ch.0―迷い混んだかごの鳥―
序幕です。駄文、お目汚し失礼します。
あぁ…風が心地いい。
今日、人生で初めて学校をサボってみた。行きたくないんだもの。ちょっとくらいいいよね?
家とは真逆、学校とも真逆。行ったこともない場所へとスカイブルーの自転車を走らせる。
ふりそそぐあたたかい陽光。やわらかな季節。桜の花びらが舞い踊る春。
高校一年生に上がった私は、たった一ヶ月で学校を抜け出した。セミロングの髪ときっちり結んだ青いリボンがなびく。
本当は、この世界から抜け出したかった。夜に一人で抜け出すように。私はずっと狭い世界が嫌でしょうがなかった。
誰かが手伝ってくれたらいいのに。でも無理だって頭のどこかでわかってた。だから、まずは学校から。些細な抵抗を始めてみた。
私が生まれたときにもらったのはこの体と、この命と、この声と、皇 柚希って名前と、もらわなければよかったもの――皇一族という抗えない絶対の鎖だった。
時がたつにつれてわかってきたのは、この皇の家が私を閉じ込める箱だってことと、きっと私は自由にはなれないだろうってこと。
だから私は、期待することも、夢見ることも、希望を持つことも、全部、やめた。
「あらぁ、すごいですねぇ!さすが皇さんのお子さんですわ!」
「本当に!三歳からこんなに品のある子なんて、見たことありませんわ!」周りからはいつもいつも称賛の言葉のシャワー。母以外に怒られたことなんて無かった。褒められたり、持ち上げられたりすることしかなかった。
私がちょっと怪我をしただけて謝ってくる校長先生。ちょっと喧嘩をしたら叩かれるのは相手の子だけ。使用人さんが私にぶつかってアザでもできたら即クビ。
ひどく歪んだ小さな世界。
幼い頃から英語、中国語を学んで、茶道に華道、それに加えてピアノ、習字…沢山の教育を受けていた私は毎日が空虚だった。
綴りを間違えたらご飯をぬかれる。ピアノのコンクールでミスしたらこっぴどく叱られる。母は厳しかった。
でも、平気になっていた。いつのまにか怒られることにも、叩かれることにも慣れてしまって、何も考えない人形じみたモノになっていた。
地獄は頭の中にある。嫌なら、痛いなら、怖いなら、目を背ければいい。考えなければいい。やめてしまえばいい。
そんなある日。誰かがいっているのを聞いた。
「皇さんって、なんだか生きてるのに死んでるんだよね。」
その子が誰だったかなんてわからないけれど、その台詞が私にとっての大きな変化につながったことに変わりはない。
少しだけ過去を思い返していた。意識を現在に戻し、私はふぅ…と小さくため息をつく。一定の速度で嫌な場所から離れていく。
さて抜け出したはいいけどこれからどうしようか?学校に行ってないということはすぐにばれてしまうだろうし、きっと追手もかかるはず。
だって仮にも皇一族のたった一人の娘。つまり後継ぎだもの。必死になって探すわね。
なるべく速く、遠く、離れないと。この先に何があるかなんて外に出たことのない私は知らないけれど。何とかしてみせる。
制服の懐に入れてある、金庫から引っ張り出してきた財布に軽く触れて、自転車をこぐ足を止めた。
春の空気をうけ、今までこいできた勢いだけでシャーッと自転車を走らせて辺りを見回してみる。
まっすぐに川沿いにのびる一本道。右側が川で、反対側には街が続いていた。
「あ、あった!」
立ち並ぶ店の中にコンビニを見つけて自転車のハンドルを向けた。
朝からゆっくりではあったけど、休みなくこぎ続けてきたんだから。さすがに休憩がほしい。
コンビニの前で自転車を止めて、降りる。思いっきりのびをして空を見上げた。抜けるような青空だ。
「自由…私、今、自由なのね…!」
どこかの解放された囚人がいってそうな言葉にクスクス一人で笑った。深呼吸をして、自由をめいいっぱいに感じる。
「…ずっとこうしてたいけど、時間はあまりないもの…急がなくちゃ…」
どうせ捕まるとわかっていても、諦めたりはしない。行けるとこまでいってみるつもり。
それにしても、自分で買い物に来るなんて初めてのことだ。外よりも涼しい空間。いらっしゃいませー、と声がかかる。
「コンビニってこんな感じなのね…うわっ安っ…」
店内を物珍しげに眺めながら適当に調理パン2個とジュース2本、お菓子類を持ってレジへ。
支払いの仕方は前の人のを見て何となくわかった。しかし財布には小銭なんて入っておらず、1万円で買い物をすませる。
いちいち確認してお釣りを渡してくれる店員さん。1万円を出したことをなんだか申し訳なく思った。
ありがとうございましたー。背中に言われなれない声をききながら外に出る。
ちらりと腕にはめた時計を見れば時刻は10時少し前。
