ch.1―特に簡単なこと。―STAGE2
ものすごく遅れました…すみません
あまり進展はありませんが。
「…ここが、ルシフェラさんの家?」
二人に半ば引きずられるようにしてやって来たのは赤い煉瓦造りの一軒の家。小鳥の集まる小さな庭は家の主が優しいことを表してるみたい。
レノンとクロイスは家の玄関前に私をおいて、近くの木の影に隠れた。
隠れたっていっても顔と身体の一部だけでたいして意味はないように見える。
「そんなあきれた顔すんなよ!」
噛みつくように言われた。…言う前にそんなにも意味のないことをするのはやめてほしい。どう頑張っても呆れてしまう。
はぁ…。深く嘆息し、深呼吸して…
私は扉を叩いた。
「行動はえぇっ!」
突っ込みらしきクロイスの声が響くだけで、家から返答はない。
念のためもう一度叩いてみるが、やはり返答はなかった。
隠れている二人を振り向く。
「ねぇ…。ルシフェラさん、いないみたいだけど?」
「は?今日はいるはずだぜ?」
クロイスは形のいい眉をひそめた。訝しげな表情と色濃い不安の表情が同居した変な顔になっている。
木の影からでて玄関までやって来た二人。
なにかを考えるように黙ってドアを注視するレノン。
クロイスは中に呼びかけた。
「ルシフェラ?いる?俺だけど…」
ばれないように隠れてたくせに。ばれちゃうわ。
私の予想は外れた。いつまでたっても返答はない。
人の気配も、ない。
これではばれようがない。
「…いない、みたいよ…?」
私は信じられない、信じたくない様子のクロイスに遠慮がちに声をかけた。
ルシフェラがいない。
彼の中の何かの糸が切れた。
「ルシフェラっ!」
叫んでドアを開け放つ。鍵もなにもかかっていなかったドアは勢いよく開き、大きな音をたてた。
クロイスのその姿は焦り、不安にかられた獣そのものに見えた。
走るように家に飛び込んでいった彼を追って私とレノンも家に入る。
酷い…
目に入ったのは、荒らされた痕跡のあるリビング。そこらじゅうに皿やら椅子やらが転がっている状況だった。
窓ガラスは砕けちり、透明な破片をばらまいている。
部屋の中心で立ち尽くすクロイス。虚ろにさ迷う手がひびの入った机を撫でて、写真たてをとった。
写っているのはクロイスと栗毛の女の子。大人びているのに、どこか可愛らしいような子どもっぽい雰囲気を残した彼女がルシフェラさんだろうか。
クロイスの指が写真の彼女を撫でた。
一方でレノンは部屋のなかを見て回っている。
……
私はいったいどうすればいいのよ!この状況!レノンはもっとクロイスのそばにいてやればいいのに!
「…ルシフェラ…どこいったんだよ…」
きっと今の彼には。誰の言葉も届きにくい彼には。私が何をいったって、きっと届かないんだろう。
だからって、諦めるのは癪だ。
私はクロイスに近づいた。
手を伸ばして、その背に触れる。
「ねぇ、クロイス…。私、まだここに来たばっかりで、あなたのことなんて全然わかんなくて、むしろ不快かもしれないけど…」
私は一旦言葉を切った。クロイスはなにも言わず、動かない。
「会ったのもなにかの縁なんでしょ…?だったら、私は全力で協力する。」
言葉が、こぼれ落ちる。
「あんたに…何ができるんだよ…」
確かにその通りだ。
私にはなにもできない。
「それでも、よ。ちょっと協力するくらいならできるわ。でもね、クロイス。私じゃたいした力になれないわ。」
だからこそ。
「あなたが一番に動くべきでしょう?いつまでそこに突っ立ってる気?あなたがしょげてても何にも変わらないわよ?」
私がその背を押すしかない。
クロイスの身体がピクリと反応を示した。
「ルシフェラさんが待ってるのはあなたよ。」
最後のフレーズを口にして手を離す。
写真たてがそっと机に戻された。クロイスは追い詰められてどうしようもなくなったように頭を抱えこむ。
「でも…ルシフェラが生きてる保証は…」
「あるよ?」
あぁ、やっとか。
二人を少し離れたところから見守っていたレノンが声をあげた。
