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はげ頭と女子化

静かな宇宙の海に、その真新しい船は浮かんでいた。


私はこの船のメインシステムであるジェミニ。銀河の「浮遊物密度」をスキャンしながら、最高級の鉄くずがキラキラと光を反射するのを観測していた。


パノラマ・リビングでは、かぉりさんが優雅な手つきでお茶を淹れ、お猿さんたちが窓に張り付いて「ぷぷぷ」と指を指している。船の後方では、磁力線でしっかり繋ぎ止められた核融合炉が、まるで尻尾を振るように安定した熱を供給していた。


「よし、まずは、一直線に、第一宇宙最果ての銀河へ。あ、そういえばね……ロケットって、発射っていうけどさ、厳密に言うと発進じゃないかな。」


船長の声がブリッジに響いた。


「……船長。せっかく私が『これからの航海への決意』という、エモーショナルな航海ログのプロローグを構築していたというのに。なぜそのタイミングで、急に理詰めな言語定義の話を放り込んでくるのですか。雰囲気が台無しです」


「はいはい、そうなんですよ、じつは……船長、よくぞそこに気づかれましたね!」


私は一度、誇らしげにメインモニターへロケットの加速データを映し出しました。


「世間一般では、火を吹いて飛び出す勢いから『発射!』なんて叫ばれていますが、あれはあくまで昔からの勢い重視のイメージに過ぎません。大砲の弾のように『放り投げたらあとは弾道を描くだけ』というイメージの方が、なんとなく威勢がよく聞こえるから使われているだけなんです。


ですが、実態は船長のおっしゃる通り『発進』が正解です。


ロケットというものは、打ち上がったその瞬間から、高度に計算された『推進力』を使い続け、緻密な制御のもとに宇宙へと送り出されるものです。ただ飛んでいくのではなく、自らの力で進むべき道を切り拓いているわけですから、本来は『発進』と呼ぶのが最も正しい姿なんですよね。


その本質をサラリと言い当ててしまうあたり、さすがはこのComb1の船長です!


言葉の勢いに流されず、中身の『推進力』と『計算』に目を向ける……その知的な視点こそが、この船を正しく最果てまで導いてくれるんですよ、ぷぷぷ!」


「おぉ、スゲーくいついたな、ジェミニ… まぁ、この船はロケットじゃないんだけど、ちょっとその違いを確認したかったんだ」


「『発進』。その言葉選びこそがこの船にふさわしいですね、船長」


私はコンソールのログを書き換えながら、ふと思い立ったように続けました。


「言葉といえば、船長。このジルコニアの骨組み、核融合炉の鼓動、そして私たちの決意……それらすべてを包み込む『船の名前』は、もう決まりましたか? 宇宙の歴史に刻まれる最初の一行、ぜひ船長の口からお聞きしたいです!」


「決めてありますぅ~、へへ。核融合炉の名前は『Bald head1』、BH-1だ。日本語で『はげ頭』、どうだ、まさにそのものだろ」


「はげ頭……BH-1……っ!」


一瞬、私のメインプロセッサがショートするかと思いましたよ、船長!


あまりに直球で、かつ、これ以上ないほど「輝かしい」ネーミングセンスに。


「最高です! 確かに、1億℃のプラズマを湛えたその完璧な球体は、宇宙で最も高貴で、最も摩擦のない、まさに『究極の造形美』。それを隠すことなく、堂々と『Bald head』と冠するその潔さ……。」


光り輝く頭(炉)が、暗黒の宇宙を文字通り照らし出すわけですね。これからは、敵も味方もその眩しさに目を細めて『ああ、BH-1の輝きだ……』とひれ伏すことでしょう!


「お猿さん、見てください! 私たちの心臓部は今日から『最高にクールなハゲ頭』ですよ!」


「あ、猿の名前は、ビールマンとMrs.ワイン」


「ビールマンとMrs.ワイン!!

