瀬織津媛
「……iwai、noroi、iwai、noroi、iwai、noroi」
その子供もまた、意味不明なあの高く低い呪文のような音声をつぶやいていた。
エルドシュタール研究家のラルフ・スノーデンはあの日の『光の小人事件』以来、このような事例の相談に乗って、各家庭を訪問などしていた。
妖精や小人が作ったと言われる洞窟である『エルドシュタール』で奇妙な卵を発見し、それを抱いた者たちが『光の小人』が洞窟から無数に湧き出して、天へと昇って行ったのを多数目撃していた。
『エルドシュタール』は、西暦1000年から1400年の中世に作られた小人が通れるほどの洞窟で、ドイツオーストリア地域の地下に二千カ所ほど見つかっていた。
入り口と出口はひとつで、中に広場のような物はなく、伝説によれば服を着ていない小人が作業してた洞窟で、服と食べ物をあげたら、その日を境に姿を消したという。
現地の人には『|Schrazel Loch』(小さい妖精や小人の穴)と呼ばれていた。
「……iwai、noroi、iwai、noroi、iwai、noroi」
『祝い』と『呪い』の言葉を交互に発している子供たちは、明らかに『光の小人』の再来に思えた。
彼らは妖精の『取り換えっ子』にも見えた。
その中に、手に水掻きがある子供がひとりいた。
水を司る四大精霊である『ウンディーネ』のような七歳ぐらいの赤毛の可愛らしい少女だった。
瞳は碧い。
ラルフは『祝い』と『呪い』の言葉がどうやら日本語であると見当をつけたが、日本の水の精霊と言えば、『瀬織津媛』がそれに当たる。
日本人の友人の巨人伝説研究家の『角田六郎』によれば、天照大御神は実は男性神だったが、ある女性天皇の意向で神話から抹殺された女神だという。
女神に妻がいては何かと都合が悪い。
なので、日本で有名な古事記や日本書紀には登場しない。
日本の記紀編纂の最大のタブーだとも言われている。
だが、実際に、女性天皇が神社に祭神を変更するように指示した記録も残っている。
が、神道の大祓詞において、罪や穢れを祓い清める「祓戸四神」の筆頭として登場する。
全国に三十数か所の瀬織津媛を祭神とする神社が残っているが、多くの場合、宗像三女神や弁才天に祭神が変更されて無かったことにされてる。
なので、実際はもっと多くの神社が瀬織津媛を祀っていたはずだ。
瀬織津媛は天照大神の荒御魂と言われていて、良心に従って神話改変の事実を後世に伝えようとする記紀編纂者の苦労が見て取れる。
古事記や日本書紀には歴史改竄が多いが、記紀編纂者はその改竄の事実のヒントをちゃんと言葉にして記録に残してるのだ。
「……iwai、noroi、iwai、noroi、iwai、noroi」
彼女は呪いや穢れを祓う女神である。
瀬織津媛がこの呪いと祝いの言葉の主だとすると、全ての辻褄が合う。
そして、瀬織津媛からのメッセージを妖精の『取り換えっ子』の子供たちが受信してる可能性が浮かび上がってくる。
ラルフはついに呪いと祝いの言葉の謎の答えに辿り着いたと思った。
「……iwai、noroi、iwai、noroi、iwai、noroi、Ralph!」
碧い瞳の赤毛の少女が、突然、ラルフの名前を呼んだ。
水掻きのある手で『祝』の呪いをかけられてしまった。
「……hai」
ラルフは思わず応えてしまう。
万華鏡のような七色の光がラルフの身体を包んだ。
空を見上げると、七色の光を点滅させてる未知の卵が見えた。
青い髪の少年が彼の傍にいた。
「ikuyo」
青い髪の少年がラルフと共に空に上がっていった。
そして、見えなくなった。
碧い瞳の赤毛の少女は、満足そうに微笑んで空を見上げていた。
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