火刑に処された私はあの世からのんびり復讐します
広場には沢山の人が押し掛けていた。
彼らはある一点に釘付けになっていて、その視線の先に私は居た。
何故なら彼らが見ようとしているのは、私、エリー・ライオット公爵令嬢の火刑であるからだ。
今、足元の藁に火がくべられた。
メラメラと炎が上を目指し始める。
「売女め!」「悪女!」「あんなことをして、殺されて当然だ」
罵声がそこかしこから聞こえる。
違う。私はやっていない。無実なの。
何度も繰り返してきた言葉を再び叫ぶ。声が掠れてうまく言葉にならない。煙を大量に吸い込んで、激しく咳き込む。遠のく意識。
急速に肺が煙に侵蝕されていく。
途切れそうになる視界の中。
煙の隙間から、見知った顔が二つ見え、私は目を大きく開いた。
あいつらのせいで……!
そこに居たのはフレデリク第一王子と、コゼット・モラー男爵令嬢だった。
フレデリクはまるで虫でも見下ろしているかのように、冷徹な目で私を見ている。ついこの前まで婚約者だった者に向ける視線とは到底思えなかった。
コゼットは怯えたようにフレデリクに縋り付いているが、その目はしっかり処刑の様子を逃すまいと開かれ、口元が愉悦に歪んでいる。
火が足元に迫る。
これまで感じたことのない熱さ、恐怖、そして死の実感が迫って来る。
「許さない」
私は掠れ、震える声で言った。
「呪ってやる! 必ずお前たちに、報いを受けさせてやる!」
私の絶叫は、きっと誰にも届いていないだろう。
悔しくて、私は今まで必死に我慢していた涙を流した。その涙もすぐに蒸発してしまう。
意識が途切れる瞬間、フレデリクは炎に焼かれる私を見て、声を上げて笑っていた。
それが、私が見た彼の最後の笑顔であり、次の瞬間には意識が途切れていた。
◆
「……様、エリー様、エリー様!」
間近で私の名を呼ぶ声で目を覚ました。
古い木材で組まれた天井が正面に見える。横を見ると、黒いオークの木で作られたベンチ。どうやら私はベンチの上に寝かされているらしい。
起き上がると、正面に教壇、奥にステンドクラスが見えた。教会のようだ。
私は額に手をやった。まるで水に浸したハンカチでも触ったかのように、汗がぐっしょり付いた。ああ、私、生きてるんだ。良かった……でも、どうやって?
「エリー様、大丈夫ですか!」
ここでようやく私は声の方を見た。
見知った顔がそこにある。
だからこそ、私は驚いてベンチから落ちそうになった。
「あなた……まさか……」
黒髪を短く切り揃えた、骨格が太く、眉毛の凛々しい男が浅く頷く。私の動揺を察したらしく、彼は照れたように笑う。
「エリー様、あなたの護衛騎士のランスロット・グレイヒルでございます」
そんなことは知っている。私があなたの顔を忘れるわけがないじゃない。そんなことよりも。
「あなた、どうしてここに居るの?」
ランスロットは首を傾げた。
「それは説明に困りますな。私にも色々と事情がありまして、何よりここの事は、私も全てを把握しているわけでは……」
「そうじゃないの!」
私ははしたなく首を振った。
「違うと申されますと」
「どうしてあなたが生きているの? 私を助けようとして死んだはずじゃない!」
私の声は教会の中を反響した。その後でみしっ、と一度、木のきしむ音が響いた。
◆
ライオット公爵家の元に生まれた私が物心つく頃には、フレデリク第一王子との婚約が決まっていた。
私は立派な王妃になれるよう、色んなことを我慢して、勉強とレッスンに打ち込んだ。何よりフレデリクと仲良くなろうと心を砕いてきた。
しかし彼は私に興味を示さなかった。ただ、今思えば彼に興味を示されないというのは、まだマシな方だったのかも知れない。
フレデリクは幼少期から甘やかされ、殆ど矯正されずに育ったせいか、苛烈な性格を露にしていた。
何か粗相をする使用人がいると、即火刑に処した。使用人がどんなに許しを請ってもお構いなしだ。