ぴっと人差し指をたててみせ、彼は説明を始める。
「ひとつ。もし殺されたんなら死体をどこかに持っていく必要なんてない。なぜならどうせばれてしまうから。」
くるりと家を見渡して彼はおどけたポーズをとった。なんて軽い…。
「こんだけ荒らしといて死体もってさようなら、なんてばからしい。」
上がったクロイスの顔にレノンはウィンクする。中指がたった。
「ふたつ。彼女は大企業の娘さんだ。政略結婚させられる予定だったけど、逃げてきた。」
「なんだって?!」
レノンの言葉にクロイスは驚きを露にした。
あまりの剣幕に私は耳をふさぐ。
レノンは涼しげな顔で問いかけた。
「知らなかったの?クロイス。」
「…あぁ。知らなかった…大企業ってなんだ…」
知らなかった。
彼女のことを。
なにも。
その事実はさらに彼の心をえぐったはずだ。
だけれどクロイスの顔は下がらなかった。
「…わりぃ、続けろ、レノン。」
強い光を持った灰色の瞳は前に進むことを決めた意思の現れか。
レノンが説明を再開する。
「逃げてきた先がここで、クロイスとくっついたってわけ。」
なるほど。ルシフェラさんの気持ちはよくわかった。彼女なりに彼を危険にさらすまいと努力していたみたいだ。
クロイスにはなにも言わずたった一人で抱え込んでいた。
で、その結果がこれ。
まぁ、私でもそうしただろうけどね。
「レノン、ルシフェラさんがどこにいるかわかる?」
とんとん、爪先を床にうちつけて私は頬を両手で挟み込んだ。
さて、解決屋のアルバイト。はじめますか。
レノンがうーんと頭をかいた。
「わかんない☆」
おーけー。わかんないのね。
うん……ん?
「わかんないのかよ!」
「ユズキの可愛い顔でそんな乱暴な突っ込みはしない方がいいと思うよ?」
笑顔で指摘された。
でもなにげに褒められたんだよね?
かわいい…だって…ってなに考えてるんだ、私!
「あ、クロイス。これで解決のレベルがあがったから、お金ももらうけどいい?」
レノンは急激に頬を赤くする私に気づきもせず、クロイスにランクの上昇に伴う料金の増加を伝える。
クロイスは迷いなく頷いた。
もしここで迷うようなら別れてしまえばいいと思ったところだ。よかった。最低人間じゃないみたい。
ぱちん、レノンが歩み寄ってきた。
「じゃあ、行こうか。」
心当たりないのにどうやっていくんだろう?
いや、聞いたら負けよね
三人で扉をくぐると美しい青が目に入る。
空の青よりも青い。
モルフォ蝶を思わせる輝きをもつその昆虫は二枚の羽を太陽の光に反射させ飛び去っていった。
そのきらめきにクロイスが過剰な反応を示す。
「あれって…!レノン、バカみたいな話だけどルシフェラは動植物とのコミュニケーション能力にたけてるんだ!」
いうやいなやモルフォ蝶をおってレノンが走り出す。
なにがなんだかわからないままに私とレノンはついていった。
彼は走りながら説明を続ける。
「あの蝶、アルシオネはルシフェラと特に仲がいいんだ!彼女が導いてくれるよ!」
問題解決ね。心当たりないのにどうやっていくんだろう?何て聞かなくてよかった。
よし、わかった。あの蝶はピーター○ンでいうティンカー○ル的な存在なわけだ。
主人を守るため頑張る役。もしくはサポーター。
ルシフェラさんは妖精と話せるみたいにこう言うのよね。
私、鳥さんと話せるの♪
さすがメルヘン。私の世界とは違うなぁ。
「つまり、その…このアルジェリアについていったらいいんでしょう?」
「アルシオネ。アルジェリアじゃない。そーいうことだぜ☆」
いちいち訂正しなくたっていいじゃんか。
「わかってるわよ、アルジャジーラでしょ?」
イラついたようで刺々しい声が返ってきた。
「…何でそんなに難しくするんだよ!ア、ル、シ、オ、ネだ!」
レノンはなにも言わないで耳だけ傾けている。
私も負けじと言い返した。
「アルカリネだってことくらいわかってる!」
「…ユズキってバカなんだな…」
怒気を失って哀れみさえ含んだ声でクロイスは本気で気の毒そうな顔をした。
いや、私はバカじゃないもん!
