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思い

 言うまでもなく、妹ちゃんは清華の意図を一から十まで承知だった。


 「そんなのは友情でも何でもねぇよ」


 妹ちゃんは吐き捨てるように言った。冷酷な表情はいつかの夜見た清華とそっくりだった。


 その極北のように冷たい顔がくしゃりと歪んだ。


 「どこにも行かせはしない。どこにも」


 強い憤りと悲しみがない混ぜになった声。


 清華は何も言い返せなかった。妹ちゃんの一撃がよほど強力だったことより、醸し出す雰囲気に威圧されているようだった。


 「……で、でも」


 言い募ろうとする清華を妹ちゃんは一喝した。

 

 「うるさい!友達を殺す友情なんてものがあるか!」


 妹ちゃんの怒りは留まるところを知らなかった。


 「大体お前は身勝手過ぎるんだ!また1人で何もかんもどうにかする気か!?何にも解決しないってのに!残される方の気持ちも考えろよ!」


 清華の肩が怯えるようにビクリと跳ねた。


 見方に依れば、清華も母親の死に残された方である。だからこそ妹ちゃんの残してくれるなという悲痛な叫びが深く深く刺さるのだろう。


 「……ごめん」


 蚊の鳴くような声。


 「でも、でもね、どうしたらいいかわからないんだよ」


 釈明や弁明というより、切実な助けを求めるものだった。


 「ケツの穴め。私が知るもんか」


 吐き棄てるように言う妹ちゃん。当たり前の話だ。妹ちゃんだって被害者で、しかも清華より年下。そんな妹ちゃんにわかるわけがないし、いやそもそも大人にだってわからない難題だろう。


 険しい顔と悪い口から一転、妹ちゃんは慈愛に満ちて言う。


 「けどね、ずだとお母さんのことだけを思ってるのは不健全だよ。はっきりわかる。過去のことだけじゃなくてさ、今にも目を向けようよ。何でも良いよ。趣味でも家族でも、あと『友達』とかさ」


 友達、とチラと私を見ながら。


 完全に打ちのめされ、もうどこにも行かない清華を見て妹ちゃんは自室に戻った。


 「……起こしちゃったね」


 飲む?と確認すると清華はお茶を淹れてくれた。そのまま2人で縁側に座り込む。


 かといって話すことはない。私は何を話していいかわからず、清華はまだ心の整理がついてない。ただ静かな時間が流れる。


 「痛そうだね」


 虫歯のときみたいにアゴを抑える清華。どうやら妹ちゃんの一撃はそこに命中したらしい。そして結構な音が響いた通り、相当重い一撃だった様子。


 さっき、親友を殺す覚悟をした清華は戦闘状態だったと思う。その清華に一撃入れるとは妹ちゃんも中々の腕っぷしの持ち主らしい。


 「そうだね、冴月は強いからね」


 妹を誇る声。そしてか弱く裏寂しい声で付け足された一言。


 「……私なんかよりよっぽど」


 無論指しているのは自身の精神性。清華も自覚はしているらしい。それでもどうしたら良いのか分からないのは変わらない。


 「……あのさ、ワガママを通したら良いと思うよ」


 清華は親友と別れたくないと思っているのは間違いない。そしてそのことに関しては清華の主張を押し通して良い。いくら親友が望むとは言え、殺すのだけは間違っていると私ははっきりと言える。


 「でもさ、そしたら満穂は私のことずっと恨むよ」


 「つまり親友があんたのことをずっと忘れないでいてくれるってことでしょ」


 「なにそれ」


 とんだ屁理屈だと清華は笑った。


 まあそれはそう。でも、ずっと恨まれるってことはないと思う。科学は日進月歩だから、その内親友の不具を克服できる技術が登場するかもしれない。親友もその内、心から打ち込める何かを見つけるかもしれない。


 時間に任せるという消極的な解決法だが、少なくとも清華の希望は叶えられる。それに何より親友を殺すという絶対に間違っている選択肢を回避できる。


 「あのさ、清華は親友と離れたくないんだよね?なら仲直りすれば良いと思うんだ。難しいとは思うけど……。でも、でもね、その思いは伝えなきゃダメだよ」


 「できるかな」


 くしゃりと顔を歪める清華。


 「やるの。清華がどう思ってるのかが大事なんだから」


 清華は私の言葉を理解しつつも、実行に移すことにはなお躊躇いがあるようだった。


 「伝えるの!明日会って、それで本心をそのまま言うの!」


 煮え切らない清華に私は清華の両肩をガッと掴んだ言う。


 「親友なら、お互いをそう呼べるだけの信頼があるなら分かってくれるよ。ねぇ清華。もっと自分と親友と2人で積み重ねてきた時間を信じていいんだよ」


 私の説得に、ともかく頑張ってみると清華は力なくではあるけれど頷いた。


 それから私にはまだ清華に言いたいことがあった。


 「それで、それでね」

 

 思いを伝えろ、それが大事だ、と私自身で言ったから。だから、私も思っていることを言葉にするのだ。


 「もうこういうの、止めてね。私だって清華に遠くに行ってほしくないの」


 清華は私の言葉の意味をイマイチ理解していないようだった。確かに曖昧に過ぎる言葉だろう。清華が生返事のように頷くのも仕方のないこと。


 私が貴女あなたのことをどれだけ大切に思っているか。普段は聡明なくせになんでこういう時に鈍いんだと腹が立つ。


 我慢できず勢いのまま押し倒した。


 「貴女のことをこれ以上ないくらいに思ってる!……だから、貴女が傷付くのを見るのは辛いの」


 だからお願いだから自分を傷付けるのは止めてほしい。自分の心に蓋をして、ただ親友が希求することを実現しようとする。そうするみたいに自分を顧みないのはもう止めてほしい。


 だって、愛する人が苦しんでいることは私の身を引き裂くから。


 ツッと一朶いちだの涙が頬を伝い清華の頬にポタリとしたたる。


 「……なんで貴女が泣いてるの?」


 「貴女のことが好きだから」

中々進まないので一旦これで。

さすがに年内には完結させるつもりです。全然投稿できないのはひとえに文を思いつかないからです。話の展開は考えてあるので完結はします。

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