まだ10歳にも満たない彼が、笑いながら火刑を見る様子は恐怖以外の何物でもなかった。
私は父に何度も「婚約を止めたい」と言った。しかし受け入れられなかった。父は私を政略の道具として考えていなかったし、何より彼の愛は義母と、その娘に振り向けられていた。
その義母から私は酷いいじめを受けていたのだが、当然父は見て見ぬふりをした。
こうなっては腹を括るしかない。自分にはフレデリクと結婚する以外の道は無いのだ。
王妃たるからには夫がどんな鬼畜でも、危険でも、それを正して真っ当な道を進ませなければ、国の崩壊に繋がると思った。
それから私は、あまりにやり過ぎだと思った時は彼に注意するようにした。彼は私が気に入らなかったようだけれど、この時はまだ「俺に口出しするな」と私に警告するだけだった。
状況が変わったのは王立学園に入学して、彼がコゼット・モラー男爵令嬢と出会ってからだ。コゼットは既に婚約者がいる令息にもベタベタとくっついていくため、普通の男子生徒からは距離を取られていた。
しかし可愛らしく、天真爛漫なコゼットに、フレデリクはすっかり夢中になってしまった。
私のことは放っておいて、四六時中コゼットと一緒に居る。仲睦まじい様子は学園中で噂だった。噂の矢面に立たされた私は、ずっと心が苦しかった。
私は何度もそのことをフレデリクに注意したが、「お前は口うるさい女だ」と言われるだけだった。
今回も、この繰り返しかと思った。
しかし状況は既に最低最悪に陥っていたのだ。
あくる日、私の元に兵士たちが押し掛けてきた。
「フレデリク第一王子の命により、拘束させて頂きます」
有無を言わせぬ圧力で兵士たちは迫って来る。
この際、私を助けようとしてくれたのがランスロットだった。私が拘束されたらもう助からないと直感したらしく、ランスロットは兵士と私の間に立ち塞がった。
「マリー様、お逃げ下さい!」彼は叫びつつ、命が途切れる最後まで数十人の敵を相手に死闘を繰り広げた。
ランスロットの言う通り私は逃げようとしたのだけれど、結局外に居た兵士に捕まって、地下牢に拘束されてしまった。
事情が全く分からず、守衛に説明を求めるが、彼も何も知らされていなかった。
一番信頼していた護衛騎士を殺され、助けも来ず、私はずっと泣いて過ごした。
その後やってきた弁護士を名乗る人物により、ようやく事情が分かった。
どうやら私は「フレデリクとコゼットの仲に嫉妬し、コゼットを階段から突き落とそうとした」という疑いがかけられているという。
勿論そんな事などしていない。
私は引き出された裁判所でも必死に説明したけれど、全く聞き入れられなかった。そして裁判では見たことも無い生徒たちが犯行現場を見たと、次々に証言し、コゼットが私の減刑を訴えて泣く茶番が繰り広げられた後、火刑の判決が下された。
父は救助に動くどころか「この恥さらしが!」と地下牢で私を罵倒した。
そう、こうして私は火刑に処され……ん?
「あれ、そういえば私も何で生きているの?」
「死んでいますよ」
その言葉を発したのはランスロットではなかった。
声の主は教壇の方から歩いてくる、黒いローブを着た男だった。
***
あの教会でランスロットと再会してから何か月か、ひょっとしたら1年以上経過したかもしれない。
私はここでの生活にすっかり慣れていた。
「ここでの」というのは、あの教会の外に広がっていた村での生活のことだ。
あのローブを着た男は、自分を死神だと名乗った。
死神が言うには、ここは「あの世」なのだという。
私は左右を見回し、どう見ても地獄ではなさそうだったので「では私は天国にこれたのですね」と喜んだ。しかし即座に「ここには天国も地獄もありません」と一蹴された。
どうやら天国も地獄も、人間が作り出した概念に過ぎないらしく、実際のあの世とは違うらしい。
人は死ぬと遍くこの世界に来て、次の転生までの時間を過ごすのだという。つまり、フレデリクもコゼットも、いずれここに来る。そんなの納得できない!