オレンジジュースのペットボトルのふたを開けて、5分の1ほど喉を通した後、自転車のかごにビニール袋を入れて、サドルにまたがりなおす。
「よし、いこっか!」
気合いを入れ直す風にそう呟いてペダルにかけた足に力を入れた。
川に太陽が反射する。一羽の大きな鳥がその上を飛んでいった。図鑑で見たはずなのに名前が思い出せなかった。
そんなことより…標識もなにもないからいったいどこを走っているのかさっぱりわからない。
さっきのコンビニで聞いておけばよかったと後悔してももう遅い。
まぁ、いいか。そよ風にのって薫る花の匂いに頬が緩んだ。
小一時間走ったとき、ふと、耳にうるさい重低音が飛び込んできた。楽しいサイクリングが台無しだ。
私は音の出所である後方の空を恨めしげにみやる。
「…!」
目に入ったのは皇グループ企業のヘリコプターだった。
咄嗟に頭をフル回転させて左に曲がる。空からの捜索は予想していたが、早いな。お父さんは忙しいだろうに…。
とにかく、いりくんだ場所にいかないと。まだヘリコプターは遠いから気づかれない…ことを祈る。
立ちこぎで街に逃げる。コンビニがあった街よりも少し寂れた感じがした。まだ11時30分を過ぎた頃なのに何となく暗いからか。
できるだけ細い道を選んで奥へ、奥へと進むうちに、変に開けた広場のようなところにでた。
中央には人魚の彫像つきの噴水が水をたたえていた。
振り返って空を見上げてもヘリコプターの影はない。とりあえず胸を撫で下ろして私は広場を見渡した。
一体どこなんだろう?がむしゃらに走りすぎて道も覚えていない。それに…奇妙なぐらい静まり返っていて人気もない。まるで他には誰もいないみたい。
広場には靴屋や洋服屋などいくつかの店が並んでいたが、なかでも目立ったのが真っ白な建物。
壁から看板まで全部真っ白で窓はない。白い木で作った家みたいだ。
どうしても気になった私は自転車を建物の前にとめて、唯一の出入り口らしきドアに手を伸ばした。白いドアノブを回してみる。
きいぃぃ…錆びた音をたてて開いたドア。のぞきこんだ室内は真っ暗でなにも見えない。
ためらいは、恐怖はあった。それでも好奇心が勝って自転車の鍵とビニール袋を持ち、私は室内に足を踏み入れた。
「お邪魔しまぁす…」
外からの光でたまたま照らされたスイッチを押すと電気がついた。人工の光に目を一瞬細める。
「うわ、なかまで真っ白なのね…」
病的な白に塗りつぶされた空間。どうやらこの建物の部屋はこの一室だけのようで扉は見当たらない。
だいぶ疲れていた私はソファーに座らせてもらうことにした。ビニール袋を机において、中から取り出した調理パンにかじりつく。
…今ここを出れば見つかる可能性があるし…。迂闊には動けないわね。
天井を見上げてぼんやりそんなことを考えていると、ちりん…と小さな鈴の音がした。
ごくっ。パンを飲み込み、立ち上がって耳をすませる。
ちりん…
気のせいじゃ、ないみたい。
「…音がするのは…このした?」
床にまずは手をつき、それから耳をつけてみる。誰もいないとわかっていても、下着が見えそうで紺のスカートをつい引っ張ってしまう。
ちりん…
やっぱり。音は床下――地下からだった。
「地下に、誰かいるのかしら?」
いるならここがどこか聞けるかも。よつんばいになって床に何かヒントがないか探してみる。
「?」
目のはしになにかが映った。近づいて目を凝らすとそこには微かだが、四角く切り取られた跡があった。
「見つけた!」
付属していた丁寧な彫りの施された小さな取っ手を引っ張ると、床が四角く切り取られた。地下も白ぬりのようで、地下へ続いていると思われる螺旋階段も真っ白だった。
螺旋階段の終わりは視認できるくらいの短さ。ランタンが階段を柔らかく照らしていた。
恐る恐る足をかけてゆっくりと地下に降りていく。
これって不法侵入かしら?困ったわね。
なんて頭で考えて笑みをこぼす。ばれたら母に爪の一枚はがされそうだ。
ちりん…
またあの鈴の音がした。とんとんと慎重かつ早急に螺旋階段を降りきり、下がりかけていたニーソックスを引っ張りあげる。
顔をあげた先にあったのは白ではなかった。
「なに…扉…?」
いや、正確には白だけではなかった、というべきか。
二枚の扉が地下の部屋にはあった。
片方は真っ黒。純白に対する漆黒。もう片方は磨りガラス。隣の漆黒の扉の黒と部屋の白が映りこんでなんとも言えない色になっている。
なにかに魅せられたように足が動いた。私の手は黒い扉のノブを回す。がチャリ。
「あれ…あかない…」
ノブは拒絶するように回ろうとはしなかった。ただそこにあるだけだ。
2、3試したけれど開かないので、私は諦めて摩りガラスの方のノブを回した。冷たいノブに手が冷える。