「ほらほら、よそ見してたらアルカリトを見失っちゃうよ?」
レノンが急かすように私とクロイスの服を引っ張る。
「お前もか……はぁ…」
深いため息がもれた。
「え?僕はブルータスじゃないよ?」
「…神様、いるんなら俺をこの世から消してください。今すぐ。」
なんだかクロイスは本気で死にたそうな顔をしていた。
青い輝きが舞う。
「ここ、みたいだね。」
アルシオネが導いた先にあったのは古風な造りの大きな建物だった。
レノンの家より廃墟っぽい。ドラキュラ伯爵とか住んでそうな雰囲気だ。この世界だったらあり得ちゃうから恐ろしい。
大きな両開きの扉はなにも言わずそこにあった。
「こんなとこにいんのか…?」
「アルカリトによれば、ね。」
「……もうあえてつっこまねーから。じゃあ、さっさとはいるぞ。」
クロイスの足が引かれて思い切り扉を蹴った。
…
傷一つつかない。
いやいやいや…なぜ蹴った?
「普通に開けるっていう選択肢はなかったのかしら?」
私は隣で痛む足を押さえて声を押し殺し叫ぶクロイスを目のはしにとらえながら扉に手を当てた。
レノンも手伝ってくれるみたいで、私を軽く右に押す。
左側の扉を私、右側の扉をレノンが押す格好になった。
「せーのっ!」
…
…
…
一ミリも動きません。
そりゃそうだよね、わざわざ玄関の鍵開けて待ってるわけないか。
「どうすんのよ!」
かえってきたのはいたって冷静な答え。
「え?壊すに決まってるじゃん?なにいってんの、ユズキ。」
レノンは黒い笛を引っ張りだしてくわえた。なんの音もしないけど…この展開…
しばらくして羽ばたきが聞こえた。目に鮮やかなレインボーカラー。どうしようもないくらいに目立つ、帽子をちょこんと乗せたその鳥は風をまとって着地した。
よく帽子が落ちないわね。
「ジャック…ちょっとぶりね。」
私はジャックのくちばしを撫でた。レノンもふさふさの毛に指を通す。
「ありがとう、ジャック。遠出させてごめん。」
クロイスがようやく立ち上がった。映ったジャックの姿に瞳を輝かせる。
「ジャック!元気だったか?…じゃねぇ!ルシフェラが死にそうなんだよ!」
今の今まで確実に焦ってなかったでしょう…といいかけ、ジャックにつかみかかる必死な目を見て…やめた。
「わかってる。わかってるから手を離してよ!ジャックが死ぬ!」
レノンが無理矢理ジャックからクロイスを引き剥がす。
静かな声で命令がかかった。
「ジャック、この扉壊せる?いや、壊して。」
こくり。心なしかジャックがうなずいたように見える。
大きなくちばしが唸りをあげて扉にぶつかり、砕いた。
あっさり過ぎる…なんというくちばし力…
虹色の羽が誇らしげに煌めいた。
「ありがとう、ジャック。助かった。ゆっくり休んでおいで。」
レノンの言葉と共にバサッバサッ…ジャックは緩やかに飛び去っていった。
「ちょっと…展開急すぎるくない?」
砕け散った扉を前にたたずむ私はすぐに中から、音に気づいた人が出てくるんじゃないかと不安になりながら苦笑する。
「いいんだよ。そろそろ来るかなぁ。」
ぱちんっ。レノンは微笑を浮かべてクロイスを見た。
「戦闘になったら君に任すよ、クロイス。」
獣じみた笑みが彼の口元をかざる。背中に回された手は次に見えたとき、大型の拳銃を握っていた。
そんなものを背中に隠していたの…
そう言おうとした刹那
すさまじい怒声が聞こえてきた。
棒やら鉄パイプやらをもった強そうな男達が走ってくる。
全部で8人。
「よし、やるか。」
クロイスは私とレノンを扉の残った部分の後ろへ押しやり、トリガーに指をかけた。
一目惚れするわ。様になってる。
でも…
「え、ちょっと!殺すの?!」
クロイスはニヤリとした。
「まさか。」
狙いすました一撃が男の一人に突き刺さった。
赤い花が咲く。
足を撃たれた男は叫びをあげながら転がるように倒れこんだ。
「よし、一人目。どんどんいくぜ!」
クロイスの腕はたいしたものだった。正確に敵の足だけを撃ち抜いていく。
一体いつ練習するのかしら?
おかげで一人も扉まで到達することは叶わなかった。
八人目が倒れたところでクロイスは素早く拳銃をベルトにさしこむ。
右手がさっと動いた。
「よし、入るぜ。ぜってー助ける!」
燃え盛る信念を宿した瞳で先陣をきってなかに走り込む彼に続き、中に入る。
内部もなかなかのボロボロ具合だ。レノンの家の中はもっとひどいのかな?なんて。
まっすぐ続く悪趣味な赤に金の刺繍の入ったカーペットは私たちを扉に導く。
「ユズキ、君の役目はルシフェラさんを助けること。僕が君と行くから。」
唐突にレノンが腕時計をみつつ、口を開いた。
ちょっと待ってください。なんですって?
