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その10

 ジーナから聞いた、彼女の抱える問題とは、こうだった。



**********************************



 もともとこのスタンディッシュ王国は、『魔法』と『神託』の力で、開国の混乱を収めてきた。魔術師の持つ、自然の脅威に対抗する『魔法』と、民衆を導き、魂の安寧を保つことを目的とする神殿の、厳粛な僧侶による、神の言葉を元にした予言でもある『神託』の言葉。その両者の力をうまく合わせながら、建国の動乱を乗り切っていったのだ。


 もともと神殿は各地にあり、厳しい魂の修行と、神への敬虔な祈りと、感謝と奉仕の心を持つ僧侶たちが、民衆たちに向かって神の存在を説き、その言葉を教え、生きることの価値と苦難を乗り越える喜びを示し、精神の安定、魂の浄化などを導くのだ。

 しかし、国が落ち着き、平和で安定した治世が築かれるようになってきたころより、神殿の僧侶たちは、目の前で行われる政治の力、権力やきらびやかな財宝、称号などの名誉の力に目がくらんでいった。

 ほとんどが王都に住まう僧侶たちではあったのだが、己の欲に負けて、少しずつ、自分たちの欲望を、政治の中に取り入れるよう、主張するようになっていったのだ。


 そして、暴走気味の神殿の僧侶たちを抑える役割も担っていた、王宮仕えの魔術師がいなくなると、僧侶たちの欲望は、抑えが効かないように膨れ上がっていったのだという。


 神殿の僧侶たちの放つ『神託の言葉』。

 開国の混乱の際には、その発言を参考に、政治を行ってきた王族、貴族たちではあるが、徐々に神殿の僧侶たちは『神託の言葉』を絶対のものにしろ、と主張しだすようになってきたのだ。


 その時点で、それが本当に『神託の力』であったのかは、わからない。


 しかし、断固とした主張をしだす神殿の発言は、物欲であり、自分たちへの権力の集中であり、を望むようになっていったのだ。


「神殿をもっと荘厳で、豪奢なものに建て替えるべきだ」


「各地に新しい神殿を建立すべきだ」


「王都に住まう僧侶たちの言葉は、絶対であるべきだ」


 神殿の『神託の力』というものは、王国にとって、次第に厄介なものとなっていった。


 国王や貴族たちにとっては、「治世が続く現在の政治に、僧侶たちは関与するべきではない」、「もともとの神殿の目的である、民衆の魂の安寧を保つための活動に、もっと心を砕くべきだ」とする意見が、総意である。


 逆に僧侶たちにとっては、「自分たちこそが政治に加わらなければ国は立ち行かない」、「安定をもたらしたのは自分たちの力であり、それが守られているのは自分たちの力あってこそのものだ」と主張しているのだ。


 だんだんと、王国と神殿は、その対立を深めていった。



 そして、一月前に事件が起こった。


 一部の僧侶たちが、国王の暗殺を考えたのだ。

 現王になってから、僧侶たちの言葉はほとんど政治に反映されることがなくなってきた。そして、それに加えて、現王は僧侶たちの政治への参入を排除するために、政治と神殿の力を分離するための、「宗教法」を打ち立てようとする働きに、本格的に乗り出そうとしていたのだ。


「現王さえいなければ、もっとよりよい治世が、開かれるのだ」

 王の暗殺を企てた彼らは、強く主張した。


 はじめは「そこまでは………」と思っていた上層部の僧侶たちも、次第に彼らの意見に賛同するようになっていった。


 国王の暗殺は、結局は、不審な動きを見せていた僧侶たちを見つけた近衛騎士の働きによって、未遂に終わった。

 事件が判明すると、捕まえた僧侶たちから、国王の暗殺に賛同した僧侶たちの存在が、芋づる式に露わになっていったのだ。


 そして、神殿の勢力は、その後一気に粛清の対象となった。

 この国の最高権力者である、国王の暗殺を行おうとしたのだから、当然の結果である。

 政治欲にまみれた神殿の僧侶たちを、一掃する機会となったために、怪我の功名、とでもいわんばかりの貴族たちの表情であった。


 もちろん神殿の僧侶たちすべてが腐っているわけではない。

 神殿の力は民衆にとってはよりどころの一つでもあるために、王都に住まう僧侶たちの首を全て挿げ替えることとなったのだ。とりわけ王都に住まい、実際に政治の影響力や、権力に魅了された僧侶たちを。

 そして、昔ながらの敬虔な祈りと厳格な戒律を重んじる体制を作ることとなったために、腐敗した僧侶たちではなく、近衛騎士たちが奔走することとなった。


 もともと王都に住まうから、僧侶たちもだんだんと自分が僧侶であることを忘れていくのだ。元は迷える民衆たちを導き、魂の安寧と神への真摯な祈りを捧げるのが、本来の僧侶の仕事である。

