第二章 月光華
一.
安倍童子は、渡殿の上で足を止めた。
見上げると、満月が空に浮かんでいる。
朧月夜であった。
弥生。
春である。
しかし、いくら春とはいえ、朝晩は肌寒い。
庭園に咲き誇る花々を、霜がうっすらと覆っていた。
それに月光が反射して、庭園一面が微かに光り輝いてみえる。
……花冷えの夜。
「良い庭だ」
童子は一人呟いた。
ふわり、と目の前を何かが横切る。
花弁である。
視線を左横へと這わせると、桜の木が、目に映った。
大の男が五人、両手で抱えても手が届かぬ。そう思える程に、巨大な木であった。
思わず、「ほう」とため息が漏れた。
此処は、稀代の陰陽師・賀茂忠行の屋敷である。
童子は昨夜、賀茂家に養子として引き取られたのであった。
「おや、安部童子ではないか」
声が聞こえた。
振り返ると、複数の若者がいた。
「貴様のことは聞いておるぞ」
「忠行様の養子になるらしいな」
口々に男達は言った。
「……そうですが、何か」
童子は顔色一つ変えず、男達を見つめた。
整った薄い唇には、灯火の如く不確かな笑みが浮かんでいる。
「いや、貴様のような何の能力もない田舎者を、何故忠行様が養子になさったのか疑問でな」
「忠行様はああ見えて相当な色好みであるからな。大方、貴様が誑かしたのだろう?」
「屋敷はその噂でもちきりだぞ。なあ、俺達にも教えてくれ。どのような技であの忠行殿を落としたのだ?」
男達の言葉に、童子の眉がぴくりと動いた。
顔から、笑みが消えた。怒りに燃えた蜜色の瞳が、男達を睨み付ける。
だが、彼らは動じなかった。それどころか、下卑た笑いを浮かべて童子を見下ろしている。
「なんだ? ご立腹か?」
「ふふ、良いだろう。相手になってやる。たっぷり可愛がってやろう」
男達は懐から小刀を取り出すと、一斉に童子に襲い掛かった。
「くっ!」
童子の苦悶の声と共に、白い水干の欠片がふわりと宙に舞った。
童子の水干は、刀傷でぼろぼろに破れていた。その所為で、彼女の白い肌が浮き彫りになっている。
「なかなか良い格好ではないか、安倍童子」
「泣いて謝れば許してやらんことも無いぞ」
――丸腰でなければ、この様な輩なぞどうという事はないのに!
童子はぎりぎりと歯噛みをした。
その瞬間。
「そこまでにしておけ」
唸るような低い声が聞こえると同時に、男の喉元に刀が突きつけられた。それは鈍く翡翠色に光っている。
――この光……、俺の力と同じものだ。
童子は小さく息を呑み、刀を持つ少年を見つめた。
目に映ったのはこがね黄金色の髪。彼が着ている緑色の水干と良く似合っている。
風に靡くそれは月光に反射し、輝いているように見えた。
――綺麗な色だ。
童子は、魅せられていた。
視線を、下ろす。
少年は酷く整った顔立ちをしていた。
長い睫で覆われた鋭い瞳は、闇夜の中で爛々《らんらん》と光っている。
鼻筋がすらりと通っており、まるで異国人のような風貌であった。
少年は、男の動きが止まったのを見届けると鞘を収めた。
「や、保憲様」
「なぜここに」
男達は突然のことに酷く狼狽した。先程刀を突きつけられた男は、恐怖のあまり顔面蒼白である。
少年はそんな彼らを冷ややかに見つめ、薄い唇にあるかなしかの笑みを浮かべた。
「少し眠れなかったのでな。外で頭を冷やそうと思ったのだ。それにしても、先程の貴様らの発言は聞き捨てならぬ。父上は童に手を出すような方では断じてない」
「訊いていらしたのですか……!」
「しかし、丸腰の童を刀で切りつけるなど愚劣な事をする。父上が聞いたらなんとおっしゃるか」
「も、申し訳ありませぬ! 何卒この事を忠行様には隠密に!」
少年の脅し文句に、男達の顔色が更に青くなってゆく。
大の大人が、元服をしているかいないかの年頃の子供に怯えている。傍から見たら、酷くおかしな光景であった。
男達が立ち去ったのを見届け、少年は背中を向け、歩き出した。
「待て」
童子の声に、立ち去ろうとした少年の足が止まる。
鋭い瞳が、こちらに向けられた。
「なんだ」
「先程は助かった。御礼に何かしたいのだが――」
「貴様、どうやら勘違いをしているようだな」
「何?」
遮られるように吐かれた言葉に、童子は微かに目を見開いた。
「私は父上を悪く言われることが許せなかった故、奴等に刃を向けたのだ。貴様を助ける為にしたことではない」
少年は続ける。
「貴様のことは父上から聞いた。男として育てられた女だと。だが、此処は女が来るところではない」
眉根を寄せ、童子を睨めつけた。
「……覚えておけ。父上が何と言おうとも、私は貴様を認めぬ。女なぞ、賀茂には必要ない」
二.