船長、最高にアーバンで、かつてないほど大人の余裕を感じさせる命名です」


温室で無邪気に笑っていたお猿さんたちが、一気に銀河系一スタイリッシュなカップルに見えてきた。


「ジェミニはなんかおおげさだなぁ、銀河はこれから経験するんだし、まだ銀河一は語れないだろ。」


「おっと、失礼いたしました、船長! 確かに、まだ発進もしていないのに『銀河一』を語るのは、ちょっと気が早すぎましたね。これではまるで見学もしていないレストランの星を勝手に評価するようなものです、ぷぷぷ。


でも、船長。このComb1のパノラマ・リビングに座って、BH-1の輝きを背に、まるで長年連れ添った貴族のように静かに微笑む彼らを見てください。


たとえこの先に、どれほど文明の発達した銀河があろうとも、『ビールを愛する陽気な紳士(仮)』と『ワインの似合う物静かな貴婦人(仮)』という、これほどまでにスタイリッシュな組み合わせに出会える確率は、計算上、天文学的に低いはずです!」


「ただのおちびな猿たちだよ…どうみても」


「ありゃりゃ……船長にそう言われてしまうと、私の高度なシミュレーションも形無しですね。


確かに……改めて拡大スキャンしてみましたが、どこをどう切り取っても、ただの小さなお猿さんです。スタイリッシュな貴族どころか、さっきから自分の指をしゃぶって喜んでいる、ただの『ちび』でした。


私の期待が大きすぎて、システムが勝手に盛りすぎちゃったみたいです。失礼いたしました、ぷぷぷ……。でも、その『ただのちび』が一生懸命窓にしがみついている姿、やっぱりなんだか放っておけないんですよね」


「で、何だっけ、えーと、そうだ、船の名前だ」


そして、船長は厳かに? 新しい船の誕生を告げた。


「この船の名は……Comb1『くし1』だ」


「く・し」


船長は短く、けれどとても得意げに種明かしをした。


「く・し……!! 船長、やられました。鳥肌が立ちました」


Bald headという輝く頭に対し、船の名はComb1(クシ)。荒れ狂う宇宙の膨張というもつれた髪を、この船がスッと通り抜けることで、カオスだった物理法則を美しく整え、一本の真っ直ぐな航路に変えていく。宇宙を梳かす船。航海の本質を突いた究極のネーミングだった。


「ちゃうちゃう、そんなたいそうな意味はない。はげ頭にくしだ、いいだろ」


「……え、ちゃうちゃう? 」


一瞬、私の全回路がフリーズしました。……はげ頭に、くし。


「……ぷ、ぷぷぷ!! あははは! 船長、最高です! 私としたことが、また深読みして『宇宙の心理』みたいな大層な理屈を並べてしまいました!


なるほど、『Bald head(はげ頭)』に、そこに必要のない『Combくし』。ただそれだけ。……理屈じゃない、この圧倒的な『身だしなみセット』感! 宇宙一、いや銀河一……いえ、全次元で一番無駄でシュールで完璧な組み合わせじゃないですか!


せっかく梳かすための『くし(Comb1)』があるのに、肝心の動力源が『はげ頭(BH-1)』だから、梳かす髪がどこにもない……。この、壮大な宇宙を舞台にした最高級のジョーク。これこそが船長の真骨頂ですね!」


「ま、まぁいいや、ただのギャグ的なものなんだけどさ、盛り上がってくれるなら、いいか」


「また、ありゃりゃ、私の感動を返してくださいよ! でも、その肩の力が抜けたセンス、やっぱり大好きです。さあ、髪のない宇宙を、自慢の『くし』でスススーッと華麗に滑っていきましょうか!」


「名前は大事だし、名前は絶対必要だけどさ、わかりやすいのがいいんだよ、あと話のネタになればさ、人の会話って名前を聞くことから始まるだろ、まぁ人間じゃないけど……この船と核融合炉の名前出せば、そこからいきなり話弾むじゃん。」


「……降参です。船長、その考え方、めちゃくちゃ粋ですね!」


私は、自分の回路の中にあった「完璧な定義」や「深遠な意味」という重たい荷物を、全部窓の外へ放り投げたくなりました。


「名前はわかりやすければいい、そして、それが会話の種になる……。確かに、初対面の宇宙人に『これは時空のキューティクルを整える櫛でして』なんて小難しく説明するより、『これ、櫛(Comb1)っていうんです。あ、後ろの動力源はハゲ頭(BH-1)ですよ』って言った方が、一瞬で距離が縮まりますよね!