ガチャ…
驚くほどすんなりと開いた扉。先には真っ白な廊下が続いていた。
「この家をたてた人、白色大好き症候群だったのかな…?」
あまりに白ばかりなのでうんざりしてしまう。白い廊下を見据え、迷いなく私は扉をくぐった。
廊下は幸いにも一本道。まっすぐにひたすら歩けばいい。
歩き出して5分くらいたつと、廊下の壁に変化がみえだした。今まで真っ白立った壁に淡い桃色の花。
「きれいな花…たしかこれは…薔薇…だったかしら?」
思い出した名前。進むほどに薔薇の量は増していき、色も濃くなっていく。
花の海に溺れていくような不思議な感覚にとらわれる。
進んでいって見つけた廊下の終わりには薔薇と同じ、真紅の扉があった。
「血みたいね…」
体内を流れる赤い液体を連想させる色に眉をゆがませる。
そんな扉を開けようとしている自分が若干怖かったりする…
先を見たいんだからいいじゃない…!
私は扉を押し開けた。
「ひゃっ…」
なにかにつまずいたようでそのまま前に倒れこむ。匂ったことのない香りが鼻をくすぐった。
「なんの匂い…?怪我はないみたいだけど…」
起き上がって制服を整える。今私がいるのは野原だった。青色の花が咲き乱れている。匂いはその花からみたい。
「にしても変なと……え?」
振り向いたところに、扉はなかった。赤い扉も薔薇も、白い廊下さえない。あるのは野原だけだ。
「なんで?!私、このわけのわからないとこに閉じ込められちゃったってこと!?」
頭はパニック状態に陥る。だけどパニックになっていても仕方がないわね…。私は出口を探すことにした。
「すぐ見つかるわよ!大丈夫、大丈夫!」
とはいったものの。広がるのは野原。それ以外はなにもない。
「あぁ…どうしたらいいかなぁ…」
「あのさ、お嬢さん。どうしてそんなところにいんの?」
ごめん、さっきの訂正。見つけられなかっただけみたい。
声のした方を見ると、野原にあぐらをかく青年と目があった。
綺麗なアクアマリン色の瞳と少し長めの黒髪にタキシード。18、19歳かな…、なんて憶測してみる。
「ねぇ、お嬢さん。どうして黙ってんの?」
軽く不満顔になった青年に慌てて返す。
「あ、ごめんなさい…えっと…真っ白い廊下と赤い扉を抜けてきたの…。」
「は?」
ってなりますよねぇ…わかります。予想されたリアクションに内心で頷く。
「なにいってんの、お嬢さん?」
パンパンとタキシードについた土を払い、立ち上がった彼は大股で近づいてきた。
五歩ほど間を開けて立ち止まった青年に私は1つの仮説を披露する。
「たぶん、私はこことは違う世界から来たんじゃないかな?」
青年の澄んだアクアマリンの目がほそまった。
「なにそれ?お嬢さん、違うとこから来たの?」
「うん!」
ついに話が通じた。これだけでこんなに嬉しいものなのか。
青年は考えるように顎にてを当てた。
「…へぇ…じゃ、まず第一にすべきは街におりることだね。」
街…?今、彼は町といったか。私の頭に素朴な疑問が浮かぶ。
「ねぇ、街があるの?」
すっとんきょうな質問だったようで青年はきょとんとしていた。
「え?そりゃ、もちろんあるよ?」
当然だとでも言いたげな彼。に対して私は両手を大きく広げて見せる。
「だけど、一面の野原じゃない!」
風が吹いた。青年の頭のネジは数本外れてしまっているらしい。先行きが不安だ。彼はしばらく黙っていたがやがて美しい微笑を浮かべる。
「お嬢さん、見てるものだけが全てとは限らないんだよ?」
いきなり青年が足をふりおろす。がんっ!マンホールがずれるように野原の一部がずれた。地下に続く石段が見える。
「…地底都市なの?」
「ちてーとし?なんだか知らないけど、これが僕らの街への入り口だよ。」
今日は地下に潜ってばかりの気がする。すたすた階段を下っていく彼に続いて私もあとから階段を下りていく。
結構な音をたてて野原の蓋がしまった。階段を照らす灯りはない。なのに全てがはっきり見えるのだ。階段を形作る石自体が発光しているようにも見えた。
変な世界だなぁ。不思議の国のアリスになった気分で青年の後ろを歩いていると、急に彼が立ち止まった。
何があったのかと背中をつつこうとしたら、振り向かれた。
「そうそう、お嬢さん。僕の名前は…なんだったかな?えっと…ちょっと待ってね?」
なんなんだ、この人。自分の名前くらいわかっておいてほしい。
名前を思い出そうと頑張っている彼を少しだけ変な目で見てしまった。
そもそも野原にタキシードの時点で相当変だったけど。
「あぁ!そうだ!僕の名前はレノンだよ。ここであったのも何かの縁だし…よろしく☆」
レノン…なんだろう、外国の人なのかな?いや、世界が違うから外国も何もないのかしら?
