お着替え
普段表情を大きく動かさない清華が私のマンションに目を見張っていた。それもそう。私が住んでるのはいわゆるタワマン。親の財力万歳って感じ。
「ご家族は?」
突然心配そうにする清華。
「一人暮らしだよ」
「ひと……」
絶句する清華は初めて見た。
「親がね、美術館経営してるの。それでだよ」
私がすごいわけじゃない。モデルの給料でもここは無理だから。
元よりあわよくば清華を招き入れる腹積りだったから部屋はばっちり綺麗に片付けてある。なんなら客室の準備もばっちり整えてお泊まりにも備えてる。今日は土曜日だからね!
ただ小物をどうするかは結構迷った。そもそも清華の嗜好を知らなかったから選びようがなかった。とりあえず無難に可愛いやつを配置しておいた。ルームフレグランスとか。
今なら質実剛健を好むことを知ってるからなんとかなる。……なるか?質実剛健な女の子向けの小物って何?あるの?なくない?
「さ、どうぞ」
戸惑ってる清華の背中を押して家に押し込む。ついでに背中と肩周りに触れてみた。なんか硬いね?随分筋肉質な体をしてる。
私もモデルしてるから体型維持のために筋トレはしてる。けど清華の場合は筋トレの成果って感じじゃない。魅せるためっていうよりは実用性のためって感じ。なんなら実際に活動してる内についた筋肉だと思う。やっぱり清華ってかなりのアウトドア派?
さては細身マッチョだな?ちょっと脱いでみようか?お風呂入ろ?バスローブあるよ。
そういやアメリカで銃に慣れたって言ってたな……。撃ったことがある、ではなく慣れた。つまりそれなりの頻度で撃ってたことが予想される。……ひょっとして狩りでもしてた?
ま、それは後だ。後で良いよね?あるよね?一緒にお風呂入るんだもんね?女の子同士だもんね!
それで、夕飯の前にちょっとしたお願いがあった。
「どうせだからさ、それ着てほしいんだけど」
今日清華が買ったワンピース。初めてそれを着るのを見るのは私がいい。他の人じゃ嫌だ。幼稚な独占欲っていうのは分かってる。
でもおかしなことじゃないでしょ?好きな人に私だけ見ていて欲しいって願望はかなり普通だと思うし。ということは元より独占欲っていうのはどの年代の人にも等しくあるわけで。
清華は少し難色を示していた。まあ、さすがに初めて上がった人の家で着替えるのは躊躇うか。
仕方ないとは言え諦め切れない。ぱんっと両手を合わせて拝んだ。何卒、何卒お願いします……。
それでようやく、呆れながらも清華はしぶしぶ首を縦に振ってくれた。
清華が部屋の扉をキッチリ閉めたから衣擦れの音は聞こえてこない。あまりに惜しい。安いアパートとかなら聞こえたのかな……。初めてタワマンを恨んだぞ。
これ今頃清華下着姿になってんのかな。……清華ってどんな下着着てんだろ。なんか悶々としてきたな。
絶対レースとかが入ってる華美なやつじゃない。滅茶苦茶シンプルで、多分単色だと思う。スポブラとかじゃないかな。アウトドア好きっぽいし。
はいっ!私下着姿より下着に至る過程の方がエロいと思います!下着は所詮ただの布。脱衣シーンの方がエロいのは自明の理。具体的にはツァーリボンバが爆発したら衝撃波が地球を三周するのと同じくらい自明。
色欲に塗れた妄想を広げていると扉が空いて清華がその姿を現した。慣れないワンピースのせいかどこか気恥ずかしそうに立つ清華。
「わ……」
思わず言葉を失ってしまうほど綺麗だった。やっぱり私の見立てに狂いはなかった。清華の透き通るような肌に白髪と水色のワンピースの組み合わせは清涼さを感じさせる。
ワンピースは体の線が出やすいものだったが、それが清華の体型の良さを強調している。胸こそ乏しいものの、健康的な体付きをしているのが良くわかる。腰が絞られていることでウエストの細さが強調されていた。スカート部分からスラリと伸びる健脚。
最後に桃色のイヤリングが良いアクセントになっていた。
麦わら帽子を被せて海辺に立たせたらそれはもう名だたる絵画顔負けの名画になるだろう。クレムスコイにポレーノフ、ヴァスネツオフにレーピン、ダ・ヴィンチやゴッホ、モネなどなど、錚々《そうそう》たる面々が彼女を絵に収めたいと押し掛けるに違いない。
心を奪われたのはこれで何度目か。数えるのも馬鹿らしい。
あまりに私が惚けていたから清華はいよいよ不安になったようだった。
「あの……」
変じゃない?と顔を傾げる。
まさか惚けてました、なんて言えるはずもない。
「綺麗だよ」
本当はもっと適切な言葉があると思う。けど私程度じゃまったく考えつかない。芸術家や小説家の領分だろう。
私が清華に勝てるのなんて、ただ胸の大きさだけじゃなかろうか。