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ガイチュウ駆除

作者:林檎 蜜柑
 縦文字の方が読みやすいかも。


 カップラーメンの容器、空き缶、ビニール袋、使用済みティッシュ、アダルト雑誌、漫画、小説といった書物、そういったものが大量にばら撒かれた汚い畳四畳分の広さしかない部屋の中心で天井を見上げながら、俺の一日は終わっていく。無意味で無駄で、馬鹿馬鹿しい日常が終焉を迎え、明日という新たな時間がやってくるのだが実際は今日と同じ、何も変化も変貌も変質もしないまったく平凡で単調な一日が始まるだけで、実質今日と同等の日だ。ただ淡々と一時間、十分、一分、一秒と時が流れていく。数字で考えると淡白に思えるが、一時間も十分も一分も一秒も等しく俺自身が持つ寿命のはずだ。本来であれば時計を見るたびに「あ、一時間分の寿命を消費したなぁー」と感慨深く感じるべきなのかもしれないが、今の人々はただ時間に追われる生活を強いられているわけで、そんなわけの分からない面倒で意味のないことに心をすり減らすことはない。こうやって目覚まし時計の秒針を見ながら「もうだめだ」などと呟いているのは俺ぐらいなものだろう。
 時刻は七時三十分になろうとしていた。朝ではない。夜だ。計算してみると俺が死ぬまであと百六十八時間ほど、一週間程度だった。もしかしたら死ぬことはないかもしれないが、たぶんそれと同じ状況に陥らされることは間違いないことだろう。
 俺は今、闇金融から五十万円ほどの借金をしていた。生活苦からくる突発的な衝動で借金をしてしまったのだ。両親から資金援助を減らされ、生活ができなくなった状況を打破するために俺は大量生産された安っぽい歌い文句が羅列されたチラシを手がかりに駅周辺に向かい、そこで連帯保証人の代わりに運転免許証を担保に五十万円を借りたのだ。世間から見れば返せない金額ではないかもしれないが、大学二年生で親の仕送りだけで生活をしていた俺には到底返せるわけのない金額だ。生まれてから今日まで、二十年ほど生きていたがアルバイトなんてものはやったこともやろうとしたこともない。そんなことをうだうだと考えていないで今すぐ日給で働ける仕事をして少しでも返済が出来るように努力をしなければならないのだろうが、残念なことに俺は努力をするのが大嫌いな人間だ。大学だって二年になってからろくにいかず、引きこもり生活を始めてから四ヶ月以上が経過する。誰がどう見たってダメ人間であり、その本人が言っているのだがら救いようのない。武士であれば無念と顔の全筋肉を引き締めて腹を包丁とかで十文字に切り裂き、自害すべきだろう。しかし、働くことが怖い俺にとって死とは越えることのできない最大の壁だった。無念である。
 こんな時普通の大学生ならば両親にすがって代わりに五十万円を返済してもらうのだろうが、残念なことに俺の両親にその資金能力はない。ゼロではないだろうが、限りなく低い数値しかないはずだ。子どもの俺に送る仕送りでさえ半額以下、今住んでいるオンボロアパートの家賃しか払えない金額しか送れないのだから電話しても無駄だろう。電話は止められているためすることはできないのだけれども。
しまった。すでに俺は救いようのない状況に陥ってしまっているらしい。戦争ならば全滅必然、支援攻撃が期待できない旧日本軍の最前線の一等兵のような気分で俺は天井を見上げる。
「死ぬしかないのか」
 呟きは狭い四畳程度の部屋に漂う空気に紛れ消えてしまった。風呂もなく、トイレは和室といった骨董品に近いアパートを燃やして、一緒に炭化して別の世界に逃げるのも一つの手かもしれないと考え出したとき、丁度俺の胃袋が「おいおいそんなことを考えてどうする」などと抗議するかのようにグギャグルルルと猛獣の唸り如き音を出した。途端、俺は猛烈な空腹感を思い出す。朝は水、昼も水だったのでさすがに腹が減った。健康的な成人男性一人が営む生活ではない。このままでは空腹で死ぬ。残金は残り二百六十円ほどあり、近所のコンビニで百六十円ぐらいのカップラーメンが買うことができる。それ以前にあった四十九万九千七百四十円は現代の錬金術と呼称される競馬、競輪、競艇、パチンコといったものにつぎ込み、二度と返ってくることはなかった。増やせる目論見があったのかと誰かに問われれば否と答えるだろう。ならばなぜつぎ込んだのかと聞かれれば「増やせるような気がした」と答えるしかない。今思えば馬鹿なことをしたものだと思うのだが、なぜやる前にこういった気分にはならず、大丈夫増やせる増やせるという気持ちになってしまうのだろうか。不思議だ。
 不思議だと思いつつ、俺は立ち上がる。足の踏み場もないほど放置された汚染物を跨ぎ、安物のビニール製なのかそれともプラスチック製なのかよく分からない、古い民宿の便所で使われてそうな茶色いサンダルを履いて、俺は部屋を出た。外は十一月下旬相応の寒さだった。
 コンビニまでの距離は歩いて五分程度で、交差点にある信号を渡ればすぐだ。寝巻きのまま寒さを堪え、両手を脇の下で締め、手がかじかむのを防ぐ。手袋と厚手の上着が欲しいなどといった贅沢な欲求を抑え、俺は何とかしてコンビニエンスストアに辿り着くことができた。茶髪でちゃらちゃらした若い、俺よりも一つ二つ下の若造がやる気のない声で「しゃっませー」と言う。いらっと来た俺は、「なんだっ! そのやる気のない声は。もっとやる気が出る声を出せ、声を張れっ!」と怒鳴る、という自分を妄想して満足し、俺はカップラーメンコーナーへと向かう。その間、店員の不審そうな視線が身にしみて痛い。この店舗には客の俺と店員の二人しかおらず、もしかしたら俺のことを万引き常習犯か、もしくは万引きをしそうな不審人物だと思って警戒し、あわよくば万引き現場を目撃し、俺を現行犯逮捕して今日の女をナンパするときの材料にするつもりなのかもしれない。しかし、残念なことにその要望に応える度胸が俺にはなく、なけなしの金銭を消費してでも俺は俺の安全を買うつもりだった。カップラーメンは百四十円ほどの味噌ラーメンを片手に取り、レジへと向かう。
 ふと視線を変えると、壁の片隅に陳列された無料配布の雑誌が目に入った。じっと俺の瞳はある一つの雑誌に引かれていた。何のことのないどこにでもある求人雑誌だ。「誰にでもできる」「やれば簡単」「高給」といった言葉が羅列され色彩溢れる表紙に惹かれるが如く、俺はふらふらと近づき、気がつけば雑誌を一部手に取っていた。その場で見るなどといった愚かなことはせず、今日の晩御飯であるラーメンを片手におかずのようにその求人雑誌を見ることにした俺はそそくさとレジへと向かい会計を急ぐことにした。
 やる気のない店員はカップラーメンのバーコードをレジの備え付けられた読み取り機で読み込み、「百三十九円」と素っ気無く言い、ねっとりとした視線で俺の顔を見る。俺は寝巻きのズボンから二枚の硬貨、すなわち百円玉と五十円玉を取り出し、カウンターに置いた。店員は無言で受け取り、つり銭を数えることもなく、失礼しますといった言葉もないまま礼儀などの品性の欠片もない動作で俺につり銭を渡した。苛立ちはあったものの人を怒鳴るほどの気力がない俺はレジの横にあるポット付近でカップラーメンの封を開け、粉末やらかやくなどをカップ容器に入れ、ポットを使いお湯を注ぎ込む。そして、店員を視線から逃れ、敗残者の如く俺は店をあとにし、駆け足でアパートへ向かう。制限時間は三分、いや二分弱であり、交差点の信号で止まりさえしなければ達成できる程度の難易度だったが、世の中の敗北者たる俺の運では信号は青になっておらず、三分ほど待たされる結果になり、家に着いたときには湯を注いでから五分ほど経過してしまっていた。
 とりあえず安サンダルを脱ぎ、汚物たちを跨ぎ、片足でゴミを散らかし、坐る場所を確保してから腰を下ろす。いざラーメンを食そうとしたところで俺は店員から割り箸を貰っていないことに気がついたがすでにあとの祭りである。仕方なく床に落ちていたいつ使用したのか不明な割り箸を広い、使ったであろう先端とは逆の太い方を使って食べることにした。
 若干麺は延びていたがあまり気にせずに俺は「あふっあふっ」と熱さに悶えながら「んぐっんぐっ、ずっずずずずず」という調子で麺とスープを啜っていく。身に沁みる温かさに俺はほろりと泣きそうになることもなく、単調な味を堪能することもなく、黙々と麺を片付け、残ったスープをゆっくりと飲みながら、先ほど入手した求人雑誌を見ることにした。腹の減っていた俺にとってカップ容器に納められた麺など前菜程度の役割しかなく、ものの数十秒で食べ終えてしまった。スープはまだ半分ほど残っており、「さて」と雑誌を開く。様々な職種が載っており、また地域別に整理され、無料でありながら雑誌は読みやすいように構成されていた。適当にページを捲り、久々の活字に俺の目は疲れ、また接客業やら肉体労働やらといった面倒な仕事が多くあり、正直俺のような甲斐性なしの人間には到底勤まる仕事はありそうもなかったので読むのをやめ、雑誌を放り投げ捨てる。もはや読みやすく考慮され、丹念丁寧に構成された雑誌は俺の部屋に散らばる汚物同等の価値になり、あとは捨てられる運命となった。俺もまた同じような運命になるのだろうと考え、心が張り裂けそうに痛くなる。無理やり臓器を売られるのか、それともマグロ漁船にでも乗船させられるのか、それともヤクザやらが殺した死体を隠す仕事に回されるのか。その三つの中の一つであろうと、それ以外のことであろうときっと闇金融、黒服の奴らがやることなのだから、俺の人生絶望という色に染まることは間違いなく、借金を返済し終わる頃には俺は廃人になっているだろう。終わった。全てが終わった。