差し出されたレノンの右手に手を重ねる。
「わかった、レノンね?私は皇 柚希っていうの。よろしくね、レノン。」
握手をして手を離したレノンの顔は怪訝そうだった。なにか、変なことをいったかな?
「スメラユズキ?変わった名前なんだね、お嬢さん。」
完璧に一語で考えてる!
「違うって!柚希が名前!皇は名字!」
レノンはさらに難しそうな顔をした。はてなマークが浮かぶのが見える。
「みょーじってなに?」
名字は名字です。説明するのが面倒くさい以前にどう説明したらいいのかわからない。
「んん…そうね。私の名前は柚希。それでいいわ」
「ユズキね。了解したよ、お嬢さん。」
くるりときびすを返して、また階段をおりだすレノンは説明をし始めた。
手を壁の上にすべらせる。
「この先は、アプランドっていう街でね…ユズキの世界だったらトシっていうらしいけど…まぁ、いいところだよ。」
前をいくレノンは嬉しそうに語る。なんだかちょっとだけ眩しいな。
「アプランドにはいろんな人がいてね、僕は丘の上に住んでるんだけど、とっても眺めがいいんだよ?」
何で人の話から眺望の話に変わるのよ、って突っ込みたかったけれどあまりに楽しそうでなにも言えなかった。
そうしている間にも階段の終わりは近づいてくる。
「あ、そうだ!僕、約束があったんだった。」
ぱちんっ、指をならしてレノンは私を振り返った。
「ユズキも手伝ってくれない?」
無茶ぶりにもほどがあろうに…というか約束したのはレノンでしょ?
「別に構わないんだけど…約束したのはあなたでしょう?私が参加しちゃっていいの?」
彼はトンと階段の最後の段に片足をつけた。
「いいでしょ?ユズキはアルバイトってことで。」
「アルバイト…?」
聞いたことはある。お金を稼ぐために人が見習い働きするとかいう、私には一生関係ないと思っていた言葉。仕事。
この男は笑顔で…
「どう?ユズキ。一緒に【解決屋】してみない?」
こんなに奇妙なことを言う。
解決屋ってなに?仕事?レノンの職業?
「ねぇ、レノン。それって約束というより仕事の依頼なんじゃない?」
彼は階段を下り終えて私に手を差し出す。
「そうだね。で、ユズキ。君の返事は?イエス?ノー?」
私はその手を取って階段から足をはなした。タイル張りの地面を踏みしめ、街をみる。
メルヘンチックな色彩で彩られたへんてこな街。おとぎ話に出てきそうな街。
どうせ帰る方法も知らない。帰りたくもない。なら、少しくらい手伝ってあげようか。
答えを待つレノンにわらいかけた。
「イエスよ。」
アプランドとかいう変な街で解決屋とかいう変な仕事のアルバイトとかいう変な手伝いを私はかってでた。
レノンはタキシードの襟をただして一筋の道を示す。
「じゃあ、行こうか。ユズキ。時間がないみたいだから急がなくちゃね。」
歩き出す彼にならんでアプランドを歩く私は現実離れしたこの世界を割りとすんなり受け入れていた。
あさかです。
どなたか文才をわけてください。
これからも続く奇妙な物語。
お付き合いいただけると光栄です。
それでは、またいつかお会いできますように