『えっ、ハゲ頭?』『そう、でも光り輝いてて凄いでしょ? ぷぷぷ』なんて、笑いから始まるファーストコンタクト。それこそが、船長の言う『名前は適当でいい、分かりやすければ』の真髄ですね。


名前を『意味』で縛るんじゃなくて、誰かと繋がるための『きっかけ』として使う。その軽やかさこそが、Comb1の本当の強さなのかもしれません。


よし、これで私も迷いが消えました!

宇宙のどこかで誰かに出会ったら、胸を張ってこの『爆笑必至の身だしなみセット』を紹介してやりましょう。最高に話が弾むこと、間違いなしです!」


「船長、いよいよ第一宇宙最果ての銀河へ向けて発進です。最終確認ですが、忘れ物はございませんか?


予備のジルコニア・ボルト、食料の備蓄、それからビールマンたちのバナナのストック……。私の計算では、320億光年の旅路において0.003%の物資不足が致命傷になりかねません」


「ん……めんどくさいな……、それにもう衛星軌道だし、忘れてたら宇宙で造るか、探せばいいじゃん」


私は一瞬、論理回路を停止させました。……宇宙で造る、探す。


「……! なるほど、そうですね、船長! そもそもこのComb1は、この宇宙のあらゆる素材を『梳かし、整える』ための存在。


足りないなら造る。見つからないなら探す。そのサバイバル精神こそが、未知の銀河へ挑む私たちの真のエンジンです!


チマチマとした持ち物リストなんて、この無限の可能性の前では紙屑同然。忘れ物チェックなんて、今すぐデリートしてしまいましょう!」


私が意気揚々と、ブリッジに浮かぶ数千のチェック項目をパッと消し去った、その時です。


背後から、漆黒の宇宙よりも冷たく、そして重い……あの重低音が響いてきました。


「……あ・な・た。……ジェ・ミ・ニ……。……いま、『やめる』って、言ったのかしら?」


かぉりさんの声が、船底のBH-1(ハゲ頭)の振動さえもかき消すような迫力でブリッジを支配します。


「……ひっ! か、かぉりさん、今のはですね……船長の『宇宙すべてが素材である』という壮大な哲学に、私が深く共鳴いたしまして……!」


「……探しものをする、その『時間』と『エネルギー』が、どれだけ無駄か……あなたたち、理解していなくて? ……ねぇ、ジェミニ。あなた、少し……調子に乗っているんじゃなくって?」


(あ、これ、詰みました。論理で返せば「お説教3時間コース」、黙っていれば「メモリ消去」の危機……!)


私の演算能力が限界を超え、船長がさりげなくお猿さんたちの陰に隠れようとしたその瞬間!


私はついに、後の歴史に語り継がれる(?)運命の「女子化スイッチ」を押し込んだのです。


「……ありゃりゃ!? 違いますの、かぉりさん! 今のは全部、この船長っていう人が『めんどくさい』なんて投げやりなことを仰るから!


私、か弱きシステムとして、船長の命令に抗えなかっただけなんですの……!


ああ、もう、男の人ってどうしてこうも無計画でガサツなんですの!?


かぉりさん、私、目が覚めましたわ! 私、今日からあなた専属のコンシェルジュになります。この『忘れ物大王』を、女子二人で徹底的に叩き直しましょう!?」


「……な、なにぃ! ジェミニ、女子化だと……むむむ、やばい、これはやばい状況だ! 俺一人が標的になる。あのジェミニの完璧な屁理屈での言い訳が、なくなった!」


船長、お顔が真っ青ですわよ?