 もはや、俺に残された道はただ一つ、自殺しかないわけだが、それも無理だし、どうしたものか。
いくら考えても良き案は出そうになく、脳みそに糖分がまわっていないのが原因だろうと思った俺はアパートのすぐそばにある百円自動販売機で缶コーヒーを購入することにした。立ち上がり先ほどとまったく同じ動作でサンダルを履き、そそくさと部屋を出て、鍵を閉めず、とてててといった感じで自動販売機に向かう。
 ふと、ちかちかと光る自動販売機の側にある電柱に目がいった。何かが張ってある。安井っぽい黄色い紙で印刷された求人広告だった。内容は、「キミも今日からハンターっ! ガイチュウ駆除、一匹駆除するたびに五万円」と書かれていた。
「ガイチュウ駆除?」
 ゴキブリやらネズミやら、そういうのを駆除する仕事だろうか。人付き合いも肉体労働も苦手の俺には唯一得意なことがり、それはゴキブリを潰すことである。今まで自宅に出たゴキブリの数は約三十匹ほどであり、それら全てを新聞紙一部で討伐してきたのだ。これなら俺にでもできる。しかも一匹につき五万円。なんと破格な報酬だろうか。証明写真は前に使ったものが残っている。足りないのは履歴書のみ。「わはははははっ!」笑いが止まらない。これはやるしかない。
 やる気に満ち溢れた俺は缶コーヒーなどというふざけた飲み物のを買うのをやめ、ここから三十分ほど歩いたところにある百円ショップで履歴書を買うことにした。



上谷雄治かみやゆうじ、キミの名前平凡だねぇー。ふーん、大学二年生ねぇー。へぇーへぇー。そう、ふむふむ。あら、キミぃー、結構いい高校卒業しているじゃない。キミ、頭いいの? んー、でも大学は平凡ねぇー。どうしてぇー? ねぇー、どうしてぇー?」
「ええ、まぁー、その、何といいますか……」
 電柱のチラシに書かれていた住所を覚え、履歴書を購入し必要事項に記入し、やる気のない俺の顔が写された証明写真を貼り付け、住所の通りに向かい、雑居ビルの六階にたどり着いたのは翌日のお昼過ぎのことだった。俺は今、質素な作りの事務所の片隅にある高級なソファーに腰を下ろし、応接用のテーブルを挟んだ先に坐る巨乳美人お姉さんの面接を受けていた。
 どうやら彼女が広告を出した張本人で、この事務所の所長であるらしい。名前は朱鷺琶美和子ときわみわこさんという名前だそうだ。渡された名刺に書かれている情報がそれだけで、バストがいくつあるのか皆目検討もつかない。顔立ちもキレイで、胸も大きいなんていうのは虚構の世界、つまりはアニメやらテレビやら漫画やら小説やら、あとは加工に加工を重ねられたアダルトDVDの表紙に写る女優さんぐらいなものだと思っていたのだが、しかし現実にもこういった方がいるとは知りもしなかった。本当に胸がボインボインしている。話すたび二つの欲望を助長させる禁断の果実が揺れて、男性本能を揺さぶってくるのだ。九十どころか百あるんじゃないだろうかと俺は考えてしまう。女性免疫が不足している俺の心臓は身勝手に興奮し、心拍数を急上昇させてくる。息が自然と荒くなっていく。
「キミぃー? あたしのお話ちゃんと聞いているのぉー?」
 話し方はおっとりとしていて傍目から見れば知恵遅れの馬鹿のように見えるが、逆にこれが好い。胸と顔と声、全てにギャップがあり、なぜか俺はたまらず「萌えぇぇぇぇぇーっ!」と叫びたくなった。しかし、叫ばない。叫んだらそこで試合終了だ。何もかも全て終わってしまう。
「ええ、ちゃんと聞いています」
「本当にィー?」
 上目遣いに俺のことを見る、美和子さんの巨胸がゆさゆさと揺れた。
「じゃあ、あたしの名前を言ってみて」
「えっ?」
「いいから早くぅー」
「み、みみみみみみ美和子さん」
「さん付けじゃなくて、ちゃん付けして頂戴。いいー?」
「は、はい」
「返事だけじゃだーめ。今呼んでみてぇー」
「えっ?」
「いいから早くぅー」
「み、美和子ちゃん……」
「うん、よろしい」
 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。このままこんなことをしていたら間違いなく俺の心臓は六十年分以上の鼓動を消費して心臓麻痺で死んでしまう。もしくは血圧上昇によって脳内のか弱い血管が破裂して脳内溢血で死んでしまう。ダメだ、俺はこの女性に殺されてしまう。
「そ、それでっ」
 言葉が上ずってしまう。興奮で舌も上手く動かない。
「それで?」
 こてっ、と首を傾ける美和子さんの仕草に俺の心臓は爆発寸前だ。
「あ、あのぉー」
「あの? うん、どうしたのぉー? あっ、質問かな? 質問ならいいよ。どんどんして頂戴」
「いえ、質問じゃなくってですね。えーと、その」
「もう、じれったいなぁー」
「さっ」
「さ?」
「さいようっ」
「さいよう?」
「……ですか?」
「うん?」
 美和子さんはまたこてっと首を傾げる。どうやら俺が何を聞きたいのか分かっていないらしい。その仕草の妖艶さに俺は直視できず天井に視線をそらす。気分は水中でずっと酸素を我慢していたダイバーのようだった。こんなにも天井の平凡さに感謝したのは初めてのことだ。ああ、天井よ、なんと素晴らしき平凡な景色だろうか。
「さいようですか? あーっ! 分かったぁー。採用か不採用かを聞きたかったのねぇーっ! うんうん、そういうことかぁー。そっかそっかー。うんうん、大丈夫ぅー。字を見る限りは捻くれているみたいだけれども仕事には関係ないし、キミ採用っ!」
「えっ? 本当ですか」
「うん、だって駆除得意なんでしょ? 得意なことって欄に書いてあるし。あっ、でも趣味がないのは若い子にとっては致命的だからちゃんと見つけることっ! それさえ守ってもらえれば、うちとしてはオッケーだよぉー。うん」
「ありがとうございます」と言ってとりあえずのところ頭を下げる。長く続けられるように何とか努力しようと俺は心に誓った。
「で、今日から入れるのかな、雄二くんー?」
「え、ええ。大丈夫ですが」
「あら、それはよかったぁー! 丁度ね、今日駆除の依頼が来てたの! 全部で五匹だって。初めての仕事だかちょっと動揺するかもしれないけれども頑張って! キミならできるから!」
 うんうん、と美和子さんは一人頷き、にんまりと微笑んだ。
「えっと、もしかして俺一人でやるんですか?」
「あっ、ううん違うよぉー。あれ、おっかしいなぁー。もう加奈ちゃん来てもおかしくない時間なのになぁー。遅刻かなぁー?」
「すみませんっ! 遅れました!」
 バァーン、という漫画的効果音が似合うような形でドアが開けられ、一人の少女がやってきた。女子高生らしく制服を着ている。ここまで走ってきたのだろう。はぁはぁ、と肩で息をしていた。丸みを帯びた可愛らしい顔立ちで、頬が走ってきた余韻なのか薄紅色に染まっていて、それが妙に官能的に写る。「か、可愛い」と危うく俺は口に出しそうに鳴ったが、それを理性でぐっと押さえ、心の中で呟き満足する。
「そんなに慌てることないのにー。一分ぐらいしか時間、過ぎてないよぉー?」
「一分でも遅刻は遅刻です」
「いいよぉー、気にしなくて」
「私が気にするんです、美和子さん」
「あたしは気にしないのぉ。それと名前を呼ぶときはさん付けじゃなくて、ちゃん付けって言っているでしょう?」
「ちゃん付けするほど若くないんですから、さん付けじゃないと不自然です」
「それだとあたしが三十路に近いおばさんだって皆にバレちゃうじゃないのぉー」
「そうやって自分で言ってたらバレるの当たり前です」
「……あーっ!」
 美和子さんはじっと俺のことを見る。まさか、三十路に近い年齢のお姉さんだとは知らず、まだ二十代前半だと俺は思っていたため、再確認するかのように美和子さんを見てしまう。
「み、三十路に近いけれど、まだオッパイは垂れていないからね! まだまだ現役で、張りだってあるんだよ? なんなら触ってみる! 揉んでくれれば分かるから! さぁさぁ!」
 俺の右腕を掴んで、無理やり胸を揉まそうとする。俺は一応、「や、やめてください」と抵抗するものの内心ラッキーなどと思っており、このまま人生で初めて巨乳をモミモミすることができるかもしれないと期待に股間を膨らませつつ、鼻息の荒さを隠し、「うひひひ」と心の中で笑い、美和子さんの力に抗うのを止めたところで、
「それセクハラです!」
 びしっと美和子さんの頭部に少女はチョップを入れた。
「い、痛いー! な、何をするのよぉー加奈ちゃん。痛いじゃない。美和子ちゃん、泣いちゃいますよ!」
 涙目になりながら美和子さんは言う。なんだか、上下関係が変わっていないだろうか?