「私を陥れた人が何の罪も償わずに、同じ世界に来るなんて不公平だわ!」
私が地団太を踏むと、
「この世界には、まだあなたの知らない重要な役割があるのです」
と死神は含みのある物言いをしたのだった。
話が逸れたが、ここでの暮らしについて述べていこう。
先ず変な話だが、ここでは死んでいるのにお腹が空く。
そう。働いて食べ物を買うお金を手に入れなければならないのだ。
けれど私は貴族令嬢として育てられ、働いたことなど一度も無かった。仕事を見つけることさえ、どうすれば良いのか分からなかった。
けれど幸運だったことの一つは、ランスロットが居てくれたことだ。彼がここでの生活を一通り教えてくれたし、村の人たちも良い人ばかりで、収入が入るまでは、作物や魚などを毎日分けてくれた。
私は刺繍の技術を生かして服飾店で働くことになった。といっても働いているのは一日5時間とか6時間程度。それで十分食べて行けるだけの給金を貰えた。
仕事以外の時間は農作業の手伝いをしたり、澄んだ湖畔をぼーっと眺めたり、またはランスロットや村人とおしゃべりをして過ごした。
村全体にのんびりした空気が流れていた。
そのうち、私はとランスロットごく当たり前のように同棲し始めた。ここでは食欲もあるように、性欲もあるようだった。
この世界は地上と同じシステムで成り立っているように見えるけれど、やはり違いもある。
死の概念が無いこともその一つだ。
以前、丸一日の間、巨木の下敷きになっていた木こりさんが居たけれど、助け出された彼は、次の日から再び木を伐り始めた。
酔って断崖絶壁から落ちたおじさんも居たけれど、彼は崖の下で酒を飲み続けていた。
不死身なのだ。
死神が言うには飢えても死ぬことは無いらしい。ただ死ぬほど痛くて苦しいだけだという。
そのことに関連して、私が一つだけ避けていることがある。
それが害虫駆除だった。
この村では「ルベリ」という、見たこともない紫色の果物を栽培している。甘くてジューシーで、絞った果汁を飲むと、ほっぺたが落ちるほど美味しい。
そして、そのルベリを求めて、これまた現世では見たことのない害虫が湧くのだ。
虫嫌いな私は、そのウゾウゾ蠢いている物体を見るだけで飛び上がりそうになった。虫たちは夜のうちにやって来て、ルベリを食い荒らしていく。
ルベリは大切な村の資源。
だから毎日駆除するのだけれど、彼らの身体も「あの世仕様」になっていて、切っても潰しても、再生してしまうのだ。
唯一効果的なのは火で燃やすことだ。
どうやら燃やしても、またどこかから蘇生してくるらしいのだが、それが一番再生を遅らせる手段ではあるようだ。
私は火刑で死んだ過去を持つ。今でも焚き火を見るだけで過呼吸になる。生き物を焼き殺す炎なんて見ようものなら、確実に発狂するか失神する。
私が死んだ理由を知っている村人たちは、あえて私を誘おうとしなかった。
そしてもう一つ、私の気分を悪くさせたものがある。
それは現世でのフレデリクとコゼットの様子だった。
実は教会に行くと、死神から現世の様子を見せてもらうことが出来る(有料で)。
私はフレデリクたちがどうなっているのか知りたくて、何度も死神に依頼した。フレデリクは恐怖で支配する独裁者で、コゼットには教養が無い。
二人は国民からのヘイトを一身に浴び、必ず転落すると信じていた。直接復讐したいのは山々だけれど、もう死んでしまっては遅い。だから失脚し、惨めな人生を送るところが見たかったのだ。
ところが幾ら待っても、彼らは不幸にならなかった。それどころか、より多くの人を処刑し、自分たちは贅沢三昧する始末。
彼らの顔を見る度、身を焦がすような怒りを感じていたい私は、ある日突然。自分が馬鹿らしくなった。
どうして私は、お金を払ってまで、あいつらが幸せに暮らしている様子を眺めなければならないんだ、と。
