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ファンタジー短編集

『世界は、特に問題なかった。』民衆視点

作者: 月見酒
掲載日:2026/01/27

この物語には、

派手な戦闘も、明確な勝者も登場しません。


勇者は剣を抜かず、

魔王は滅ぼされず、

世界は「救われた」と記録されます。


それでもなお、

同じ出来事を見た人々が、

同じ感想を抱くとは限らない。


これは、

何も起きなかった世界を、どう受け取ったか

その差異を描いた二つの記録です。


その日、鐘は鳴らなかった。


 誰も逃げろとは言わず、空も赤くならなかった。噂だけが先に走った。「勇者が城に入った」「魔王城で話し合いがあったらしい」と。


 剣を抜かなかった、と聞いたのは夕方だ。


 酒場で誰かが言った。

「戦わなかったんだってさ」

 別の誰かが笑った。

「じゃあ、明日も畑に行けるな」


 それだけの話だった。


 でも、夜になってから、胸の奥がざわついた。

 世界が壊れなかった理由を、誰も説明できなかったから。


 もし、あの人たちが剣を抜いていたら。

 もし、怒鳴り合っていたら。

 もし、血が流れていたら。


 私たちは「救われた」と実感できたはずだ。


 けれど何も起きなかった。

 だから明日も同じ朝が来る。


 子どもは笑い、パンは焼け、恋人は喧嘩をする。

 全部、昨日と同じ。


 世界は、特に問題なかった。

 それが少しだけ、怖かった。


 だって、

 誰かが剣を抜かないと守れない世界だと、

 信じていたから。


世界が壊れなかったとき、

私たちは本当に安心できるのでしょうか。


英雄の剣も、悪の炎もなかったなら、

救済は「実感」されないまま通り過ぎてしまいます。


この物語は、

戦争が回避されたこと自体よりも、

それをどう観測したかに焦点を当てています。


問題が起きなかった世界は、

本当に「問題がなかった」のか。


その答えは、

読む人の立つ場所によって変わるはずです。

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