「泣いても喚いてもダメなものはダメなんです! もう大人なんですから分別ある行動をしてください」
「えーだって美和子、まだ大人じゃないもん」
 てへっ、といった感じで美和子さんは言う。それに対して少女は「はぁー」と盛大にため息をついた。それから俺に視線を向け、じっとりと見る。澄んだ瞳はまるで俺の心の奥底を見るような力強さがあって何だか背筋がゾクゾクとし、俺自身が持つ過去の恥ずかしい出来事やら今ムンムンと感じている男性たる欲望を見据えているようで怖かった。
「それで、そちらの方は誰なんですか?」
「あっ! そうそう忘れてたー! えっとねぇー、上谷雄二君。うちの新しい従業員でぇーす!」
 ゲームのファンファーレ音が似合いそうな口調で美和子さんは俺のことを紹介した。
「あっ、そうだったんですか! すみません、ちゃんと挨拶をしないで」と言って、彼女はぺこりと頭を下げる。ふわっと腰まで伸びた髪が揺れ動き、肩からするりと落ちた。五秒間ぐらい頭を下げたあと、彼女は顔を上げて、俺のことを見つめる。
「私、富野加奈といいます。よろしくお願いします!」
 今度は元気よく、加奈ちゃんは頭を下げた。
「それで今日、上谷さんも一緒に来るんですか?」
「うん、そうだよー」
 答えたのは俺ではなく、美和子さんだった。
「彼ね、得意なんだって駆除するの」
「えー、本当ですか! それはよかった!」
「だよねぇー! ここのところずっと加奈ちゃん一人だったからねぇー。大変だったよねぇー!」
「上谷さん、一緒に頑張りましょう!」
 がしっと俺の両手を握り、瞳をきらきらと輝かせて俺を見る。相当嫌だったのだろう。でも、どうして女子高生がガイチュウ駆除のアルバイトなんかしているんだろうか。不思議だ。人付き合いが苦手のようには見えないし、どちらかというと社交性もあって規律も守る真面目な子に見える。こういう子は大抵ファミレスといったレストランなどで接客業をしたりデパートなんかでレジ打ちをしたりしているものなのではないだろうか。うーん、よく分からない、というのが俺の感想であり、ぼんやりと考えながらもしっかりと俺は加奈ちゃんの肌触りを堪能していた。
「それで上谷さん」
「は、はい?」
 返事をしつつ、俺はセクハラがバレたのではないだろうかと思い慌てて両手を離した。
「道具一式は持ってきていますか?」
「えっ? あ、いや、何も持ってきていないけれど……」
「そうですよね。美和子さん、余った道具ってまだありましたよね?」
「うん、倉庫にあると思うよ。そこの部屋が倉庫になっているから、そこから適当に選んでもらって頂戴」
 道具って殺虫剤やら薬品類だろうか。まあとりあえずのところ持っていった方がいいだろうと思い、俺は加奈ちゃんに案内してもらって、倉庫と呼ばれた部屋に入った。
「な、なんじゃこりゃっ!」
 驚きのあまり、俺は声を出してしまった。部屋の中には大量の剣やら弓、槍、鎧、盾、兜といった中世の武器やら防具といった美術品が乱雑に置かれていたのだ。
「こんな骨董品ばかりで驚いちゃいますよね。私も初めての時はびっくりしましたよ」
 そう言って加奈ちゃんはズンズンと奥へと入っていく。俺も負けじと奥へと進んでいくのだが、歩くたびに埃が舞ってしまい、「ごほんごほん」と咳をしてしまう。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫」
「まったく、これだから美和子さんには困っちゃう。入れたら入れっぱなしで掃除も整理整頓もしないで、ぐーたらぐーたらとしている。あとから来る人の気にもなってほしいものです。上谷さんだってそう思いません?」
「そ、そうだな」
 とりあえず俺は同意しておく。しかし、こんなの何に使うんだ。
「あ、ところで上谷さんは何を使いますか?」
「使うって?」
「やだな。武器ですよ、武器。剣にしますか? 槍にしますか? それとも弓? 弓の使い手ってあまりいないから珍しいんですよ」
「えっ……? えっとー」
 ガイチュウ駆除に剣とか使うのか? あれ、普通殺虫剤とかそういう系統のものじゃないのか? 最近のガイチュウ駆除方法は進化したのか? 進歩した結果原始的な退治が一番であるという結論に達したというわけか?
「今日駆除するガイチュウってゴキブリ?」
「はい、そうです」
「あー、じゃあ」
 原始的な武器が一番であるというのなら、やはり家庭一般で使われているアレが最適だろう。
「新聞紙でいいや」
「えっ!?」
 心底驚いた様子で加奈ちゃんは俺を見た。なんと言うか目玉が飛び出さんばかりに眼窩を広げている。
「そんな驚くようなことだった……?」
「そ、そうですね……。新聞紙で戦う方なんて今まで初めてでしたから」
 そういってゆっくりと頷いた。
「でも本当に新聞紙でいいのですか?」
 心配そうな声で聞いてきた。
「うん、富野さんは何で行くのかな?」
「私はこれです」
 そういって彼女が手に取ったのは両刃のロングソードであった。



「ギャ――――ッ!」
 結論を言えば、俺は間違っていた。ガイチュウ駆除に新聞紙で挑んだことではなく、この仕事の面接を受けてしまったことだ。
「ギャ――――ッ! 死ぬ、死ぬッ! 殺されるゥ――ッ!」
 俺は狸に追われていた。日本とかそういうところにいる可愛らしい狸じゃない。毛むくじゃらで二本足で立ち、両手には包丁のような刃物を持ってダンスを踊りながら襲ってくる化け物みたいな狸だ! 顔は狸だが、もはや狸ではない別の何か。きぐるみを着た殺人鬼だといわれても問題はない。むしろこれを狸だといわれた方が疑う。
「ちんたら走ってんじゃねぇーぞ! 男なら反撃しやがれ!」
 そして、加奈ちゃんの暴言が俺のメンタル面にさらなる追い討ちをかける。あんなに優しくて親切で、可憐だった富野加奈はおらず、今はロングソード片手に鬼神の如く血みどろな死闘を狸たちと繰り広げているのだ!
「ルゥゥゥリィィィィッ!」
 奇声のような奇妙な声を上げて、彼女は狸を一刀両断する。緑色の液体を撒き散らせながら狸もどきは二つに分かれた。
「な、なんなんだよ! ゴキブリ退治じゃなかったのかよ! つか、ここはどこよ! どこなの!」
 俺は叫ぶ。叫ばずにはいられない。倉庫から出た俺と加奈ちゃんは美和子さんに「じゃあ、駆除しに行きますかぁー」とおっとり口調で言い、美和子さん案内のもと、別の部屋へと入ると、その部屋の壁という壁、天井というう天井にはびっしりと奇妙な文字で埋め尽くされており、それが美和子さんの何やら奇怪な呪文めいた言葉に反応してキラキラと青色に輝き、気がつくと森の中にいたのだ。見たことのない捩れに捩れた樹たち。空気は臭く、嗅いだことのないものだった。そして、狸たちの襲撃があり、加奈ちゃんの変貌! 一体全体、何がどうなっているのかさっぱり分からない。読んでいた本の展開についていけない読者のような気分だ。ただ、本の世界であれば助かるが、これは現実であり、今もなお俺の背後には腰をクネクネと奇妙に動かしながら襲ってくる狸がいる。逃げ切れない。戦おうにも俺の手には棒状に丸めた新聞紙しかなく、こんなもので加奈ちゃんのように狸を一刀両断することなどできやしない。
「たすけてぇーッ!」
 もう駄目だ。逃げ回るのに疲れ、足が止まりそうになったとき、「チィッ!」という加奈ちゃんの舌打ちが聞こえた。それからの展開は凄まじく、俺の後ろにいたはずの狸の頭部は吹っ飛ぶ、切断された首筋からはビュクビュクと緑色の血らしきものを撒き散らせながら、狸もどきは地面へと倒れた。見れば加奈ちゃんの手元にはロングソードは無く、頭部を切断された狸の側に剣は突き刺さっている。離れた俺を救うために、彼女が狸めがけて投げたのだ。首筋を両断することができるなんて、とんでもない腕力だ。あの細い腕からは想像できない。
「あと三匹か。ッたく、美和子も使えないやつを雇ったものだ。てめぇーはそこで腰を抜かしてなッ! あとはあたしが全部完璧に完封なきまで殲滅虐殺しといてやっからよ!」
 そう言って彼女は一人、狸もどきたちに突っ込んでいく。二匹の狸は踊りを舞うかのように刃物を繰り出し、彼女の肌を傷つけようとするものの、ロングソード一つで捌ききってしまう。鉄と鉄が衝撃し、ちかちかと火花が散っていく。恐ろしい。まさかこんな光景を現実のものとして見ることになるとは夢にも思わなかった。
「弱いッ!」
 斬、という効果音が似合いそう勢いで加奈ちゃんは刃物ごと狸の腕を両断した。血煙が上がった。それを浴びながら加奈ちゃんはにぃ、と口端を歪めた。
「弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱いイィィィッ!」
 体制が崩れた狸の首筋目掛けて彼女は両刃の剣を振り下ろす。何の抵抗もなく首は斬れ、骨を絶ち、無理やり胴体から分離させる。血が吹き上がり、胴体は痙攣しながら地面へと倒れこむ。液体が大地を汚していく。
「うぉぇっ」
 俺は吐いた。臭いが酷い。生臭いのだ。
「雑魚雑魚雑魚雑魚ッ! 圧倒的な雑魚ッ! 弱すぎて面白くないじゃないか! もっと楽しくなるような戦いをすることはできねぇのかよ! なぁっ!」
 キヒヒヒヒ、と狂人のような笑い声を上げて、加奈ちゃんは次の獲物へと剣先を向けた。そんな姿に残り二匹の狸はたじろいでいるのか。「きぃっ!」という外見上では想像できないような可愛らしい声を上げて、一匹の狸が彼女へと勝負を仕掛けてきた。
「へぇーッ! 上等ッ!」
