剔抉
清華は再び満穂宅へ訪れた。満穂の部屋は随分と殺風景になっていた。過剰に整理整頓されている印象を受ける。ほとんどの物が段ボールに入れられている様子などは、さながら引越し直後のよう。遺品整理。やはり死ぬつもりだったのだろう。そして、それらがそのままにされていることからして死を望む気持ちはそのままで今も変わっていない。
「あのね、大事な話がある」
私は単刀直入に切り出した。
「満穂には生きてもらう。殺さないし、自殺も許さない」
理非は無く、ただ感情あるのみ。幸に言われた通りワガママに私の希望を通す。つまり、友情ゆえに満穂の希望を叶えはしない。友情ゆえに満穂を苦しめる。その苦しみもいつかは解消されると妄信して。
満穂は鼻白んだよう。全く自分の期待に添わない、と。
自分でも傲慢だと思う。満穂がどんなに辛いか分かっていて、それでも、どんなに辛くても、どんな形であれ生き続けることを望んでいるのだから。未遂とは言え自分は自殺したのだから余計にタチが悪い。
それでも私の決意は堅く、揺らがない。親しい誰がを失うというのは、受忍できる限度を遥かに超える。
だから失わないように、遠くへ行ってしまわないように満穂を力強く抱きしめた。
「もし満穂がどんなに死を望んでるとしても私は実現させない。大事な友達だから。生きててほしいの。失いたくないの。満穂が辛い思いをしてるのは知ってる。でも…………でも、私は満穂に生きててほしい」
これが満穂に生きててほしい理由で、満穂にとっては生きる理由。生きる理由をあげたから次は死なない理由をあげる。
私は持ってきた短刀を置いた。
「もし、それでも満穂が自殺をするって言うんなら……。私は満穂の両腕を切り落とす」
「な……」
「そうすれば満穂は自殺できないでしょ?大丈夫。ずっと私が面倒見てあげるから」
「……っ、狂ってる」
嫌悪するように吐き捨てる満穂。
「もしそんなことをしてみろ。私は一生恨むぞ」
「そんなこと、とっくに覚悟の上だよ。それにさ、そうなったら満穂はずっと私のことを思ってくれるんでしょ?親友としてはこの上なく嬉しいけど」
酷い屁理屈だ、と満穂は閉口した。いやはや、昨日幸から同じ理論を聞いた時、私も同じようなことを思った。
「お前は本物のバカだ」
まったく救いようがない。満穂はそう追撃する。そしてひどく物悲しく言った。
「ひどいよそんなの。私は、私は……どうやって生きていけばいいかもわからないのに」
「なら私のために生きて」
両手で肩をしっかり、離さないように掴んで目を見据える。満穂が生という選択肢を選んでくれるように。
「私はもう誰かを失うことに耐えられないの。……だから私のために死なないで」
満穂が清華の目を見つめ返す。
「あなたのために苦しくても生き続けろって言うの?どんなに酷いことかわかってる?」
「わかってる。私だって苦しんだから。それでも言うの。だから、これから辛いこと全部私のせいにしていいよ」
馬鹿じゃないのかと満穂は私を見る。馬鹿に違いない。元より感情しかない。ただただ満穂が大切だとの思いにのみ基づいて私は行動してる。馬鹿で結構。
「……わかったよ。そんなに言うならあんたのために死なないでいてあげる」
その返事を聞いて嬉しくなって再び満穂を抱きしめた。
「ありがとう、満穂」
「畜生、それにしてもお前みたいな気狂いは初めてだ」
「そうだね」
私がまったくその通りだと首肯すると、満穂は信じられないものを見たとばかりにマジマジと私の顔を見た。
居心地の悪さに身を捩って「一体何だ」と尋ねる。
「信じられん。まさかお前が自分がおかしいことに気付くなんて……」
「いや……、その……。私の精神状態が普通じゃないのはぼんやりとは……」
「だとしても昔の清華は認めなかったよ。ていうか一切自覚してなかったよ。だって自分の中からしか世界を見てなかったもん」
変わったね、とそう満穂は締め括った。
確かに私は変わった。幸が変えてくれたから。
剔抉→ えぐり掘り出すこと
例↓
破廉恥な従北反国家勢力を一挙に剔抉するために非常戒厳を布告する!




