた、厄介な問題に見舞われているのだろう。

 王国の騎士であるのであれば、もう少し調査し、あらゆる対策を講じてから行動するだろうと思われるのに、そんな時間を惜しんで、藁をもすがる思いで、魔法使いに頼ろうとしているのだろうか。しかし、魔法使いに援助を求めるにしては、あまりにも彼女は無知すぎる。


 もともと、大昔には魔法使いも王宮で働いていたことがあるといわれている。

 その王宮仕えの魔法使いも、だいぶん昔に、それこそアルディーナですらも生まれていなかった時代には王宮から去り、市井の中でひっそりと暮らすようになったといわれているのだ。

 しかも、だんだんと王都を中心に、魔法使いの存在は重要な地位から、忌避すべき存在に変わりつつあった。ジーナの年齢で、しかも王都で生活する者にとっては、魔法使いに対する今の風潮は、生まれた時にはもうすでに確固たるものとなっていたために、魔法使いなど生まれてこのかた会ったことも、仕事をしている姿を見たこともないのだろうな、とアルは思っていた。


 魔法使いをほとんど知らない、そんな彼女一人では、サルディナの家へはたどり着けない。彼女の考えること聞くとそう断言できる。


 しかし、魔法使いであるアルがついていればどうだろうか。


 もちろん、自分が彼女に魔法使いとしての力を貸してやる、という方法もある。

 そうすれば、サルディナの家までいろいろ知恵を出し合ってたどり着かずとも、ジーナとしては、ことが足りるのではないだろうか。


 魔法に対しては厳格な規則のある王都ではあるが、その王都で魔法を使えるようにする方法はある。

 それは、アルが魔法を使うことを、ギルドに申請すればいいのだ。どこで、何に対して、どういった魔法をかけるのか、ギルドに申請し、それが受理されたならば、王都であっても、魔法をつかえるのだ。


 しかしジーナの問題が、どういうものなのか、アルは知らない。そして、知りたいとも思わない。アルとしては、そこまでジーナの厄介事の関わり合いには、なりたくなかったのだ。


 それならば、とアルは思う。


(助言くらいは、してもいいかも)


 彼女をサルディナに対面させるだけで、厄介事ジーナからおさらばでき、しかも自分はギルドからの命令を果たすことができるからのだ。


 そんな存在に、彼女の足りない部分を補うことができる存在アルに、ジーナは出会ったのだ。


 彼女からすれば、幸運といっていいだろう。

 魔法使いに用があるジーナが、魔法使いであるアルに出会う。

 アルにとっては厄介事でも、ジーナにとっては、僥倖に巡り合えたともいえるだろう。

 その僥倖は、アルが魔法使いであるということに気がつけば、更なる奇跡、となるかもしれない。


 そう思いながらも、やっぱり厄介事はごめんだと、アルは考える。

 ジーナに、魔法使いとしての力を貸すほどの義理はない。

 早々に、サルディナに彼女を引き渡してしまおう。

 そして、今日中に早くイーディアの自分の家に帰ろう。

 そう、アルは決意した。


「そうそう。助けを求める人を、断ることなんて、魔法使いである彼はしないだろうと思うんだ」


(彼に会ったことはないけれど)


 そう思いながらも、うそぶくアルの言葉に、ジーナはそういうものかな、と思うように瞬き、うなづいた。


 そうして、とりあえず強行突破するにしても、道が分からなくてはいけない、とジーナとアルは、今いる地点と、サルディナの家の位置を確認した。

 やみくもに走ったが、今いるところからは王立図書館が見える。くねくねと走りぬけたような気がしたが、そんなに最初の地点からは離れていないようだ。

 アルからしてみれば、周囲を見渡してもその位しか分からない。恐らくジーナはここがどこら辺なのかは、はっきり分かっているのだろうけれども。


「ここからであれば、サルディナの家に行くには一旦大通りに出たほうが早いと思うの」


 そう言いながら、彼女は懐から、小さな地図を出した。手作りのその地図は、サルディナの家へと至る道を細かく描いたものであるようだ。その地図を使って、ジーナは現在地と、サルディナの家の位置を指さす。

 この場所は、一般人が住むこの界隈は、大きな王都への入り口から続く大きな通りを中心に、規則正しく区域分けされているのだ。

 それで見ると、ここはアルがたどっていた、サルディナの家に通じる通りを3本位通り過ぎた所にある。そこから大通り経由で行くとするのであれば、目的地へは小一時間もかからずにつくだろう。地図からみると、それが最短距離だ。


「けれど、おそらくその道ではたくさんの邪魔が入ると思うわ」


 ふつう彼の家に行こうとすれば、いったん大通りに出て、魔法使いの家のある路地に出るのが一般的だろう。アルも大通りを抜けてから、その道を通って行こうとしたのだ。


「だから、少し反対回りに、こう―――行こうと思うの」

 そう言って、彼女が指し示すのは、少し離れたところで大通りを一旦横切ってから、細い路地を何度か曲がりながら進み、サルディナの家のある通りを通り過ぎてから、家の反対側の通りに出る経路だった。


「ここまで来ることができれば、一旦サルディナの家の裏の家から、お邪魔しようと思うの、だけれど………」


 そう言いながら、ジーナはアルをうかがうように上目遣いで見た。

 魔法使いの家の戸をたたかずに、裏から入ろうと、ジーナは言うのだ。


 それは無理だよ、とアルは言った。


「それに、サルディナに頼みごとがあるのであれば、誠実にいかないと」


「そう……よね。やっぱり」

 そう言って、ジーナは肩を落とす。

 そんな彼女を見て、アルはもう一度苦笑する。


「そうだよ。ただし、勝手に入ることはできないだけであって、ジーナの言う通りの道順で裏の通りに着いたら、そのままサルディナの家の裏にある建物の敷地に、すこしだけお邪魔して、そこからサルディナの家の窓に向かって、中に入っていいか、尋ねればいいよ」

「窓から?」

「そう、一旦入ることをサルディナにうかがえば、サルディナも家に入れてくれると思うよ」


 それでとりあえず体裁が整うだろう。

 家の防御の魔法。

 これは、侵入者が無断に家屋に入り込むのを防ぐ魔法である。しかし来客すべてを絶ってしまうような魔法では、ない。

 その家の主に許されたものだけが、家の中に入ることができるようにする魔法なのだ。それ以外のものは、家に侵入することはもちろん、家の中をのぞくことも、家の中の音を聞くこともできないのだ。


 しかし、何も真正面の扉をノックするだけが、正式な訪問ではない。

 窓もまた、家と外を境なす入口だ。

 そこから家の主であるサルディナにうかがいをたて、訪問の許可をもらうことができたなら、サルディナの家に入ることができるのだ。


 アルの言葉に、彼女は眉をしかめる。


「どうして、そんなこと知っているの?」


 彼女の問いに、微笑みを浮かべてはぐらかす


「どうして、君はそれを知らないんだろうね」

 魔法使いに、頼みごとをしに行くのに、そう続ける。


 それじゃ答えになっていない、そうジーナの表情は言っている。

 ジーナは不審そうに彼を見ながらも、アルがその問いに答えないことが分かると、何も言わずに最終的な道を地図で確認することにした。


2/21 文章を大幅に変更しました。内容はほとんど変わりません。

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