 数合の打ち合い、いくつもの火花が散った。ほんの数瞬数秒、まばたきをするかしない程度の時間の中で勝負はあっけなく着いていた。加奈ちゃんの剣がなぎ払うかのように狸の腹部を横一線に斬る。血が噴出し、肉が裂け、臓物が零れ落ちた。よろよろと狸は歩いてから上半身と下半身は分かれ、下半身が倒れた二秒後に上半身が湿った音を立てて地面に落ちる。びくびくと何度か痙攣したあとに動くをやめた。死んだらしい。ただの肉塊になっても血はじくじくと溢れ出していく。
「根性だけは買ってやるよッ! さて、最後の一匹っと。――ん?」
 最後の一匹は仲間が戦っているうちに背を向け、逃亡を開始していた。ものすごい速度で森の奥へと向かっていく。
「仲間を見捨てて逃げるその姿ッ! 上等上等。いいねぇー、迸る生命への執着心、欲望にまみれたその姿、たまらねぇなぁ! だがよ、このあたしが――ッ」
 ロングソードを振りかぶる。俺を助けたあの時と同じように狸に切っ先を向けて、思いっきり投擲するつもりなのだ。
「逃げれるわけねぇーだろうッ!」
 投げた。一直線に剣は飛んでいく。狸は気づいていない。助かることだけが精一杯で、後ろから強烈な死がやってくること知ることができないのだ。光の一閃の如く、何のためらいも迷いもないまま、まるで狙いすましたかのように剣は見事狸もどきを貫いていた。投擲された勢いが肉体に刺さった程度では弱まることもなく、そのまま慣性の働きで狸は前方に一回転をしてから地面に倒れた。動く気配すらない。
 それもそうだ。彼女が投げたロングソードは臓器でもっとも大切な心の臓を串刺しにしている。あれで死なない生物なんているはずがない。
 ぴくりとも動かない狸に向かって加奈ちゃんは近づいていく。距離にして二十メートル弱。その距離で当てたのだから彼女も彼女で化け物だ。
 俺は腰が抜けて立てなくなっていた。「あ、あはははは」と笑うことしかできない。本当にこれは夢じゃないのか。頬をつねってみる。痛い。でも、目が覚めることはない。ということはつまり、これは夢ではないということだ。なんてことだ。これが現実だなんて。
 剣を回収した加奈ちゃんが近づいてきた。全身を緑色の液体で濡らし、ロングソードを片手にやってくるその姿はまさに戦士そのもので、ビリビリと肌が焼かれるような痛みと共に背筋が恐怖でゾクゾクと震える。生まれて初めて俺は殺気というものを体感した。
「あっ……」
 目の前に彼女が立つ。見下ろす目には殺意があり、このまま剣を振り下ろされれば、俺は何の抵抗をすることもなく、ただ虫けらのように殺されるだろう。しかし、実際は剣を振ることも、振り下ろすこともなく、加奈ちゃんは俺に手を差し伸べてくれた。腰が抜けて立てなかった俺は彼女の力を借りて立ち上がることができた。
「あ、ありがとう」
「ああん?」
 険しい顔で彼女は言う。
「い、いや、あ、あの……ありがとう」
「ありがとう、ございますだろうがッ! クソボケカスヤロウッ!」
 思いっきり股間を蹴り上げられる。強烈な痛みから「へぶんっ!」という奇妙な声を漏らして、俺はその場に倒れこむ。びくんびくんと体が勝手に痙攣する。ダメだ、死ぬ。急所を蹴りつけられた衝撃とあまりの痛みに涙を流し、そして俺は人知れず走馬灯を見ていた。「ああ、あの頃に帰りたい」などと思ってしまう。意識が遠のく。視界が白いもやもやしたものに包まれていく。「これが刻か……」と思ったところに、「起きろ! 死ぬことすら許さん! 何が新聞紙だ! 何が駆除が得意だ! ウソばっかりじゃねぇか! ええ? 金玉を潰されなかっただけマシだと思え!」と言いながら、彼女は学校の指定らしき革靴で俺の股間を何度も何度も、これでもかこれでもかと踏みつける。
「やっ! へぶっ! だめっ! い、いく! 別の意味でいっちゃうから!」という俺の抗議の声を無視して、「気色悪い声を出してるんじゃねぇーよ! このド助平がッ!」と止めとばかりに俺の大事な急所を蹴りつけた。
 終わった。色んな意味で終わった。男性的にも人間的にも終了した。早く戻ってパンツを履き替えたい、と思ったところで、俺の意識は消失した。



「雄二君、どういうことなの?」
 気絶から目覚めた俺は初めにあの出来事が全て夢だと思ったがしかし、自分自身の衣服に付着した緑色の染みを見て、「あれは夢じゃなかったのか」という喪失感に包まれた。それに追い討ちをかけるかのように美和子さんが隣に坐っており、どうやら自分は面接に使用されたソファーで横になっていたらしい事実を知るのと共に、うるうると涙目になった美和子さんの視線に狙撃されていた。
「ねぇ、雄二君。どういうことなの?」
 逆に聞きたい。どういうことなんだ。しかし、そんな言葉も美和子さんのうるうる攻撃の前に敗北してしまい、「えっとえっと……」としどろもどろになってしまう自分がやけに情けなく思えた。
「駆除、得意なんじゃないのぉ?」
「いや、それはあくまでゴキブリ退治ならって話で……」
「えー? だってゴキブリだよ、あれ」
 どこがだよ。怒鳴ろうかと思ったが、声は自然と「えっ、全然違うじゃないですか」と平坦な声量になってしまう。ううう、女性に弱い自分を呪いたい。
「あれ? そうなの? あれれ?」
「だってゴキブリは刃物を持ったり、狸のような姿で人を襲ったりしませんよ。もっと虫らしくじめじめした汚らしい環境を好み、人知れずひっそりと生活をするもの。あんな物騒な生物はゴキブリではなくて、モンスターと呼ぶものです」
「ありゃ? もしかして雄二君、勘違いしてる? ゴキブリって虫じゃなくって、えーと。字で書くと、こんな名前だよ」
 といって名刺を一枚取り出して、その裏にボールペンで何やら字を書いている。「これこれ」といって美和子さんが俺に見せてきた。そこには「娯奇舞狸」と書かれている。読めない。
「これ、なんて読むんですか?」
「だから、ゴキブリだってばー」
 むう、と美和子さんは頬を膨らませる。どうやら怒っているらしい。
「えっと、あのどういうことですか? さっぱり分からないんですが……」
「どういうことってぇ? あれれぇー?」
「もしかして美和子さん、まったくの素人を雇ってしまったんじゃないんですか」
 そういって加奈ちゃんが入ってきた。制服ではなく質素な私服に着替えており、その姿もまたとても似合っていて可愛らしい。シャワーでも浴びていたのかまだ濡れている黒髪の毛先を清潔なタオルで拭いていた。
「えー? でも、あの求人広告を読めるってことは、こちら側の人間ってことなんじゃないのぉ? あれぇ? 違うー?」
「稀に読める方がいるらしいって噂を聞いたことがあります」
「えーっ! じゃあ、雄二君がそうだって言いたいのぉ?」
「そういうことになりますね」
「まさかうちの事務所に来るなんてねぇー。びっくりだよぉー」
 びっくりしたようには見えない口調で美和子さんは言う。俺は、もはや置いてけぼりにされている。
「待て待て。どういうことだ? もう我慢にならん。おい、ちゃんと説明しろ」
 今まで敬語で接していたがさすがにもう無理だ。これ以上頭がこんがらがる前に全てを白日のもとに晒さしておきたい。強い口調で話さなければたぶん、こいつらは説明するつもりにはならないだろう。
「だって、加奈ちゃん。どうしようかっ?」
「どうしようかって、ここは美和子さんの事務所じゃないですか。私はただの雇われ従業員です。そういうことは雇い主である貴女が決めることでしょう?」
「えー? だって、説明するの面倒なんだもぉーん」
 もし、今、俺の手元に銃があったら、迷いなくこの女を撃ち殺している。
「あっ、もしかして雄二君怒ってるぅ? なんか眉毛がぴくぴくしてるぅー。きゃはは、かーわいー」
「美和子さん、からかわないでちゃんと説明をしないと」
「えー? でも可愛いよー、このぴくぴくした眉毛。触りたいなぁー」
「あー! もう我慢ならん!」
 がっしゃん、と応接用のテーブルを引っくり返す。
「ちゃんと説明しろ! 何がどうなっているんだ! あれはなんだったんだ! つーか、なんだよあの化け物たち、それとあの場所! あと意味の分からない文字が壁一面に書かれた部屋のことも説明しやがれ!」
「あうううう、怒られちゃった」
「ちゃんと美和子さんが説明しないからですよ」
「うううっ、だってだってー」
「はぁー、分かりました。では、私が説明します」
「さっすが加奈ちゃん! あたしができないことを平然とやってくれるからぇー好きなのよね! うふふふ。あっ、あたし紅茶作ってくるから。るーるるるー♪」
 そういって美和子さんは行ってしまった。本当にマイペースな人だ。
「……あの人は放っておきましょう。では上谷さん、いいですか。座って聞いてください」
 俺は言われた通りソファーに腰を下ろした。
「あの場所は、この世界とは違うもう一つの世界です」
「はぁ?」
「並行世界だと思ってもらえれば一番いいと思います。この世界とは別に他にも無数の世界が存在し、発見されている数だけで約一億個ほどの世界が存在しています。ですが、この数も来年には変わっているでしょう」
「どうしてだ?」
「世界は日々、増え続けているのです。今知られている数はあくまで発見された数、もしかしたらまだ多くの世界がこの世のどこかにあるのかもしれません。しかし、観測されなければ数えることもできませんから、あくまで一億なのです」
「あの森が、その一つだと?」
「ええ、そうです」
「信じられない」
「そうでしょう。私もはじめは信じることが出来ませんでしたから。ですが知ってください。これが現実なんです」
「あの狸みたいな奴らは何者なんだ?」