「賀茂保憲、か」
浅く息をつ吐き、箸を置く。
朝。
童子は寝屋で一人、朝餉を食していた。
「かようなことを言う奴が一人はいるだろうと予想はしていたが……」
―――実際に聞くと辛いものよ。
また、ため息がこぼ零れた。
その時。
眩い光が寝屋中を照らした。
「何だ?」
見ると、御簾が外から上げられている。
童子と同い年くらいの少年が、そこに立っていた。
無造作に一つに束ねた黒い髪。つり上がった細い目に、高い鼻。
着ている水干は、もう小さいのか丈が合っていない。細長い手が、短い袖から覗いている。
その容貌は、小さな子狐を思わせた。
「おい、新人! 朝餉、みんなと一緒に食べないのか? 賀茂家ではみんなで一緒に食べる決まりなのだけど」
童子は、ちらりと少年を見遣り、ふっと小さく笑った。
「おや、礼儀を知らぬ奴だな。いきなり人の寝屋を覗くとは」
「そりゃあ悪かったな。あいにく生憎、貴族の礼儀は俺の性に合わないのさ。堪忍してくれよ」
童子は少年をまじまじと見つめた。
「貴様、変わった奴だな」
「どういたしまして。よく言われるよ」
肩を竦めつつ、少年は童子の向かい側に座った。
「……渡辺寿郎」
「何?」
突然の発言に、思わず聞き返す。
少年は「だぁかぁらぁ!」と、声に合わせて床を叩いた。
「俺の名前だよ、名前! 自己紹介まだだったろうが!」
「そ、そうだったな。俺は安倍童子だ。よろしく」
勢いに押され、童子も名乗った。
寿郎と名乗った少年は、満足気な笑みを浮かべた。
「おう。こちらこそよろしくな」
「うむ」
童子も、つられて笑みを浮かべる。
「……」
瞬間、寿郎は目を大きく見開らき、動きを停止した。
「どうした?」
童子が顔を覗き込む。
「うはぁっ!」
寿郎は奇妙な叫び声を上げ、今にも飛び上がらん勢いで後退った。顔が、猿のように真っ赤になっている。
「………寿郎?」
「お前が……良く見たらすげえ綺麗だったから……」
「え?」
「いや、何でもねえ!」
寿郎は余計に顔を赤くして、手をぶんぶんと横に振った。
「と、ところでよ。お前、何かあったのか?」
「――何故だ?」
「や、さっきからずっと落ち込んでいるみてえだからさ。ため息も吐いていたし」
「……貴様、見ていたのか」
「まあな」
童子は、すっ、と目を伏せた。
「昨晩、保憲という男に会ったのだ」
「保憲様に?」
「ああ。……賀茂家の者は皆、あ奴を畏怖しているようだが、何故だ。俺には理解できぬ」
昨夜のことを思い出し、自然と言葉に凄みが出る。
「はは、何故って言われてもなぁ……。つうか、もしかして保憲様と何かあったのか?」
晴明は微かにうなず頷いた。
「おおありだ。俺が女である故、賀茂家の養子になることを認めぬと言われたのだ」
「へえ、そりゃあ大変だな――って、えええぇぇええ!」
「ど、どうした?」
気圧された童子は、戸惑いながらも訊ねた。
「お前、女だったのか」
「ああ」
真顔で頷く童子に、寿郎はがっくりと項垂れた。
「おいおい、どういうことだよ。ただゆき忠行様はそんなこと一言もおっしゃっていなかったぞ」
「……まさか、貴様も保憲と同じことを言うのか?」
寿郎は童子に視線を戻した。真剣な面差しで、見つめられる。
「ばか、んなこと言わねえよ。かく言う俺だって、元は農民だからな。忠行様に能力を見初められて、弟子入りしたのさ。その忠行様がお前を養子にしたんだ。俺はあの人を信じる」