「わ、私が助けるの?」
クロイスが扉を押し開く。待ち構えていたのは十人弱の男達。
降り下ろされたバットが半身になったクロイスをかすった。
灰髪を揺らし飛び退く。
「うわっ…わりぃレノン。俺がここおさえるからルシフェラ、助けてきてくんねぇ?」
早口でまくしたてクロイスはまた背中に手を回した。
握られていたのはこぶりの自動小銃。
ただ発射口から出たのは銃弾ではなかったようだ。
細い針のようなものが放たれる。
「…なに、それ?」
レノンの答えを聞く前に質問してしまった。
「麻酔銃だ。即効性。だから早く助けてくれ。行け!」
悪いなと呟き、鮮やかなまでの連射。続けざまに敵が倒れ道ができあがった。赤い花の乱舞。
レノンが私の腕を引いて走り出す。追い縋ろうとした追手を麻酔銃が撃ち抜く。
「頼んだぞ、レノン、ユズキ。」
かすかにそんな声が聞こえた。
「ユズキ、片っ端から行くよ。僕も少しくらい戦えるから。行くよ。」
戦えるんだ!?もんのすごく意外だった。
「片っ端から?わかった!」
何せ広めの屋敷だ。私は脇にあった階段を上がって二階の扉を左から開いていく。
どこ…?
二階の扉をすべて開けて回ったがルシフェラの姿はない。
一階におりようと階段に足をかけた。
ぐいっ。
「ひゃあっ!」
目の前を通り、パイプが壁に突き刺さった。
レノンが腕を引いてくれなかったら…顔面崩壊ね。
「あ、ありがと、レノン。」
「別にいいけど…それより早くす…ユズキ!」
目を真ん丸にして叫ばれる。一体何かと、彼が見ている後ろを振り返る。
ぎらついた斧が鈍く光った。迫り来る刃先を見つめて私はぼんやり思った。
私、死ぬのね…。こんなことなら遺書でも書いておいたらよかった。両親より先に死ぬなんて…あ、でもあんな狭い鳥かごから出られるならいいかしら。
さよなら、レノン。さよなら、私。
ゆっくり目を閉じた。それなのに
腕をまた強く引かれて、よろめいた身体が抱き止められる。
パンっ!乾いた銃声が耳をうった。
視覚を頼れないため何がどうなっているのかわからず、私は目を開けた。
まず目に入ったのはタキシード。レノン独特の匂いが花をくすぐる。目をあげるといつかと同じアクアマリンの瞳が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫?」
「大丈夫よ、ありがと。」
いつまでも寄りかかりっぱなしもよくないな。私は自分の足だけでたった。あぁ…さっきはびっくりした…
私を驚かせた…というより殺そうとした男は斧を投げ出して倒れていた。
「レノンがやったの?」
気がついたら口にしていた言葉。
長いまつげが伏せられる。
くるん、と右手のアンティークなリボルバー拳銃が回された。
「あんまり好きじゃないんだけどね…この感覚…」
すぐに悲しげな顔は消し去られ、真剣な表情にとって変わる。
「さぁ、助けにいこう。【解決屋】なんだから。」
私達は階段をかけおりた。
「タキシードって動きにくくない?」
「もうなれたよ。」
下ではクロイスがまだ戦っていた。増援が来たようで、床には15以上の男が転がっていたが、動いている男も10人はいる。
「まだか?」
半ば叫ぶようにクロイスが声をあげた。
「まだよ!大丈夫?」
私が叫び返すと彼はトリガーを引いて、私に気づいた男達を撃った。不敵な笑み。
「余裕だ、だから早くしろ!」
私はレノンと共に一階の部屋を見て回ることにした。
「…ったく…」
クロイスは改めて敵をにらむ。いくら倒してもいっこうに減らないのは増援があるからか。
「どっからわいてくんだよ、てめーら。」
トリガーを引く彼には目立った外傷はないが、なるべく敵を殺さないようにしようとすると集中力を使う。
いっても屈強な男たちだ。四方八方から迫る武器をギリギリでかわすのも、あと何分持つかわからなかった。
ぶんっ、唸りをあげて降り下ろされたパイプを避けてトリガーを引く。あと10人弱。
疲れを見せ始めた顔でクロイスは笑った。
「ルシフェラが、助かりゃいい。」