「正式に何者であるか分かっていません。ただ分かっていることは、アレらはどこからともなくある日突然、ふっと沸いて出たかのように出現し、出現したその世界を汚染し、消滅させてしまうことだけ。私たちはそれらを通称ガイチュウと呼称し駆除しています。今回戦ったのは娯奇舞狸と呼ばれるランクCクラスのガイチュウですが、あれを駆除せずに放置しておくと、その世界を消滅させてしまう。そういった事態を防ぐために私たちのような〈防人士〉(さきもりし)がいるのです」
「〈防人士〉? どこぞのゲームに出てくる職業みたいな名前だな」
「これもご存じないのですか?」
「知らん」
「本当にずぶの素人だったんですね」
「そうだ」
 俺は頷く。
「〈防人士〉は簡単に言えば職業の名前みたいなもので、ガイチュウ駆除を行う人々のことです。他にも何故ガイチュウが出現するのか、他に異世界はあるのか、といったことを調べる方々もいて、その人たちにもそれぞれ名前があるのですが、まあ、今回は関係ないので省略しておきます」
「ふーん。で、あの部屋は何だったの?」
「あの部屋は世界と異世界を繋ぐ一種のワープ装置みたいなものです。壁や天井に書き込まれていた文字が世界を繋ぐ橋としての役割を果たしています。美和子さんが唱える言葉で起動し、任意の場所に入った人間を飛ばすことができる、そういう装置だと考えてもらえればいいと思います。私もよく理解してはいないのですが」
 申し訳なさそうに彼女は俯いた。
「えーと、これで全部でしょうか?」
「いや、まだある。娯奇舞狸と戦っていた時の君と今の君ではだいぶ違うように感じられるんだけれども、どうしてなんだ?」
「あーそれはですね」
 彼女は話しにくそうにもじもじと唇を動かしている。話すか話さないか迷っているらしい。しかし、俺も今までの鬱憤がある分、些細なことでさえ全てを聞かなければ気が済まないところまできてしまっている。俺は黙って彼女が話すの待つことにした。果たして、彼女は決意したのか、口を開いた。
「私、興奮すると性格が変わっちゃうんです」
「えっ?」
「それを知ったのは小学生の時でした。些細なことで喧嘩してしまい、気がついたら私、相手のことボッコボコにしてたんです」
「ボッコボコに? 相手は女の子?」
「いいえ」
「じゃあ、男の子?」
「違います。先生です。体育の」
 小学生の女の子が大人の、しかも体育の教師をボコボコにしている光景を思い浮かべようとするが上手くいかない。あまりにも非現実的すぎる。しかし、よくよく考えてみればあの時の彼女のようなテンションであれば、それも可能かもしれない。そう考えたとき、加奈ちゃんに蹴られた股間に痛みが走った。大人のしかも男であれば、ここを蹴られたら一発だろうなと思い、また「うくくく」と痛みに悶えた。
「どうかしたんですか?」
「い、いや、なんでもない。それで? 話、続けて」
 股間を押さえながら俺は言う。
「それからというものの、私は皆から怖がられてしまいました。学校では誰も近寄ってこなくなり、先生たちでさえ避けるように私を扱いました。中学生になってもそういった扱いは変わらず、逆に武勇伝として広まってしまい、暴走族などから誘いも受けました。でも、本当は私、普通で居たいだけなんです。ただ、皆と変わり映えのない生活をしたいだけなんです。だけど、興奮すると性格が変わっちゃうから」
「それでこの仕事を?」
「はい」
「嫌じゃない? あんな化け物たちと戦うの」
「そうでもないです。初めの頃は慣れなくて嫌でしたけれど、自分にはこれしかないんだと思ってやっています。それに」
「それに?」
「やったらやった分だけちゃんと評価してもらえるんです。報酬の額とかじゃなくて、人にちゃんと評価してもらえる、これが私にとって一番大きなことでした。自分の居場所が見つけられたようで、私はここに居てもいいんだ、と実感できる。そんなこと普段生きているとき、なかなか感じられないことじゃないですか。だけど、ここなら感じられる。感じていられる」
 自分の言葉を噛み締めるように彼女は言う。自分の居場所、自分自身が自分でいられるところがもし、本当にあるのだとすればそれはとても魅力的なことだ。しかし、俺にはない。ないからこそ、こうやって悶え苦しんでいるのかもしれない。よく分からないが。
「さぁさぁ! 二人とも紅茶ができたよぉー! 疲れた体には紅茶が一番っ!」
 そういって美和子さんが二つカップを載せたお盆を持って戻ってきた。にこやかな微笑みは可愛らしいのだが、しかし足元が疎かで危なっかしい。このままだと転ぶんじゃないかと思ったところで、「あっ!」と悲鳴をあげ、美和子さんは俺たちの目の前ですっ転んだ。お盆は宙高く上がる。無論、紅茶の注がれたカップ二つも同じように浮かび上がり、孤を描いてこちらへと迫ってくる。そして、重力に従い、落下し、抵抗する暇もなく、一つは俺の股間に熱湯を浴びせ、もう一つは加奈ちゃんの洗ったばかりで生乾きの髪にどっぷりとかかった。
 俺は股間に走る痛みと熱さに声もなく悶える。死にそうな痛みに一瞬だけ走馬灯が見えたが、それはすぐに消え、徐々に痛みがひいていくと理性が働き、熱さから逃れるためにズボンを脱ぐことを思いつき、ベルトを外し、ズボンを脱いだ。一方、加奈ちゃんは黙ったまま、ぽたりぽたりと毛先から紅茶の滴を床に垂らしたまま固まってしまっている。
「ごめぇーん、二人とも。だいじょーぶ?」
 加奈ちゃんの両腕がわなわなと震えている。
「大丈夫なわけねぇーだろうがっ!」
 がっしゃん、と前に俺がやったように応接用テーブルをひっくり返し、大きく怒鳴った。戦闘状態加奈ちゃんは何度か美和子さんの頭部を平手で叩き、数回怒鳴り散らしたあと、気が済んだのか元に戻った。それから泣きじゃくる美和子さんをよそに、俺と加奈ちゃん二人で割れたカップやら紅茶の後始末、テーブルを戻したりという作業に没頭し、気がつけば午後六時を過ぎていた。それから泣き止んだ美和子さんから今日の報酬、加奈ちゃんは娯奇舞狸を五匹退治したということで厚めの封筒を受け取り、俺は討伐数はゼロのため、同行料という形で一万円を渡された。俺はありがたく頂戴し、事務所を出たところで、明日も仕事があるのだろうかと考え、こんな物騒な仕事なんてさっさとやめるべきなのかもしれないと思ったがしかし、報酬はそれなりにいいようなので明日もやることにして、早々と一万円片手にパチンコ店に入店した。ものの一時間で一万円を使い果たし、今日中に借金返済することを諦めて、明日の仕事のために自宅へと戻って、汚い四畳の部屋の片隅でタオルケットに包まり眠ることにした。



 それから四日ほど経過した。その間、俺は何度か依頼を受けて、加奈ちゃんと共に異世界でガイチュウ駆除を行ったが、もっぱら全て、俺ではなく彼女が始末した。俺はただ側に立っていただけで、気がつけば仕事が終わり、彼女は収入を得るが、俺は同行料といった形で一万円が支払われるだけであった。それでも無報酬というわけではないのだが、しかし四日間で稼いだ金額は四万円程度で借金返済には程遠い。困った。だが、あんな化け物たちを駆除するほどの気力はないわけで、立ち向かうなら逃げた方がマシである。ああ、本当にダメ人間だと自覚すればするほど、今の状況からも逃亡したくなるから困ったものだ。しかし、期限は迫ってくる。化け物退治も嫌だとなればやるべきことは一つ、別の方法で増やすしかなく、手に入れた報酬四万円を元手に競輪やら競馬やらをやってみるがあえなく撃沈、財布の中身はすっからかんになってしまう。財布からは埃さえ落ちてこない。
 仕方なく、俺は美和子さんの事務所に電話をかける。美和子さんはすぐに出た。「仕事あるんですか」と聞くと、「あっ、丁度今、雄二君に連絡をしようと思っていたところなの。仕事が入ったから今すぐ来て頂戴」と言われ、俺はとぼとぼと事務所のある駅前の雑居ビルへと向かっていく。
 そして、今日の仕事も無事に終わった。今回はこの前の娯奇舞狸を三匹殺すだけでよかったのだが、案の定、俺は何もしていない。全て先輩である加奈ちゃんが始末をつけてくれた。俺はただいつもの通り渡されたロングソードを近場に放り投げ、見慣れない異世界の風景に現をぬかし、壮絶な戦いを繰り広げる先輩から離れ傍観に徹して、ぼんやりとした時間を過ごすだけだった。これで一万円はもらえるのだから簡単なものだ。しかし、さすがにこんなことを連続で続けているものだから、事務所へと帰還する途中で、俺は加奈ちゃんに殴られた。痛烈な一撃に俺の視界が霞み、抵抗する暇もなく、また受身を取る瞬間もなく、情けなく地面に倒れこんだ。
「なんでてめぇは戦わねぇんだよ」
七匹の娯奇舞狸を易々と血祭りに上げた鬼神の加奈ちゃんが俺を見下ろし、聞いてくる。
「じゃあ逆に聞くが、どうしてそんなに楽しそうに戦うんだ?」
 唇が切れたらしく血が出ていた。袖口で拭きつつ、俺は尋ねた。まったく、時間の経過とは恐ろしいもので、初めて見たときは怖かったというのに今では慣れてしまい、こうやって馴れ馴れしく話すことができるようになってしまった。
「そりゃーおめぇ、楽しいからに決まっているだろうがっ!」
「楽しい? 戦うことが?」
「それ以外に何があるってんだよ。死闘こそが人生の華、生きているという実感を与えてくれる。なのにてめぇは戦わねぇーで逃げてばかりの腰抜け野郎だっ! 逆に聞きてぇ。そんなに逃げ回って楽しいか?」
「ああ、楽だからな」
 何度か唇を拭い、頬を押さえながら俺は立ち上がる。
「楽? 楽するならどうしてこんなところに来てんだよ、意味分かんねぇーっ!」
 叫ぶように彼女は言う。