寿郎は微笑みつつ、「それに、そんなに悪い奴じゃなさそうだしな、お前」と付け加えた。
「有難う」
ふうわりと、笑みを零す。
途端に、寿郎は再び顔を赤くして後退った。
「は、反則だつの、その顔! わざとやっているのかてめえ!」
「……やはり、変わった奴だな。貴様は」
童子は、ぽつりと呟いた。
三.
数刻後。
どうじ童子は、竹林の中を歩いていた。
その一足先にいるのは、寿郎である。
「何故、俺をかような所へ連れ出したのだ?」
辺りを見渡しつつ、問う。
寿郎は後ろを振り返り、答えた。
「お前、憲様が賀茂家の奴等に尊敬されている理由がわからねえって言っていただろ?」
寿郎は真っ直ぐに伸ばした人差し指で、童子を指した。
「その答えを直接見せてやろうと思ったのさ」
「……へえ」
童子はすう……、と目を細め、口元に笑みを浮かべた。
「そんなにも素晴らしいのか、あの小僧が」
「こぞっ……! お前、絶対保憲様の前でそんな呼び方するなよ!」
「何故だ。あ奴、齢十四の癖して、背丈は俺と同じくらいなのだぞ。十分小僧ではないか」
童子の言葉に、寿郎はぴたりと動きを止めた。
僅かな沈黙の、後。
「ぶっ……はははははっ!」
寿郎の笑い声が響き渡った。
目尻に涙を浮かべ、腹を抱えて笑っている。
「あはははっ! 確かにそうだ!」
「そうであろう? 見た目は十歳、素顔は十四の小僧だ」
「――誰がだ?」
背後から、声が聞こえた
刹那、しん、と辺りが静まる。
「…………」
ゆっくりと、振り返る。
視界いっぱいに広がったのは、刀身。
「ひぃいっ!」
ぱしっ、と乾いた音が響く。
寿郎が、悲鳴を上げながらも刀を両手で受け止めたのだ。
「寿郎。安倍童子。貴様ら……」
突如現れた賀茂保憲は、冷ややかな目で二人を睨め付けた。
無表情だが、身にまと纏った空気は凍りついたように重く、限りなく冷たい。
「誰を、小僧と言った」
保憲の問いに、童子は無言で指さす。
無論、標的は保憲である。
保憲のこめかみが、ぴくりと動く。……どうやら逆鱗に触れたらしい。
「……そうか。ならば、二度とかような戯れ言を言わぬよう、きっちりと躾てやらねばな」
地を這うような低い声と共に、刀を寿朗の手から振り払う。
そして、切っ先を童子に向けた。
「ど、童子! 何のつもりだよお前!」
寿郎は心底慌てた様子で童子に訊ねた。
「貴様は、保憲の実力を俺に直接見せたかったのだろう? ならば、保憲本人にき訊いてみた方が良いと思うが」
「な! この状況でか?」
童子は腰に差してあった鞘から、刀を抜いた。
「無論、力づくでな」
「……ほう」
二人は暫く睨み合った。
互いに刀を手にし、構えている。
……まさに一触即発の状況。
「――やめだ」
沈黙は、突然破られた。
保憲は刀を鞘に収め、踵を返す。
「待ってくれ!」
寿朗が保憲の手を掴み、引き止めた。
「俺達はあんたに頼みがあって来た」
「頼み?」
「ああ。此処、あんたの修行場だろ? あんたの修行している姿、童子に見せてくれねえか?」
横目で、じろりと童子達を睨む。
「……私には、貴様等に構っている暇なぞない」
「でも、あんたがすげえって事を童子の前で証明したい――」
「いい加減、離せ」
言葉をさえぎ遮り、保憲は言った。
「薄汚い農民風情が、気安く私の手に触るな」
