雨の匂いと、出会い
《登場人物の概要》
・朝倉 碧
⇒16歳の高校2年生。
・黒野 澪
⇒15歳の高校2年生。
教室の窓の向こうで、雨が静かに降っていた。 灰色の空。濡れたグラウンド。誰もいない放課後。朝倉碧は、教室の真ん中の席に一人座って、ぼんやりと窓を見つめていた。
廊下ではクラスメイトの笑い声が響いていたが、彼女にはそれがどこか遠くの音のように聞こえた。
「……退屈だな。」
そう呟いた自分の声すら、空気に溶けて消えてしまいそうだった。
完璧な優等生。明るくて、人懐っこくて、誰とでも仲良くできる。
そう評価されるたびに、心の奥で何かが冷めていくのを、彼女はもう何年も前から感じていた。
「ねえ、碧ちゃんって、いつも笑ってるよね。すごいよ。」
昨日、誰かに言われたその言葉が、まだ頭の奥に残っている。
その言葉の裏にある本当の意味を、彼女は考えないようにしていた。
そのとき。
教室の扉が、静かに開いた。
碧がそちらを向くと、そこにいたのは見たことのない少女だった。
黒い長髪が濡れて、肩に貼りついている。
制服はきちんと着ているはずなのに、どこか無造作で、時間から切り離されたような雰囲気を纏っていた。
「……誰?」
思わず漏れた問いに、少女は一瞬だけ碧を見つめ、それから視線を逸らした。
「転校生してきた黒野 澪。……先生に、教室を見てくるように言われたの。」
それだけ言って、澪は窓際の空いている席に座った。
まるで、この教室にずっと前からいたかのように。
雨の音が少し強くなる。
その瞬間、碧は思った。
――この子に、何か壊される。
episode2へ続く。