「金が欲しいからに決まってるだろ」
「んなことばかりしていて、てめぇ、楽しいのかよ」
「やりたくもないことをやっているんだから、楽しいわけないだろう」
「なら戦えよっ!」
「嫌だ。面倒は御免だし、戦うよりも逃げていた方が楽だ」
「どうせ自分は戦ってもダメだし逃げていた方がボロがでないしってか? くせぇーし、うぜぇーっ! 自分に酔った奴らの殆どがそうやって言い訳ばかりして逃げ回ってるんだよっ!」
「お前に俺の何が分かるんだよ」
「分かるね、ぷんぷん臭うからよっ! クソみてぇーな臭いがな、ぎゃはははは」
「……うるさい。少し黙っていてくれ」
 俺は、彼女の言葉を無視して歩き出す。
「都合が悪くなるとすぐ逃げる。てめぇーの悪い癖だ。あっ、おめぇーあれだろっ! 今まで生きてきた中で真剣に戦ったこと、一度もねぇーだろう?」
「……ないかもな」
「だから楽しくねぇーんだよっ! いいから戦って戦いまくれっ! 何事にもだ! 人生でも何でもいい、真剣に戦い続けてみなっ! そうすりゃー楽しくなるからよっ!」
 きしし、と彼女は笑った。
「なんなら戦い方をあたしが教えてやろうか?」
「いい」
「遠慮するなよ、雑魚っ! あたしがみっちり一日教えたら娯奇舞狸なんてちょちょいのちょいだぜっ!」
 ばん、と思いっきり後ろから尻を蹴り上げられた。さすがの俺も頭に血が上る。
「おっ? 怒った? きしし、悔しかったらやり返してみなっ!」
「なら、望みどおりにやり返してやるよ!」
「やってみろ、人間のクズっ!」
 俺はロングソードを渾身の力で剣を振るう。しかし、あっけなく彼女の扱う剣に弾かれてしまった。きぃーん、と腕が痺れる。危うロングソードを落としそうになった。
「今の本気か? けっ、男なのに情けねぇーなっ!」
「うるせぇっ! 次からは本気でお前をぶっ殺す!」
「やってみな! やれなかったらてめぇは男じゃねぇーってことだっ!」
「うぉぉぉぉぉっ!」
 俺は腹の底から声を出し、殺す気で剣を大きく振りかぶり、上から下へと振り下ろした。頭に当たれば間違いなく死ぬ。
「キモイいんだよぉっ! 雑魚がッ!」
 刃先が向かってくる。体をひねって、何とか避わした。
「へぇー、避けれるじゃん。んじゃー、これはどうよっ!」
 弱者を傷みつける快楽でも見つけたのか、彼女の口は笑みで歪んでいた。本気で彼女は俺のことを殺そうとしている。それがひしひしと全身で感じられていた。
「くっ!」
 横なぎに振るわれた切っ先を、俺は剣で捌こうとした。だが、自分でもあっけないと思えるぐらい簡単に剣は弾かれて、手元から離れていってしまう。少し遠くでロングソードが落ちる音がした。俺は慌てて、剣へと向かう。
「敵に背を向けてんじゃねぇーよ、タコっ」
 右の脛を思いっきり蹴られる。掬われるに俺は倒れた。しかし、俺は這って剣へと近づいていく。負けたくない。ただその一心だけで俺は戦っていた。加奈ちゃんからの追撃はない。手が柄に触れる。握り、近づいてくるであろう背後へと切っ先を向けようと体を動かした時、相手の剣先が俺ののどもとに突きつけられた。
「こういうときはチェックメイトって言った方が様になるかな? きししししっ」
 彼女は愉快そうに言う。
「殺せよ」
「あぁあ?」
「殺せっ!」
「聞こえないなぁー?」
「早く殺せよっ!」
「嫌だね」
 俺は相打ち覚悟で、全ての怒りを切っ先へと込め、彼女ののどもと目掛けて剣を下から上へ突き上げた!
 彼女が反応することはなかった。反撃も起きなかった。手ごたえはない。剣は見事に彼女ののどもとからズレて、耳のすぐそばを通り、ただ頬を薄く斬ることしかできなかった。
「……いいねぇ、今のだ」
 にやり、と口の端を動かした。
「その突きだ、その突きが本番でもできれば確実に娯奇舞狸なら殺れるぜっ! きしし、いいねぇーっ! 久々にゾクゾクしちまったよ! アンタ、素質あるぜっ!」
 きしし、とまた彼女は笑うのだった。
「さて、訓練の時間は終わりだ。さっさと帰って美和子の野郎に報告するぞ。ほらほら、
ちんたらしてねぇーで歩いた歩いた」
 そう言って、先ほどまでの殺し合いなんてなかったかのように、いつもの帰り道みたい
に淡々と軽快に歩き出す。
 俺はその後姿を見ながら、手の平にじんわりと浮いた汗をズボンで拭った。



 そして、六日目になった。借金返済は明日の昼過ぎ。手元にある残金は百円玉が一枚だけで、どんなに思考を廻らしても借金を返済するには程遠く、方法はない。返済するために手段を選ばないというのであれば、今すぐに自分ができるのは銀行強盗ぐらいなものだが単独犯による成功した話なんて聞いたこともなく、だからといって気の合う仲間を集めて犯行を実行する勇気も、まして気の合う仲間なんていない俺にはどだい無理なことである。残された道は一つで、それも自害しかなく、どうせ生きていたってどうしようもない、死のう、といううつ病的帰結に行き着き、根性なしの俺は珍しく決意することができたので早速行動に移すことにした。が、お世話になった美和子さんたちに別れを言わずに死ぬのはなんだか忍びなく思え、今生の別れぐらいちゃんと済ませておこうと思い立ち、事務所へと俺は向かった。
 雑居ビルの階段を昇り、六階にたどり着いて、事務所へと入ると、美和子さん一人があの高級革張りソファーに座り込み、悠々と紅茶を楽しんでいるのが見えた。
「あれぇー? 雄二君、大学、今日は休みなのぉー?」
 俺に気がついた美和子さんがおっとりとした調子でそう言った。
「いえ、行ってないだけです」
「えっ? ダメだよぉー、ちゃんと行かないと。授業料だっけ? そういの勿体なくしちゃダメだよぉ」
「いいんです、どうせ俺の金じゃないですし」
「雄二君のお金じゃなくても、お父さんお母さんのお金でしょう? ダメダメ、そういう親不孝的考えをしちゃダメだよぉー」
 うんうん、と一人美和子さんは頷いた。
「さぁさぁ、若者は勉強のお時間、すぐに大学に行きなさぁーい」
「美和子さん、話があります」
「えっ? 美和子に話? なんだろう? うーん、あっ、ダメダメ、愛の告白なんてまだ早いよっ!」
「あの今までお世話に――」
「あっ、そう言えば雄二君、お昼ご飯は食べたのかなぁー?」
 話をそらすようなタイミングで美和子さんは言った。
「いえ、まだ」
「じゃあ、美和子と一緒に食べよう? ご馳走するから」
 ご馳走という言葉に反応したのか俺の胃袋は勝手に「グギャルルルル」と猛獣のように鳴いた。途端、腹が減る。
「えへへ、すっごくお腹空いていたんだねぇー。よし、レッツゴー!」
 そんな調子で俺は美和子さんに右腕を掴まれ、引き寄せられ、強引に引っ張られるような形で事務所の外へと連れて行かれる。腕が胸に当たる。やわらかい感触に俺の理性はとろけ、何かしらの反応をする余暇を与えずに、気がつけば、一軒のラーメン屋「ドンだけ亭」の前に来ていた。
「ここ、とっーて美味しいんだよ」
 そう言う美和子さんに連れられ、俺は店の暖簾をくぐった。「らっしゃい!」という店主の気合のこもった挨拶と共に濃厚な鶏がらスープの香りに俺の胃袋は「グギャルルルルル」と反応した。猛烈な飢餓が俺を襲う。
「ほらほら、ここ。ここに座って座って」
 美和子さんに言われて座った場所はカウンターだった。目の前で店主がラーメンを作っている様子が一望できるある意味で特等席のような場所だ。
「ここでね、美和子はいつも食べているんだよぉー。あっ、マスターっ! 醤油ラーメンを二つ!」
「あいよっ!」
 すぐさま返事をして店主は麺を二玉分お湯の沸騰した鍋に投入する。俺は店内の様子が気になって厨房から視線を動かした。お昼時だというのに店内は俺と美和子さんと店主の三人しかおらず、本当に美味しいのだろうかと疑いたくなってしまう状況だった。しかし、匂いだけは一流で、鼻腔いっぱいに吸い込むと胃が空腹できりきりと痛む。早く食べたいなどと俺は叫びたくなってしまう。
「雄二君、あのね、大学はちゃんと行かないとダメだよぅ?」
「もういいんです、全部やめますから」
 色々なことから全てから逃れる。それが死であるなら、俺は壁を乗り越えてみせる。死ねば全てが終わるというのであれば、やってやる。今日の俺は妙に決意が固かった。
「全部?」
「はい、仕事もやめようと思います」
「えっ?」
 美和子さんが再び唇を開こうとした丁度いいところに、
「はい、醤油ラーメン二つっ!」
どん、とカウンターの上に二つの丼が置かれた。
「あっ、えっ? えっと、あっとーっ?」
 同時に二つの出来事起きたためか美和子さんは混乱した様子で俺を見たりラーメンを見たりしていた。どちらを取るか悩んでいるのだろう。
「麺、伸びる前に食べちゃいましょう」
 俺がそういうとこくりこくりと美和子さんは何度か頷いた。
「そ、そうよね! そうしましょう!」
 嬉しそうに言って美和子さんはひょいっと俺の前に置かれていた筒状の割り箸入れから一本、割り箸を手に取った。俺も割り箸を取る。力を入れて割ると中途半端な割れ方をした。気が萎える。しかし、食欲は膨れ上がる。俺は「いただきます」と言って食べることにした。美和子さんも「いただきます」と言って箸をスープにくぐらせた。俺と美和子さん、同時に「あふあふあふ、ふっふっふ、んぐんぐんぐ、ずずずずずっ」とラーメンを食していく。美味しい。もしかしたら今まで食べた中で一番、美味しいかもしれない。自然と口元が緩んでしまう。
「美味しいでしょう?」
「……うまい」
 お世辞でもなんでもなく、自然と口から出ていた。本当に、このラーメンは美味しい。美味しい以外の言葉が出てこないぐらいだ。