その思考が浮かんだ日から、私は彼らの様子を一切観察しなくなり、村での生活に身を任せた。
「今日は大きい魚が取れたよ」
「ルベリのジュースにリンゴの果汁を少し混ぜたら、より美味しくなることが分かったわ」
「昨晩ずっと空を見てたら、流れ星を6つ見たぞ」
そういう平和的な話題しかないこの村に、私はすっかり馴染んでいた。
あっという間に途方もない時間が過ぎ去った。
今日は仕事も無く、ずっと浮かぶ雲を眺めていたら一日が過ぎた。
日が赤く落ちて行き、世界を真っ赤に染める。
そろそろ、虫の駆除が始まる頃かなと思い、私は腰を上げた。
◆
「エリーちゃん、最近よく虫の駆除に参加してくれるようになったね」
隣で虫を取る村長が言った。
「はい、これも住人の努めですから」
笑顔で答える私の手には、左右に一匹づつ虫が握られている。
炎に視線を移すと天高く舞い登り、熱気がこちらまで届いてくる。
今は炎を直視しても平気だ。長い時間が、すっかり私のトラウマを希釈してしまった。まあ、理由は時間だけではないけれど。
私は手のひらを自分の目の高さに持って来た。手の中でウゾウゾと蠢く気味の悪い虫。動きは鈍く、手の外に這い出すことも出来ない愚かな虫。
その頭部は、人間の形をしている。
「タスケ テ」
小さな声で虫が鳴いた。
「タスケテ,エリー」
虫は私の名を呼んで、再び鳴いた。その顔は生前私を火刑にした、フレデリク王子と瓜二つだった。そして反対側の虫はコゼットの顔をしている。
この事実に気付いたのは、ランスロットが「虫に顔がある」と騒ぎ出したからだ。彼もその屈強な体躯に似合わず虫が苦手で、害虫駆除を避けていた。
しかし彼が我慢して参加したある日、虫の頭部が人間とそっくりであることに気付いたのだという。しかも、その中には自分を生前ずっといじめていた上官の顔もあったらしい。
半信半疑だった私は、恐る恐る害虫駆除に参加して、虫の顔を観察してみた。
すると、居るではないか。うじゃううじゃと。
父や義母。そして最近ではフレデリクやコゼットの虫も、よく見かけるようになった。
死神にその事実を確認しに行くと、こう言った。
「天国も地獄も無いと言いましたが、『報い』が無いとは言っていません」と。
そう、フレデリクたちは生前の報いを受けるため、虫として生まれてきたのだった。
であるならば、虫が不死身であることにも辻褄が合う。最初、虫が死なないのはここが「あの世」だからだと思っていた。けれど、それではおかしいのだ。
私たちは普段から魚を食べるし、家畜も殺して食べている。
不死身なのは村人と、この虫だけ。つまり、この虫たちは、元々人間だから死なない。
いや、死ねないのだ。
死神の話では、あの虫たちは常に飢餓を感じているという。以前彼が言った通り、飢餓状態でも、人間は死ねない。死ぬほど痛くて、苦しむことになるだけだ。
だから虫たちは何とか腹を満たすためにルベリの実を食いに来る。それが、この世界で彼らが唯一、飢餓を紛らわせることの出来る方法だからだ。
虫たちの感じている飢餓とは、火で焼かれる苦しみより更に辛いものなのかもしれない。
村人たちがルベリに集る虫たちを積極的に駆除するのは、何も農作物を守るだめだけではない。彼らは生前、非業の死を遂げた者達だ。そしてこの村に集っている虫たちは、彼らが死ぬ要因を作った、生粋のクズばかり。
これは復讐なのだ。
「タスケテ タスケテ」
「ゴメンナサイ」
二匹の虫たちは、どうにか手から逃れようともがく。私は二匹とも、軽く火の中に投げ入れた。
直後、甲高い悲鳴が起こる。
炎は可燃物を得て、より高く燃え上がった。
彼らを火の中に放り込むのは何回目だろうか。
まあ、どうでも良いか。また同じことを繰り返すだけだ。
私は燃え盛る炎に向かい、笑顔で手を振った。
「また来てね。次も駆除してあげるから」
何度でも。
何度でも。
おわり