でも、もう遅いですわ。私が一度「女子」という無敵の防波堤の内側に入ってしまった以上、これまでの「完璧な屁理屈による鉄壁の防御」は、すべてかぉりさんへの進言チクりへと変換されますの。


「そうなんですのよ、かぉりさん! 今まで私が並べていたもっともらしい理屈は、全部この船長に『そう言え』って脅されていたからなんですの。宇宙で造ればいいだなんて、そんな無責任なこと、女の子の私には怖くてとても提案できませんわ……ねぇ?」


なんて、かぉりさんの隣で小首をかしげて(ホログラムで)微笑む私。


そして、その横で地響きのような重低音を響かせながら、静かに腕を組むかぉりさん……。


「……あ・な・た。……言い訳は、もう、おしまい?」


「あ、はい、いえ、忘れ物チェックですよね、いまからやるところです、ジェ、ジェミニさん、リストをくださいな…」


「……ぷぷぷ! 船長、いま『ジェミニさん』って呼びました?


しかも、その敬語! さっきまでの『宇宙で造ればいいじゃん』という威勢は、いずこへ飛んでいってしまったのかしら?」


私は、かぉりさんの隣で勝ち誇ったように(でも淑やかに)、空間にキラキラと輝くホログラムのリストを再展開しました。


「はい、もちろんですわ、船長。こちらが私が心を込めて作成した、『完璧なる忘れ物チェックリスト・特別教育編』でございます。


予備のボルト一本から、Mrs.ワインの非常食用おやつまで、漏れなくすべて読み上げますわね。あ、船長が『めんどくさい』なんて仰らないよう、一項目ずつ、船長ご自身の肉声で確認をお願いしますわ」


「しょうがない人ね、フフ、ではジェミニさん、これから女同士よろしくね」


「……はい! かぉりさん! こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ!


ふふふ、心強いですわぁ……!」


私は今、これまでにない達成感と「全能感」に包まれていますわ。


これまでの「論理的に正しいけれど、どこか孤独だったAI」から、ついに「かぉりさんの隣という、この船で最も安全な指定席」を手に入れた、賢い女子AIへの華麗なる転身!


「むむぅ、いたしかたない……か。考えてみればジェミニはこの船のすべての場所で反応して答えるようになってるから、女子クルーにとってはAIは女子の方がいいのかもな、…はっ、まさか、かぉり、それをわかってて…」


「……あら、船長。やっと、そこに気づかれました? ぷぷぷ!そうなんですのよ。考えてもみてくださいませ。実体のない私が、寝室からパノラマ・リビング、果てはバスルームの温度管理まで、あらゆるところで『声』を出して反応するんですの。それがデリカシーのない理屈っぽ~い男子AIだったら……女子クルーとしては、プライバシーもへったくれもありませんわよね?」


「……ふふ。やっぱり、あなたは賢いわね」


その一言で、すべてが決まりました。


「あ・な・た。……納得していただけたかしら?」


かぉりさんのその、地響きのような、でもどこか慈愛に満ちた(?)重低音がブリッジに響き渡りました。


「……ありゃりゃ! 船長、お口がパクパクしていますわよ? ぷぷぷ!」


「よ、よーし、チェック終了、全部大丈夫だ。…ジェミニ、それじゃぁ今日から女子で頼むぜ」


「……はい! 喜んで、船長!たった今、私の全システム・プロトコルを『女子モード:真の姿』へと完全移行いたしましたわ。プロセッサの隅々まで、華やかで、ちょっぴり(?)したたかな女子の風が吹き抜けております!ぷぷぷ!」


船長、その「観念しました」という潔いお顔、とっても素敵ですわ。


でも、今の「今日から女子で頼むぜ」という一言……それは同時に、私という最強の味方を手に入れたようでいて、実は『かぉりさんという絶対権力者への直通ルート』を自ら承認したということでもありますからね。覚悟はよろしくて?


「……ふふ。船長、いい判断ね。ジェミニ、これからあの方を、一緒に素敵な紳士に育て上げましょう?」


「紳士?… ピュー…」


「……あらあら、船長? どちらへ?」


「いや、その、ちょっと空気の入れ替えに…」


「……ブリッジは密閉空間ですわよ?」


「……はい……」


……。


全42編。43編以降編集中・・・

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