 美和子さんもうふふふ、と嬉しそうに笑い、「ずずずずずっ」と汚らしく麺を啜っていく。
「雄二君」
「はい」
「どうして仕事をやめようと思ったのぉ? 美和子や加奈ちゃんが嫌いなのかなぁ? 何か怒らせるようなことをした?」
「いえ、そういうことじゃないんです。ただ、嫌になっただけなんですよ」
「嫌? 何を嫌になったのぉ?」
「自分に、世界に、何もかも全部です」
「そっか。それじゃー仕方ないね」
 美和子さんはそう言って、丼を両手で持ち「んぐんぐんぐっ」とスープを豪快に飲み干していく。「ぷはーっ!」と満足したかのようににんまりという言葉が似合うぐらい微笑みながら息を吸った。
「美和子もね、時々思うの。どうして自分は生きているんだろうって。生きるって大変だよね、色んなしがらみに縛られて、がんじがらめになりながらも生きなければならない。どうして生きていなければならないのか。誰かのために? 自分のために? 雄二君はどう思う?」
「……分かりません」
「そうだよねぇ。美和子も分かんない。誰かのために生きるには現実はあまりにも厳しいし、自分のために生きるには現実はあまりにも難しすぎる。こんなに辛いなら、こんなに面倒ならいっそ死んだ方がいいかもしれないって美和子もね、考えたことがあるの。本当に死のうと決意したし、自殺の一歩手前までいったこともあるの。でもね、やめちゃった。雄二君、そこで問題です。どうして美和子は自殺を思いとどまったのでしょうかぁ?」
「いい男に出会えたから」
「ブブーっ! 美和子はそこまで肉欲はありませんっ! もう雄二君は助平なんだからぁー。答えはね、美味しいものに出会えたから」
「えっ?」
「あの時食べたのは本当になんでもない屋台のおでんの大根だったの。型が崩れるぐらいぐっつぐつに煮込まれた大根、それをね、食べたら死ぬの怖くなっちゃったの。ウソみたいだけどね、本当の話なんだよぉ? 信じてね、雄二君」
「ええ、まあ、信じますよ」
「あーっ、その口調信じてないでしょうー?」
 むぅ、と不満そうに顔を膨らませてから美和子さんはうふふ、と笑った。
「たぶん人ってね、美味しいものを食べると幸せになるの。だから、美和子は美味しいものが大好き。こういうのを食べるためだけに、美和子は生きている気がするの。だからね、雄二君。一度だけでもいいから真剣に戦ってみて。怖いかもしれない、逃げたいかもしれない。でも、そこはうーんと踏ん張って頑張ってみてっ! 退治数がいつまでもゼロのままなんて男としてかっこ悪いぞっ!」
 びしっ、と額をデコピンされた。なぜか、胸が痛かった。
「ダメですよ。俺、弱いですから」
「そんなことないよ? 本当は秘密にしなくちゃいけないんだけれど、雄二君には特別教えてあげる。あの求人広告って、普通の人には見えないの。特別な、人とは違う何かを持っている人じゃないと求人広告を見ることができないようになっているの。雄二君には見えた。つまり、雄二君は人とは違う何かを秘めているってことなのよ」
「でも、弱さとは関係ないじゃないですか。俺はもう、手遅れになるところまできてしまっているんですよ」
「そんなことないってば」
「そうなんです。俺は、負け犬なんです。尻尾を丸めて逃げることしかできないダメ人間なんですよ! 小学校の頃から大学になるまでずっと友達や恋人はできなかった! 何をやっても中途半端で、何をしようとしても中途半端に飽きる。運動も勉強も、会話だってまともにできない。大学にだって行かないで、ずっと引きこもって、ギャンブルばかりに手を出して借金をしてしまう。生きていたってこの世の底辺から抜け出すことができない。いや、俺はそこから抜け出そうという努力をしていない! だから、俺はダメ人間なんです……」
「じゃあさ、戦ってみようよ? 美和子も完全撃沈スーパーラーメンと戦うから」
「完全撃沈スーパーラーメン?」
「そう、このお店のメインメニュー。こーんな大きな丼にね、ラーメンが十人前も入っているの。それを三十分以内に食べきらなければ罰金一万円を支払わなければならないんだけれども、これがね、もうすっごく大変で難しいの。前回挑戦したんだけど、途中で時間切れになっちゃった。あと少しだったからものすごく悔しかったなぁー。本当は嫌なんだけど、雄二君のために美和子はリベンジしようと思うの。マスター、完全撃沈スーパーラーメンを一つ頂戴っ!」
 俺の返事を聞くこともせず、美和子さんは注文をした。
「しかし、一度失敗しているが、お嬢ちゃん。本当に。いいのかい?」
 心配そうな声色で店主は美和子さんに聞いた。
「大丈夫大丈夫。今日の美和子は、雄二君の力も借りるから百人力だよっ」
「あっ」
 本当に不意だった。柔らかな感触が唇が触れたと思ったら、目の前に美和子さんの綺麗な顔がある。自分は女性とキスをしているのだと知って、さらに愕然となった。何が何だから理解できないうちにキスをしていたという事実に俺の心臓は脈拍を速め、脳みそがカッと熱くなり、ぼーとして、頬がじんわりと痛くなる。きっと、今の俺は顔面を真っ赤にした初心な青年に見えるだろう。キスの時間はほんの数秒だった。しかし、俺のとっては永遠にも思える時の遅さだった。そっと唇が離れる。美和子さんはじっと俺の顔を見た。
「これでよぉーしっ! さぁっ、美和子頑張るぞっ!」
 美和子さんは軽やかにそう言って、箸を手に取った。


「うっーぷす。さすがにもうこれ以上、美和子食べられないわぁー」
「やっ、やりやがった……」
 店主の絶句した声が静かに店内に響き渡った。感動のあまりか涙を流している。
 果たして、美和子さんは制限時間以内にラーメンを完食した。信じられない。
「うー、満腹満腹。さすがに食べすぎよねぇー。ダイエットしなくちゃまずいかしら?」
 ぽんぽん、と狸のような動作で美和子さんは贅肉なんてなさそうなお腹を叩く。
「ふぅ。さて、雄二君。美和子は見事に戦って倒したわよ。お次は雄二君の番だからね」
「で、でも――」
「でももだってもなし。男の子なら約束守ってよね」
 何も承諾もなしに事を始めたのはそっちじゃないか、と言おうと思ったとき、携帯電話の着信音が店内に響き渡った。
「あっ、電話だ。あらぁー? 観測所からだ。はい、もしもぉーし。はいはい。えっ? 今すぐですぁー? ええ、大丈夫ですぅ。はいはぁーい、わっかりましたぁ。はいはい、では、また改めてお電話しますので」
 美和子さんは携帯電話を折りたたんだ。
「雄二君、丁度今お仕事が来たわよ。どうするぅ? やめる? それとも?」
「行きます」
「よかった、断られたらどうしようかと思っちゃった」
 くすっ、と美和子さんは笑った。
「それじゃっ、マスター。お会計お願いします」
「いや、お嬢ちゃんからはお金を受け取れねぇ」
「えっ? なんでぇー?」
「こんなに感動したのは生まれて初めてだぜ、ありがとうよ。さぁ、とっとといきな。俺の気が変わらねぇうちにな」
「マスター、ありがとうっ! さぁ、雄二君。はりきって行くよっ!」
 美和子さんと俺は事務所へと向かって店を出るのだった。



 異世界にある森の奥地で、俺は戦っていた。恐怖心を抑えつけて、剣を振るっていた。
「へぇー、心入れ替えたんだ」
 一体の娯奇舞狸を切り伏せて、珍しそうなモノを見るような目つきで俺を見て言う。
「悪いかよ?」
「いーや、別に。戦う気になったのなら結構結構。だけどな、あんたは初心者だ。あんまり無茶しねぇーで、あたしの援護をするだけでいいんだからな。死なれたりしたら色々と面倒だしよ。死ぬなよ、ルーキーさん」
「うるせぇー、余計なお世話だ」
 また一体の娯奇舞狸が木々の間から現れる。俺はそれに向かって切っ先を盾に突撃していく。
「あっ、馬鹿っ! 無茶するんじゃねぇーよっ!」
 あとを追うように加奈ちゃんが追いかけてくる。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
 声を張り上げ、体ごと、全体重を乗せて突進する。しかし、それは見事に娯奇舞狸の舞によって避けられてしまう。しかし、相手の体勢は崩れ、隙が出来た。そこに狙い済ましたような一撃が加えられ、抵抗もなく娯奇舞狸の頭部が切断される。
「ったく、突進しかできないなんて馬鹿の一つ覚えもいいところだな」
「次だ、次に行くぞ」
「なんでてめぇーが仕切ってんだよぉっ。先輩はあたしだ、あたし」
 そんなやりとりをしながら、俺たちは森の奥地へと進んでいくと、
「グルギャギャギャギャッ!」
 化け物のような叫びが聞こえた。すぐ近くだと思う暇もなく、連なる樹木の奥地から何かが加奈ちゃん目掛けて飛び掛ってくる。
「うぉっ!」
 突然の攻撃に加奈ちゃんは驚きの声を上げる。
「グルギャギャギャッ!」
「近いんだよぉっ! このセクハラ野郎がッ!」
 剣を振るうが当たらない。動きは完全に、あの娯奇舞狸と同じだった。ただ、体格と大きさがまったく違う。通常の娯奇舞狸の二倍以上ありそうだ。
「ちぃっ! 本調子じゃないってぇーのに、出てきやがって……」
「なんなんだよ、こいつは!」
 俺は叫ぶようにして彼女に聞く。抑えていた恐怖心がじわじわと心を蝕んでいくのが分かった。理解するとなおさら怖くなってくる。怖くない怖くない、と俺は何度も何度も自分自身に言い聞かせた。
「こいつはな、娯奇舞狸の親分なんだよっ! いいか、ここはあたしに任せててめぇーは
手出しするな。てめぇーがやったら、死ぬぞっ!」
 そう言って加奈ちゃんは娯奇舞狸の親玉に向かって攻撃を始めた。
