一話 旅立ってはみたけれど
冥巒黎夜
これが俺の名前らしい。金塊だけかと思ったが、トランクの内ポケットを探った所出てきた自動大型二輪の免許証。それによると俺は冥巒黎夜という名前なそうな。
うん、限りなく偽名臭い。
なんというか自分の名前と認めるのには気恥ずかしさが漂う。字面がイタイ。かといって名前が無いのも不便なので名乗る機会があればこう名乗ることにする。要は個人の識別が出来れば良い。
さて、目覚めてから一週間が過ぎた。
トランクの中身に暫し煩悶としたものの自分から動かない事には話が進まないのが世の常。銃刀法とどう考えてもキナ臭いトランクに怯えながらも刀を手に旅立った。
結果から言おう。異世界だろ此処。
少なくとも俺の知識にある世界にはこんな生物いなかった筈だ。
金属が軋むような声を上げながら此方を威嚇してくる生物を見ながら何度目になるか数えるのも馬鹿らしくなった溜息をつく。
トカゲ、十中八九トカゲだろう。が、先ずサイズがおかしい。記憶によるとコモドドラゴンという体長約2mのトカゲがいるそうだが、目の前のコレはどう見たってそれを大幅に超えている。今まで遭った中でも一際デカイ。目測で4m前後はあるんじゃ無いだろうか?
更に言えば色もおかしい。全身が鮮紅色と何ともビビットだ。保護色とか擬態とかに喧嘩売っているとしか思えない。
更に更に言えば、トカゲは、と言うか生物は生きながら燃えていたりしない。
そう、何処でどう進化をトチ狂ったのか、このトカゲ燃えている。全身を覆う鱗の隙間を染み出るように炎が吹き上がっている。鼻息には火の粉が混じり、時折開く口からは舌と一緒に炎が漏れ出る。
只、幸いな事はこのトカゲ、見掛けだけは高レベルな感じだが、実際に戦って見れば見掛け倒しもいいところ、残念なトカゲなのだ。
確かにサイズはデカイがそのサイズに相まってか動きは鈍い。力は強いようだが、当たるのが難しいような速度。
口から火球や炎を吐き出してくるが、火球の動きは直線的である程度の広さがあれば辺りに燃え広がる事にさえ注意すれば脅威にもならない。炎を吐く時も直前に一定の動きを見せるので、今から炎を吐きますよと教えてくれているようなもの。もうどうしようもない。
何よりもこのトカゲ、熱くない。
燃えているのに熱くないってコレ如何に?
ひょっとしたら体表や呼吸器から漏れ出しているのは炎ではなくもっとファンタジーなモノかもしれない。
………魔力とかオーラとか。
此方がそんな事をつらつら考えていると蜥蜴が此方に向けて口を開く。咽の奥がせりあがり1m程の火球が吐き出される。
放物線を描き直線的な軌道で向かってくる火球を前進しながら身体を捻って交わす。着弾地点で四散するが、その時にはそんな所にもういない。
身体の勢いを殺さず、トカゲに向かい、刀を鞘に納めたまま振り上げ、一撃。トカゲの前足が拉げる。余り気持ちの良い感触じゃない。間を置かず頭に向かい横殴りに一撃。同じように頭が陥没するが、まだ生きている。進化に間違ったシロモノでも痛覚はあるらしく我武者羅に暴れるが、何しろ余りにも遅い。余裕を持ってかわし、胴を思い切り付く。肉が潰され、骨が砕ける感触が伝わってくる。こんなのが気持ち良いとか思うようになったら人間失格だなとか思いながら、動きの鈍くなったトカゲの頭蓋目掛け止めの一撃。粉砕された頭から眼球がはみ出し、折れた牙が飛ぶ。自分でやっといて何だが凄惨といえば凄惨だ。
因みに何故斬らなかったのかと言えば、この常識外な生物、血の代わりに身体を炎が流れているらしく所見の際切倒して見たら傷口から炎が迸り危うく火傷をする所だった。それからはこうして殴り倒す事にしている。
頭を潰されたトカゲは炎を燻らせながら暫くびくびくと痙攣していたがやがてそれも収まると淡い燐光を発しながら屍骸が消えていく。後に残ったのは赤く透き通った色をした拳大の石。色味からするとガーネットのようにも見えるが、拾い上げてよく見てみれば石の中で炎が揺らめいている。