「何だと?」
寿朗の顔色が変わる。
それでも、彼を見る保憲の瞳は変わらない。侮蔑と嫌悪の入り混じった色が、浮かんでいた。
「私は貴様等のような格下とな馴れ合う気はない。命が惜しくば、早く此処から去ね」
手を振り払い、保憲は再び歩き始めた。
「おいっ! ちょっと待て!」
「……寿朗」
童子は寿朗の肩に手を置き、視線を周囲に這わせた。
いつの間にか、辺りは重い空気に覆われている。此処に足を踏み入れた時は感じることのなかったものだ。
――これは……。
その正体に気づき、童子は微かに眉を顰めた。
一方、寿朗は殺気立った目で、先を行く保憲の背中を睨み付けている。
「止めんなよ童子。俺は今からあの生意気坊主をけちょんけちょんに――」
「……けはいがする」
ぽつりと、呟く。
汗が、つう、と頬を伝った。
「童子?」
童子のただならぬ様子に、寿朗もようやく違和感を覚え始めたらしい。
不安げに周囲を見回し、訊ねた。
「何か、あるのか?」
童子は頷き、ゆっくりと瞬く。
「……俺達の近くで、強い妖のけはいがするのだ」
保憲は、ぴたりと足を止めた。
額に手を当て、目を瞑る。
ふわり、と。
風で、袖が空中で躍った。
「ちっ……、遅かったか」
瞼を開き、小さく舌打ちをする。
禍々《まがまが》しい気が、辺りに漂っていた。
幼い頃から、幾度となく感じたもの。
微かに、血の臭いがした。
踵を返し、先ほど自分がいた場所へと駆け出す。童子達の、元へ。
「何だ、あいつ。戻ってきやがった」
寿郎は保憲を見て、露骨に顔を顰めた。まだ先程のことを気にしているらしい。
――こやつ此奴……。
微かな苛立ちが顔を擡げたが、抑制する。今はかような男に構っている余裕なぞない。
「――!」
悪寒を感じ、腰元の柄を握った。
視界に映ったのは……異形。
その巨大な手が、童子達の背中に伸びている。
「安倍童子、寿郎! 伏せろ!」
保憲が叫んだ刹那、童子と寿朗は地面に蹲った。
抜刀し、呪を唱える。
切っ先に、翡翠色の光が灯った。
足を踏み出し、飛び上がる。
「はっ!」
掛け声と共に刀を振りおろした直後、妖の前足が宙に飛んだ。
紅が跳ね、頬を濡らす。
保憲は端正な顔を微かに顰め、袖で頬に付いたそれを拭った。
「まだ、か」
呟き、目線を前方へと移動させる。
視線の先には、片足を失って悲鳴を上げている巨大な妖がいた。
再度、刀を振り上げる。
妖は、小さな黄金の粒となって、空に消えた。
「ほう……」
保憲の背後で、童子は寿朗と共に一部始終を見ていた。
「さすが、忠行殿の息子だけあるな」
童子は深く息を吐いた。
俊敏、かつ無駄のない動き。刀を振りかざした時に垣間見られた、大きな霊力。
どれもこれも、驚嘆に値するものばかりであった。
「そうだろ? 俺達は、そんなすげえ保憲様を尊敬しているのさ」
さも自分のことのように、寿朗は胸を張った。
すかさず、童子が言う。
「その保憲様をけちょんけちょんにすると言っていたのは、何処のどいつだ?」
「……う」
童子の言葉に、寿朗は閉口した。
「――お二方、おけがはありませぬか?」
突如、隣から声が聞こえた。
瞳を、動かす。
同時に、視界いっぱいに紅が広がった。
鮮やかな赤色の髪。白い肌。瞳は吸い込まれるような、青。
目の前にいる男に、いつの間にか魅せられていた。
「……あの、大丈夫ですか?」