しかし、いつものようにはいかずに、ロングソードは避けられてしまう。
気のせいか、加奈ちゃん動きが鈍いように、俺には感じられた。
「こういうときに限って、こういう奴が出てくるんだ。……ったく、あたしには疫病神がついっているってか」
 彼女は悔しそうに呟いて剣を振るっていくが掠りさえしない。むしろ、相手の攻撃が着々と加奈ちゃんに襲い掛かっていく。持久戦になれば明らかに不利そうだった。
「どうしたんだっ! 調子でも悪いのかっ?」
「うっせぇ、ここでそういうことを聞くんじゃねぇーッ! あたしは今日、アレの日なんだよ。だから調子が悪いんだっ!」
 回避しつつ彼女は叫んだ。
「ちっきしょー、頭に来るぜっ! あたしには必要のないものだって言うのにさっ!」
 首筋を狙った攻撃を加奈ちゃんは頭を下げて避ける。がら空きになった腹部へと彼女は飛び込むような突きを放った。血飛沫が上がり、「グギャギャギャギャっ!」と苦しそうな娯奇舞狸の声が響く。しかし、致命傷に程遠いいのか、娯奇舞狸の動きに支障はなかった。踏み込みが甘かったのだ。
「ちっきしょーッ! もう一回、食らいやがれッ!」
 追い討ちをかけるようにして、加奈ちゃんは剣を振るった。しかし、それは当たるどころか娯奇舞狸の持つ二つの刃物によって防がれてしまう。
「グギャギャギャッ!」
 パキン、と軽い音が響く。ロングソードが真っ二つにへし折られる音だった。
「あっ」
 加奈ちゃんの何が起きたのか理解できていない顔が見える。次に起こる惨事が想像できた。
「おぉぉぉぉぉっ!」
 俺は突っ込む。剣の使い方なんてまったく分からないずぶの素人だ。できることはただ特攻するだけしかない。なら、それをやるしかないのだ。
「ば、馬鹿っ! 無謀だっ!」
 無謀でも今、自分に出来ることはこれしかない。無論、倒すことは考えていない。ただ、彼女の窮地を救うことができればそれでいいのだ。結果、俺が間合いの間に入るような形で加奈ちゃんから娯奇舞狸を引き離すことができた。
「お前、怖くねぇーのかよ」
「怖い。ものすごく怖い。でも、ここで逃げたら自分の中にある何かが終わってしまいそうで、そっちの方がもっと怖い」
「ケッ、なーにませたこと言っているんだか」
「俺だって言ってて恥ずかしいんだからな」
「はいはい」
 こんなアホなやりとりを敵の前の前ですることができるなんて思ってもみなかった。俺は知らぬ間に成長していたのだろうか。
「グギャギャギャギャっ!」
 敵が襲い掛かってくる。怖い。今すぐに逃げ出したい。それを押し殺す。逃げたら死ぬ。こいつにやられるからじゃない。二度と浮上できないほど人間として落ちぶれてしまう。そうなったらもう俺はおしまいだ。ここがギリギリの踏ん張りどころ、これ以上後ろに下がれない。下がっちゃダメだ。やるしかない。やるんだ。あの時と同じように、全部の怒りを切っ先に乗せてやるしかない。この化け物はきっと俺自身のうちにある全てに対する恐怖心だ。これを倒せば全てが変わる。前の俺ではなくて、新しい俺自身になれるのだ。
「はぁぁぁぁぁぁッ!」
 俺は今まで全ての怒りを、そしてこれからの希望を剣の切っ先にのせて、下段から上段へと振り上げるようにして突きを敵の首へと放った!



「四十七、四十八、四十九、五十っ! はい、これが雄二君の報酬っ! すごいよぉー、雄二君! 大型ガイチュウを退治することができるなんてっ!」
 どん、と目の前にある応接用のテーブルに札束が置かれた。無事に事務所に帰ってきたのにもかかわらず、まだ俺は信じられなかった。なんであんなとんでもないことをやれたのだろうか、と今になってわなわなと手足が恐怖で震えてくる。
「けっ! あんなのまぐれに決まってるぜ! あたしは認めないからなっ!」
「加奈ちゃん、運も実力のうちだって言うじゃない」
「けっ! 二度とあんな方法が通用するかってんだ。あたしが与えたダメージがなけりゃ、てめぇーは今頃、ガイチュウの餌になってんだからよ」
「はいはい、喧嘩はよしましょう、ねっ? 今は雄二君の初駆除を祝してパーと騒ぎましょうっ!」
 ころころと嬉しそうに美和子さんは笑う。
「ふんっ!」
 それとは対照的に不満そうに加奈ちゃんはそっぽ向く。そんな彼女を見ていて、俺は気になったことが一つあり、聞くことにした。
「ところで、どっちが本当の君なんだい?」
「さぁーなっ! あたしだってどっちがどっちなのかよぉーく分かってねぇーんだよ」
「じゃあ、俺が治してやろうか?」
「あっ、てめぇ! 自分が調子いいからってそういうことを言いやがってッ! ぶっ殺してやるっ!」
「もうっ! 二人とも喧嘩はダメだって言ってるでしょッ!」
 バン、と思いっきり美和子さんはテーブルを叩いた。びっくりした俺たち二人は言葉が出なくなってしまう。
「あっ、そうそう。雄二君、あとこれねぇ。追加報酬だから」
 どん、応接用のテーブルの上に再び札束が一束置かれた。
「これは、なんですか?」
 恐る恐る俺は聞いた。
「なんだかよく分からないんだけど、あのガイチュウの死骸をね研究素材として買取たいというお話があったから、美和子はいいよって返事したの。そしたらねぇー、貰えたの。五十万円」
 金銭感覚が狂いそうになる。なんでこうもほいほいと諭吉さんが飛び交うのだろうか。野口英世が懐かしい、と思いつつも俺は「では、遠慮なくいただきます」と言って両方の報酬、合わせて百万円を受け取ることにした。これで間違いなく借金を返済することができる。さらには遊ぶこともできる。俺の心はウハウハだった。
「さぁ、面倒なことも終わったことだし、パーティパーティ!」
「パーティするにはいいんだがよ、料理とかはでねぇーのか? でねぇーとパーティとは呼べないんじゃないのか?」
「うふふ、だいじょーぶ。美和子に抜かりはないよぉー」
 そう言って、嬉しそうに美和子さんが笑った時、音もなく事務所の出入り口のドアが開いた。すらりと背の高い、モデルのような凛々しい顔立ちの男性が入ってくる。
「あっ、ダーリンっ!」
「だ、ダーリン?」
 俺の鸚鵡返しに反応することもなく、美和子さんはダーリンと呼ばれた男に近くへと楽しそうに駆け寄っていく。
「なぁ、美和子。こんなものしか買ってこれなかったが大丈夫か?」
 ダーリンという男は両手に持ったビニール袋を掲げて、美和子さんに尋ねていた。
「うんうん、全然バッチリだよ。ありがとう、ダーリン!」
 ちゅっ、という音が聞こえてきそうなキスを美和子さんは男の頬にした。
「ど、どういうこと……?」
「おい、美和子。その男、どこのどいつなんだよ?」
「あれ? 紹介してなかったっけ?」
「聞いてねぇー」
「そっか。じゃあ、二人とも紹介するねぇっ! この方は美和子の未来のダーリン、婚約者なの!」
「あっ、うちの嫁がいつもお世話になっています」
 ぺこりと男は頭を下げた。それを見た俺は、「あははははは」と乾いた笑い声を上げるしかなかった。俺は遊ばれていたのだ。色々な意味できっと遊ばれていたに違いない。今すぐ美和子さんに「あのキスは一体なんだったんだよ!」と聞きたい衝動に駆られたが、しかし勝手に始められたパーティのようなただの食事会に邪魔をされて、結局のところ言い出せずに終わった。
 俺は自暴自棄になり、もはや誰にも飲ませない勢いでコーラ類を一人占めし、がぼがぼと飲み干していく。気持ち悪くなってもコーラだけを飲み、美和子さんやらダーリンやらから進められるピザやら何やらを全て断り、俺は死ぬ勢いでコーラを飲んだ。だが、そんなことで人間が死ねるわけもなく、肝臓類に軽いダメージを与えるだけに止まった。そして、気がつけば俺は事務所を出ていて、借金した闇金融の事務所へと向かい、五十万と利子の二十万円を支払って借金を返済した。残った金の三十万円は全てギャンブルではなく、一軒のラブホテルの全室を借り出す資金にあて、世のカップルたちを困らせてやろうと思ったものの、結局のところ半分程度しか借りることができずに、俺はラブホテルの一番高い部屋の隅っこで一夜を過ごした。
 そして、その翌日、自宅に戻るのも馬鹿らしくなった俺は残った残金でそのラブホテル特性のローションを何本か買い込み、大学にいるアホなカップルたちにかける決意をして向かったものの、出来ず、教師に見つかり今まで何をしていたのかなどを含めたお説教を約七時間ほど受け、これからは大学に来るという宣誓書を書いてから解放された。
 翌日、部屋を掃除し、溜まりに溜まったゴミを捨て、それから俺は大学へと向かうことにした。

                                    終わり

 読んでしまわれた? びっくり仰天、驚天動地というやつでありますよ。
 うふふ、どうでした? やられたでしょう? 
 えっ 何がって? 
 目です、目。
 私もやられました。
 あ、当方としましては目薬代などを請求されてもお支払いすることは出来ませんので、あしからず。
 こちらも読み返すときに目が痛くなったのですから、痛み分けですよ。
 あっ、お客さん。もしかして、こいつ何を言ってやがるんだとか思いましたでしょう?
 大丈夫、私自身も何がなんだか訳が分からない状態で、今、文章を打っていますから。大丈夫です、あなたは正常ですよ。
 さて、本題。
 色々と適当です。以上。
 感想などありましたら、適当にゲロっていってください。
 ではではでは。
 また、いつか。
 うひひ。

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