何度かこういった怪物とでも呼称すべきのと戦ってきた所、どうも大別して二種類の怪物がいるようだ。
一つはちゃんと屍骸や切り落とした部分が痕跡として残るもの。
そしてもう一つが屍骸が残らず宝石のような石を残して消えてしまうもの。
因みに前者には生物として考えて有り得そうなのが。後者には生物として有り得なさそうなのが、正しい意味で怪物と呼ぶべきなのに多かった。
とりあえず石は拾っておく。大抵こういう物は売れたりする。もっともモノの売買が出来る所が見つかればだが。
歩き出し荒野を彷徨い一週間。未だ人の姿は見かけない。
因みに荒野というとウエスタンな風景を思い浮かべるが、実際は農地に出来ない森ではない土地が荒野の定義らしい。
此処でちょっと今までの事を振り返ってみよう。
一日目 部屋から出てみると予想通りというか何と言うか、やはり病院のようだった。正確には医者か個人病院か、建屋は二階しかなく、病室もわずか四部屋。但し人気は一切無く病室は何処を覗いても空っぽ。診察室や待合室、そのた諸々の部屋も全て空っぽ。荷物も何も無く埃が積もっていた。廊下も同様な有様。嫌な予感が許容量一杯にまで貯まる中、取りあえず病院から脱出。
二日目 暫く病院付近を調べてみたが、見覚えは無く何も進展がなさそうだったので旅立つ事に。当ても無く歩いているとトカゲに襲われた。
三日目 時折襲ってくるトカゲやその他動物?を倒したり逃げたりしながら、自分の身体のスペックの高さに驚く。記憶を無くす前自分が何をやっていたのか少し気になる。取りあえず戦うための技術やサバイバルの知識があるのは有難い。
四日目 降雨の為一日休憩。雨で身体を洗いながら怪物がいるのだからひょっとしてファンタジーの王道、魔法が使えるのではないかとトチ狂い試してみる。
使えた。
五日目 魔法を使えた事に調子に乗り色々試した結果、非常に扱いづらい事が判明。例えば「炎よ」と唱えれば目の前に一瞬炎が浮かぶ。が、それだけ。持続性が無いのだ。「水よ」と唱えれば目の前に洗面器一杯分程の水がぶちまけられる。
何にせよ要研究の必要性があるが、取りあえず火種と飲み水の問題が解決されたのは有難い。やはりあの日本という国の記憶がある身としては生肉を齧ったり血を啜るのは抵抗が強い。衛生的な面でも不安があるし。
六日目 食糧事情が一変する。火って大事だ。今まではあのトカゲを倒した時運よく火種が手に入るかどうかだったのに、今はもう自由に手に入る。生肉をそこらに生息している毒か薬かも分からない葉っぱとか得体の知れない草の実や木の実で生臭さを誤魔化しながら食べないですむ。加熱って本当に大事。
大幅にテンションが上がる。
七日目 相変わらず荒野だが、人工物の立ち並ぶ区画に入る。道と言える程のモノでもないが、何度も歩かれた跡があり、周囲を等間隔にオベリスク形の石碑が建っている。近寄ってみれば何やら細かく文字らしきものが掘り込んであるが、判読不能。もし人と会えたとしても言葉が通じない事を覚悟しておかなければいけないかもしれない。そのまま道を進むこと暫し、明らかに人の手に因る物だと解る場所に出る。誰がどんな目的で作ったのかは知らないが、オベリスク形の石碑に丸く囲まれた空間。地面は石版で敷き詰められ此方にも文字だか文様だかが刻まれている。
何となく不穏な空気を感じながら一歩踏み出し、石版に乗った途端、石版に彫られた文様から周囲のオベリスクまでもが怪しく輝き、中央にその輝きが収束していく。
そして、大トカゲ降誕。
思い返せば中々に濃い一週間だ。
トランクを開けて赤い石をしまう。
───所で、さっきまでトカゲがいた所に地下へ続くような入り口が現れた上に、頭の中に「来よ………来よ………」とか聞こえるのはどうしたモノだろう?
久しぶりに聞く人の声なのに何だろう、全然嬉しくないんだが………




