春、始業式の朝と、沖牟中の朝。不思議な町、【沖牟中】
世の中が石油や原子力などといったエネルギー資源の転換を迎えて早数十年。
だが、この沖牟中という町では、未だに沖牟中でのみ産出される石炭……「魔石炭」をエネルギー資源として、機関車や火力発電の一部など、日常の様々な物に使っていた。
沖牟中の大企業、「三ツ矢化学」などが使う魔石炭用の機関。
この町だけが、エネルギー資源転換の時代の波から取り残された……というわけではない。
事実として、魔石炭を動力源として走る路面電車などの隣を普通にガソリンエンジンの自動車やバイクはもちろん、電気自動車やハイブリッド車なども当たり前のように走っている。
そう、この町は特別、特に、魔石炭という物は特別なのだ。
この町で江戸時代頃に発見され、『黒いダイヤ』とも呼ばれた沖牟中の魔石炭は、世界中のどの石炭とも全く違う特性を持っている。
魔石炭は、通常の石炭の固形状態の時点でガソリンなどと言った他の化石燃料に劣らないどころか、それすら凌ぐエネルギー効率を出せるという脅威の燃焼能力を持つ。
最近は石炭の液化やガス化の研究の技術の発展もあって、魔石炭を液状やガス状にすれば更に燃焼効率や利便性は上がるのだ。
更に動力源としての火力が高いという事は瞬間的な最大出力も高い。
更に化学的な利用法だけでは無い。
工芸品などの燃料として使われると、陶器などは輝き、味わい深い黒い色合いを魅せ、農具や刃物などに使えばその剛性、耐久性、粘り、そして何より、その切れ味を際立たせると言われており、更に魔石炭という名前なだけあって魔石炭の炎には不思議な力が宿ると言われており、無病息災、悪霊退散といった加護がある、と言われている。
そして更に、この魔石炭には不思議な特性がある。
魔石炭は、沖牟中市と隣の静尾市から持ち運ぶと何故かその特性を失い、普通の石炭と変わらない存在になってしまうのだ。
そしてその静尾市では地形などといった理由であまり魔石炭を使った機関はあまり多くない。
だからこそ、この町は、この沖牟中市だけではこの黒いダイヤ、魔石炭は現役の資源なのだ。
この町を走る路面電車も、元は炭鉱夫達を運ぶ為に使っていた炭鉱電車を車両などを改造し、市民を乗せる蒸気機関車をベースにハイブリッドに変えた物である。
この、今と昔、現代と明治浪漫が交わる不思議な風景を撮りにくる写真家や鉄道マニアなども少なくないらしい。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
吊革に掴まり、電車に揺られながら姫華は左側の車両の方をちらちらと見ていた。
(さっきの人、見失ちゃったなぁ。)
学生や社会人など、様々な人が乗る電車だ。
多分、東京の通勤ラッシュ程、とまでは行かないのだろうが、十二分にこの電車の中もぎゅうぎゅうのすし詰め状態であった。
(さっきの人、初めて見る人だったけど、私と同じ新入生なのかな……多分この辺りの人、だよね?あの和服、凄く似合っていて綺麗だったなぁ……。……私も、気をつけなきゃ。)
別に対抗心、などというわけでは無い。
姫華はそんなに美容に力を凄く力を入れているというわけではない女子だ。
でも、それでも、軽く自分の身だしなみくらいは気をつけたい。
そう思って姫華はバッグから手鏡を取り出して、身なりのチェックを学校前に着くまでするのであった。
先程の人物に見惚れていた櫻井姫華だが、その姫華自身も間違いなく他人から見れば目を惹く容姿である。
極端に美しい、というわけではなく、ナチュラルに、柔らかく穏やかな、緩いというかふわふわとした感じの少し昔の言葉で言うなら森ガールというような雰囲気の可愛らしい容姿である。
軽くウェーブのような髪、桜色の薄目のピンクの瞳がピンクブラウンの髪色に合っていて尚更目を引く。
少しだけ跳ねさせた部分のある髪はお気に入りだ。
表情は極端に吊り目というわけではなく、かといって垂れ目とは言い難い、どこか少しぼんやりな表情がデフォルトだが、逆にそれが似合うまさに「女の子」という感じの女子だ。
自身の名前に見合うようなおしとやかさがあるかは……人によっては意見が分かれる所ではあるが。
少なくとも、自分自身ではあまりそうは思っていないらしい。
「沖牟中学園前ー、沖牟中学園前ー。お降りの方は、お忘れ物が無いようにお願いいたします。」
電車内にアナウンスが流れる。
姫華は手鏡を仕舞うと、学生用の定期通学カードをピッ、と車内の支払い機で読み込ませ、電車から降りれば、辺りの車の通行を確認すれば横断歩道を通る。
軽く弾む足取りの早歩きは、校門の前で止まる。
大きく、深呼吸。
春の暖かい風と日差しは、桜の匂いまで感じるような心地良いもので。
その春の空気を肺に十分に取り込んだ姫華は、瞑っていた目をぱちっ、と開ける。
「……いよいよ、私の新しい、学園生活、始まる……っ。」
心の内にワクワクを秘めながら、姫華は校舎を見上げて再び歩き始めるのだった。
元々櫻井姫華というキャラクターは結構元気っ子な快活キャラクターだったので、原案からだいぶ変えていて書き分けが大変です。何故変えたのか、というと、単純に自分の書きたい櫻井姫華の変化というか、多分自分の中の作品の雰囲気や世界観の変化でしょうか。あとは単純に私の性癖なのかもしれません。