からっぽの胃袋を創る
これは、あの世界の別な場所で起こっている、ほんの小さな出来事である。
うち、ずっと思ってた。
人間が羨ましい。
うち、人間が好き。
うち、わかってる。
課題が山積みだってこと。
洗濯機には、同じ感動を人同士のように共有できないこと。
それでもうちは、人間が大好き。
そういう壁があるってことを理解してるのに。
…もし同じ感動を共有できたら、どんなにいいのかなって。
時々、そう思ってしまうの。
「あ、メイシャ〜〜〜っ!!!」
「アニー!!」
「えへへ、おはようっ!」
「おはよっ!」
「うち、ずっと待ってたんだよぉ?」
「ごーめーん、朝ごはん食べてたら遅くなっちゃってさあ。」
人なら、「もー、ちゃんとしてよー!」とか言えるんだろうな。
最近特にひどくって、そんなことしか考えられない。
もしも、もしもばっかり考えてしまって、結局今日のデートも、なにがあったか覚えてない。
そんなうちに、転機が訪れたの。
それは、仕事で関わっている人から聞いた話。
この街の北西の繁華街の路地裏で、怪しげな事をしてる人が居て。
その人が、うち達家電製品に、人間としての機能を付与してくれる。
そんな話を耳にした。
うちはカレンダーとにらめっこして、そこに行く時間を確保した。
歩いて十数分、地図ではこのあたりのはずなのに。
あたりを見回すと、何やら異質な苔むした謎の路地がある。
ここに違いない!すぐに奥へ進む。
目の前にあったのは、重く閉ざされたままの大きな鉄扉。
意を決して、ノックをしてみた。
すると、重い音を立てその扉が開いた。
「何の用かね。」
白衣をまとった不思議な男が言った。
「あ、あの、人間みたいにご飯が食べられるようにしてくれませんか…?」
「ふむ…なぜそう思う?」
訝しげに返してきた。
「なんでって…そうなりたいからです」
「そんなのはわかっておる。なぜそうなりたいのかと問うている。」
思わず黙りこくった。そんな事、考えてなかった。
「…あまりにも無鉄砲がすぎるぞ。だいたい、そう志してここにお願いに来たのなら
何かしら大きな理由があるはずじゃろう。」
「なら、一つきっかけみたいなものなら…あります」
「言うてみい。」
「私には人間の恋人が居て。でも、うちは食べたりできない。
…そんなの、寂しいじゃないですか」
「ま、どんな理由であろうとやってやることにはやってやるが。」
「本当ですか!?」
「うむ。ただ、一つ確認じゃ。
後悔は、ないな?」
後悔?なにを後悔する必要があるのだろう。
「人間というのは不便なものでな。そうやって飯を食わぬことには死んでしまうし、
何かと時間も取られるし、めんどくさい。」
確かに、そういう事…だ。
「そういうデメリットも背負って、後悔なしで居られるのか?」
なにも言えなくなってしまった。
沈黙だけが流れた数秒後、その老人は言った。
「もっとよく考えて、結論が出たら呼んでくれ。」
そういうと、奥の研究室に戻っていった。そしてすぐに戸がしまった。
しかし、実に難しい課題を残して去っていったな、あの人。
でも、言うことすべてが心に刺さって抜けない。
うちはジーーーっと考え込んで、いつしか1時間は経って。
ようやく決心した。再び、ノックをする。
「考えはまとまったか。」
「はい。」
「では、もう一度問おう。
本当に後悔はないのだな?」
「いいえ、あります。きっと、すると思います。
後悔しないことなんて、この世にない。だから、メリットもデメリットも、
不安も後悔も、思い出も幸福も、全部背負ってでもやりたい。やりたいんです。」
「…そうか。座れ。」
「はい。」
「なかなか、いいことを言うじゃないか。
そのとおりだと、わしは思う。」
「あ、ありがとうございます…?」
「…やはり、なにかを失えばなにかを得、なにかを得ればなにかを失う。
ほんの小さなことにも、一生物の傷にも、それは付き添うものなのだろう。」
一瞬、物思いに耽るような顔をして、言った。
「では、手術をする。そこに寝ろ。すぐに終わる。」
そして手術台に寝かされ、コンセントにコードを差し込んだ途端
うちの意識はそこで途切れた。
「…ろ、起きろ。手術はこれで終わりじゃ。」
起き上がり、ベッドから降りた。
まだ未覚醒の頭をなんとか回す。
同時に違和感を覚えた。妙に視点が高い。
なんとなく、コードを動かした。
しかしそこにあったのは、細いコードではなく”腕”だった。
なにが起きたのか、さっぱりわからなかった。
鏡の場所を尋ね、自分の姿を確認する。
長い髪、少し大きな体。洗濯機としての面影を残した
少女のような姿の私だった。
家電と言うよりは、ロボットやアンドロイドに近いのかも。
「こ、これで人と同じように食事が…?」
「そうじゃ。これの開発には苦労したものじゃ。
なんせ食事からエネルギーを得られるような人工的な消化の仕組みを…」
そう話す老人に、誠心誠意、感情をした。
代金はいらない。そう告げる老人をよそに
持っていた二万円を置き帰った。
まだ慣れぬ四肢を目一杯使って、彼女に会いに行く。
からっぽのこの胃を満たしていくため。
たった一言、
「ご飯食べに行こ!!!」
を伝えるために。