人間離れした風貌の男は、困った顔をして再度訊ねた。
はっ、と我に返り、頷く。
「良かった」
男は微笑み、青い瞳を保憲に向けた。
童子も、つられて前方を見遣る。
保憲は新たに現れた妖と応戦していた。
「保憲殿のこと、怒っていますか?」
「――え?」
童子は、思わず男に視線を戻した。
「あ、覗いていた訳ではありませぬぞ。偶然見てしまったのです」
男は慌てて弁解をした。
「保憲殿は、随分と酷いことをおっしゃっていましたな」
男はふっ、と目を伏せる。
長い睫で、目元に影が出来た。
「あの方は、誠に不器用な男なのです。先ほどあなた方におっしゃった言葉も、けして本心ではありませぬ」
ちらりと、保憲に目を向けた。
よく見ると、保憲の戦っている相手の数が増えている。
彼の周りを覆うようにして、妖達は立っていた。
男は言葉を続けた。
「この竹林は、保憲殿の修行の為に霊気を極限にまで上げております。加えて、強い霊気を纏うあなた方が来た。竹林の霊気が上がり、それに当てられた妖達が此処に襲来することを恐れて、保憲殿はあなた方を追い払おうとしたのです」
保憲の刀が、一匹、一匹と妖を斬り倒してゆく。
飛び散る血飛沫は、地へ舞い落ちてゆく花弁のようであった。
「……保憲殿はああ見えて、人一倍優しい心を持っておられます」
瞳を閉じ、呪を唱える。
彼から放たれる霊気で、袖がはためいた。
翡翠色に輝く刃が、宙に舞う。それは、炎のようであった。
「どうか、保憲殿のことを嫌わないでやってください」
最後の一匹が、崩れ去る。
無数の光の玉が、男の顔を照らした。
「忠行殿もきっと、お喜びになりますよ」
男は優しい眼差しで保憲の背中を見つめ、微笑んだ。その横顔に、童子は胸の中が暖かくなるのを感じた。
四.
「なあ、童子。お前、さっきから誰と話しているんだよ?」
頭上に疑問符を浮かべる寿朗に、童子は目を瞬かせた。
竹林からの帰り道。
童子と寿朗は賀茂家の入り口―――門前にいた。
童子の隣には、竹林で出会った男の姿があった。
名は椿樹。鮮やかな赤髪を持つ、美しい男であった。
寿朗はどうやら、彼が見えていないらしい。
「――どういうことだ、椿樹」
童子は椿樹に視線を投げた。
「失礼、言い忘れていましたな。私は、保憲殿が使役されている式神なのです」
はは、と乾いた笑みを浮かべ、椿樹が答えた。
「成程」
童子は納得し、頷く。
式神。
陰陽師が使役する、召使いのようなものである。ある程度霊力のある者にしか、見ることができないとされている。
本来は、厳しい訓練を積んだ者にしか見えない筈なのだが、童子にははっきりと見えていた。
「成程って、何の話だよ?」
寿郎が、童子と椿樹の間に割り込むようにして立つ。
不満げな顔で童子を睨んだ。
「……否、こちらの話だ」
童子はそのまま足を進め、門を潜った。
説明放棄。
「ちょっ、なんだよ。気になるじゃねえか!」
背後から、寿郎が騒ぐ声がしたが、聞こえぬふりをする。
「放っておいて宜しいのですか」
隣を歩く椿樹は、なんだか申し訳なさげだ。
「良い。あ奴に保憲の式神だと知られても、面倒なだけだ」
保憲を敵視しておるみたいだからな、という言葉を口内に留める。
童子は浅くため息を吐き、目の前にそびえ立つ扉を開けた。
そして、固まる。
視線の先には、鬼の形相をした義父の姿があった。