 そんな選りすぐりの僧侶たちを、近衛騎士たちは王国中から探し出し、王都での神殿の改変に協力を依頼していった。


 もちろん、その変化に王都に住む僧侶たちは猛反発した。


 僧侶たちは、自分たちの犯した罪を認めず、介入してくる王国の騎士たちや、自分たちがせっかく手にした権力や財産を全て没収するような王国のやり方に、抵抗を見せた。


 僧侶たちが、剣術にたけていたのなら、近衛騎士たちも対応ができた。

 しかし僧侶たちには、呪術という抵抗の仕方があった。

 そして、それに対する備えが、王国側にはなかったのだ。


 もちろん、呪い、呪術などのいうものは、実際的な攻撃ではない。

 しかし、毎日行われていた王都での形ばかりの祈祷の言葉が、呪いの言葉に変えられたのだ。しかも国王の目の前で呪詛の言葉を吐き、毎日その呪いの言葉が聞こえるように、王城である神殿でさえも、異常な礼拝がおこなわれるようになったのだ。

 そんな異様な礼拝が、王都にある神殿中で行われるという、狂気に満ちた僧侶たちの行動に、現王は次第に表情を曇らせていった。

 もちろん近衛騎士たちは、僧侶たちのそういった行動に対して、いさめ、直ちにやめるように勧告していった。一時的には、その言葉に従うものの、僧侶たちはまたすぐに、呪いの言葉を再開するのだ。

 そんな日常を過ごすうちに次第にやつれていく国王の姿を目にした人たちが、僧侶たちの呪術の効果ではないか、と囁くようになっていったのだ。


 このままでは、国王は精神的におかしくなってしまうかもしれない。

 国王のどんどん憔悴していく姿に、近衛騎士たちは、早急に僧侶たちの一掃を行おうと、各地から高名な僧侶たちを集めなければならなかった。

 その反面、その残された短い時間で、できる限りの呪いの言葉を吐こうとする僧侶たちを止めなければならなかった。

 そんな目が回りそうなほど忙しい中、近衛騎士の誰かから声が上がった。


「そうだ、僧侶に対抗する力をもつ、魔術師がいるのではないか?」、と。


 そんな言葉に、そうだ、魔術師がいた。

 魔術師なら何とかしてくれるのではないか。

 どんどんとそんな声が広がっていった。


 ………まさに、藁にもすがる気持ちであったのだ。

 そして、王国で唯一いる魔術師サルディナの名が挙がり、彼に手助けを頼むこととなったのだ。


 もちろん、反対の意見もあった。

 今度は魔術師が政治に参加したがったらどうするのだ、と。

 以前は政治に関わることを、自らの選択で止めた魔術師も、今の僧侶たちを同じように、権力に取りつかれるようになればどうするのだ、と。


 しかし、結局は、国王の精神的におかしくなりつつある姿を見て、そして自分たちだけではどうすることもできないほどの忙しさに、なりなりふり構っていられなくなったのだ。


 近衛騎士たちは、秘密裏にサルディナに連絡を取った。

 最初は王宮では仕事したくない、と、サルディナは拒否姿勢を見せていた。

 何度も近衛騎士たちが丁重な依頼の手紙を重ね、最終的には国王の危うい状態を伝えることで、サルディナは協力に是、と答えてくれたのだ。

 サルディナとしても、あまり積極的には王宮への協力を行いたくない気持ちは変わらずあったようで、彼との契約の条件が、「報酬は美しい宝玉であること」「約束の日、宝玉を持ってくること。もし一日でも遅れれば、協力はしない」というものであったのだ。

 そのために、ジーナは宝玉を携えて、ここを訪れたのだ。

 

 魔術師に協力してもらう。

 そのことを神殿の僧侶たちも、どこからかかぎつけたのだろう、ジーナが約束の今日、サルディナの所に訪れることを知って、妨害しようとしていたのだ。

 まさかあの追手たちが僧侶ではないだろうから、町のならず者たちを雇って、邪魔立てしようとしていたのだろう。



**********************************




 「ということは、僧侶たちの呪術が国王の目に入らず、耳に聞こえなくなればいいのですね」


 ジーナの話を途中で遮ることなく聞き終えたアルは、一度うなずいて、そう言った。

 それなら、アルにとっては簡単なことだ。

 そういう風に・・・・・・国王に魔法をかければいいのだ。


 つまり、国王の見たくないことが見えなくなり、聞きたくないことが聞こえなくなればいいのだ。

それは魔法の基礎中の基礎、初歩的な魔法だ。

 大掛かりな魔法では、全くない。ものの数秒で完了するような魔法だ、と。


 そう簡単に言うアルに、ジーナはあっけにとられる。


(簡単なことだと、魔術師かれは言うけれど、それにどれだけの近衛騎士が、東奔西走したと、思っているのよ………)


 ジーナは、一つ返事で答えを出したアルを、疑わしげに見た。

 しかし、アルの表情には、まったくもって気負ったところがなかった。


 疑い深く自分を見てくるジーナに、アルは、「ちょっとサルディナと話すことがあるので」と言った。

 ジーナは、サルディナに断って、一階の客室で待つことにした。


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