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渡り鳥

 「なーおい待ってくれって」


 私は前を歩く清華に追い縋っていた。喫茶店への途上。左は白い砂浜で、潮風が初夏の少し汗ばむ気温に心地良い。


 そんな状況で私は清華を追っている。


 「謝る、謝るからさ!」


 前回カフェで散々にしたのが良くなかったようだ。んまあそう。誰が理不尽押し付けてくる奴と仲良くしたいかって話。清華が私をガン無視するようのは当然といえば当然だった。


 「清華〜」


 我ながら情けない声。ヘロヘロと伸ばした手が清華の手を掴んだ。ようやく清華は止まってくれて、振り返って私を見た。うなじ綺麗だった。


 目はまるで冷たい。白眼視ってやつ。さっさと要件を話せって急かしてる。


 そうは言われても少し息を整える時間をくれ。あんた歩くの早過ぎるんだよ。なんで大股歩きがデフォなのさ。半分駆けてるのかと思っちゃった。


 「あの、ごめん。前は……その、なんだ、調子ノリすぎた。困らせちゃったよね?」


 謝罪は真摯に。


 清華は真顔のまま私を見つめる。私の言葉に嘘、あるいは誤魔化しがないか見定めるような目だった。


 そんなことしないよ。反省してるのは事実だもん。


 「ほら、あれだよ、清華がパティシエの服着てるのが新鮮だったからさ。あー、例えばさ、恋人と一緒にいる時ってテンション上がるじゃん?あんな感じだよ」


 恋人という言葉に反応した清華。かなり苦し紛れだったが清華は納得できたらしい。


 「ん」


 清華は短くそう頷くとまた歩き始めた。歩調は少しだけスローペースだった。


 恋人って言葉に反応したの、少し意外だった。だって常に周囲を警戒するような目付きで、近付く人あらば拒絶するのに。そんなんで実は家に猫の写真集とか甘々な少女マンガあったりするんだろうか。妄想が捗るな。


 

×××××



 「チョコレートケーキと……」


 「コーヒーが良いと思うよ」


 「じゃあコーヒーで」


 私は少し呆けてしまった。……清華から、おすすめされた?


 どうやらそれくらいには親密には思ってくれている様子。気をつけないと頬がニヤけきって

しまいそう。


 さっき歩調を緩めてくれた事といい、徐々にだけど、どうやら清華は私に心を開き始めている。


 「好きなんだね」


 何とはなしにぽつりと、呟きは独り言みたい。


 「ん、そうだね」


 「夕陽が好きなの?それともこの喫茶店から眺める夕陽が好き?」


 清華次第では、したい提案があった。


 アゴに手をやりしばし清華は考え込む。そっと伏せられたまつ毛げ流麗な弧を描く。沈思黙考。ただそれだけでも絵になる少女だった。


 「両方、かな。夕陽も好きだし、この店からこうやって見る夕陽も好きだよ」


 ならさ。


 「今度、私の家においでよ。22階にあってさ、沈む太陽が綺麗に見えるんだよ」


 なんでって清華は聞いてた。


 「今度さ、私の誕生日なんだ。だからお祝いに来てくれない?」


 「それは……。おめでとう」


 相変わらず表情の変化に乏しいけど、下がった目尻、緩んだ口元が祝意を伝える。


 「……ご家族は?」


 けれど、と清華は聞き返す。家族は一緒じゃないのか。さすがにそこへ混じるのは気まずい、と。


 「あぁ、一人暮らしだよ。家族は祖父母以外皆国外」


 父はロシア、母はイギリス、日本人の祖父母だけ日本に住んでるけど近くじゃない。


 ああ、と得心したように清華は頷く。同時に新たな疑問が出たようだった。


 「友達は?」


 誕生日パーティーなら友達呼んでやれば?ってニュアンス。……おっとぉ?これ私暗黙裡に友達じゃないって言われてるぅ?


 少しむっとして言い返した。


 「あんたでしょ」


 対する清華はあ、そうなんだって顔してた。何で少し意外そうなんだよムカつくな。


 「逆に私のこと何だと思ってたのよ」


 「……やたら奢りたがる面倒な人?」


 うーんなるほど……。たしかにそうなるのも道理か。


 「いや、でもさ?こうして仲良く話してるじゃん?」

 

 だから最低限友達だよね?って怖くなって確認する。


 さあ……?あまり考えたことなかった。首を捻る清華。


 「じゃあ友達だよ。だからお祝いに来るの」


 決まり決まり!と言い切ると清華も困惑気味にだけど首を縦に振った。


 太陽が水平線に近づき空が淡い橙色に移り変わる。清華が視線を空に移した。私はもう話しかけない。かけられない。


 神聖にして不可侵。例えば美術館で芸術品に零距離にまで近づかないのと一緒。私はただただその光景に、清華に見惚れてた。


 夕陽が清華を茜色に染め上げる。それを見て私は胸を焦がす。そして再度、強く、ハッキリ自覚した。私は清華が好きだ。


 「милая 」


 愛しい人。ほとんど無自覚に、とんでもないことを言ってしまった。頬がみるみる緋色に染まっていくのを自覚する。ここが夕陽差すテラスで良かった。


 何か言った?と私を見る清華に私は無言で首を振った。まさか、なんて言ったかなんて答えられるはずがない。

 

 だから笑って誤魔化した。大袈裟に手を振る。


 「今週末さ、遊びに行こーよ。あ、食べ歩きしよ。お昼どっかで食べてさ、カフェとか巡るの。あ、ラーメン食べたい!」


 早口に矢継ぎ早、私らしくないなぁって内心苦笑い。


 「ん、まあいいよ」


 自分ってこんな幼稚な人間だったかなって呆れる。


 ただ、あなたがほしい。トルコの岸もアフリカも外の太陽、異邦の地もいらない。


 こうしてそばにいさせてほしい。あなたと離れることほど悲しいことはない。小銃を手に多くの国を見るまでもなくわかる。私が毎夜、どれだけ煩悶してるかなんて知らないでしょ?


 あなたが空を馴染みの家とし、飛行機を一番にして、女の子を二番目にする渡り鳥とは違うと良いなって、願ってる。ね?


 清華はまた夕陽に視線を戻した。


 その瞳は澄んでいる。一体何を見つめているんだろう。私のことも見てほしいんだけどな。

本文の補足をば。

ラスト、主人公のサプフィールが「トルコの岸も(中略)いらない」というのは『渡り鳥は飛んでいく』という歌から。

次いで「空を馴染みの〜」というのは『俺たち渡り鳥』から。渡り鳥繋がりの連想です。


では

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