表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

違和感

次の日の昼休み、碧はいつものように屋上にいた。

校則では立ち入り禁止になっているけれど、鍵の壊れた非常階段を通れば簡単に入れることを、彼女は一年の春に気づいていた。

ここは、誰にも見られずに“自分を演じなくていい場所”。

曇った空。冷たい風。錆びたフェンス。

足元には、誰かが捨てた小さな傘の骨組みが転がっている。

「……やっぱりここにいたんだ」

声がした。静かで、まるで霧の中から聞こえてくるような。

碧が振り返ると、昨日の少女―黒野 澪が、屋上のドアからひょっこり顔を出していた。

「……なんで、ここに?」

「なんとなく。……ここ、あなたがよく来る場所だって、聞いた気がしたの」

「聞いたって……誰に?」

澪は黙ったまま、フェンスのそばまで歩いてきて、碧の隣に立った。

その横顔は白くて無表情で、まるでガラス細工のように壊れそうだった。

「……ねえ、朝倉ちゃんって、本当は何も感じてないんじゃない?」

突然の言葉に、碧の心臓が小さく跳ねた。

「なに、それ」

「笑うけど、目が笑ってない。褒められても、うれしくなさそう。誰かに話しかけられても、ちょっと遅れて返す。……全部、覚えてるよ。あなたの反応」

「……監視でもしてたの?」

そう冗談めかして言ってみたけど、笑いは出てこなかった。

「監視しなくても、気づける。……記憶って、面白いよ。表情も、声も、間の取り方も、全部残るから」

そう言って、澪はまっすぐ碧を見た。目が、深い水底のように暗かった。

碧は思わず、目をそらした。

「……記憶って、そんなに大事?」

「ううん。嘘だらけ。だから、壊したくなる」

風が吹いて、彼女の黒髪がなびいた。

「たとえば。たったひとつの“優しい嘘”で、誰かの世界が壊れることもある。……逆に、“辛い記憶”をひとつ消すだけで、人は笑えるようになるかもしれない」

「……記憶を消すなんてこと出来るの?」

澪は答えなかった。けれど、その沈黙がすべてを語っていた。

そして、碧の胸の奥に、言葉にできない違和感が芽生える。

――この子、本当は前にも、会ったことがある気がする。

episode3に続く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