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車椅子の少女 7

 太陽が栄え、自然が謳歌する、ある夏の1日。清華は自らの生を終わらせようとしていた。2階の窓から遠く空を見上げて思う。空はこんなにも美しかったのかと。


 母親をテロで目の前で亡くし、自らも重症を負った。それからというもの、常に後遺症に苦しめられてきた。


 ストレスから髪は真っ白になった。背中には一部は首、左腕にまで広がる火傷の痕があり、加えて腹部には銃創もある。今も見るだけでテロの時の記憶が溢れ出てきて、まるで溺れるみたいな恐怖に陥らせる。


 精神的にも甚大なダメージを受けた。


 母親の返り血を浴びた。至近距離での爆発により臓器すら浴びた。


 ああ、お母さん。あんなに優しかったのにもういない。でも、すぐ会える。会ったらまずは誕生日を祝ってもらおう。そう、あの日はちょうど私の誕生日だったんだから。それからいっぱい話すんだ。あの時の続きを。それに一緒に散歩に行ってたくさん歩いてそこでもたくさん話して、家に帰ったら一緒に夕飯つくって、食べて、お風呂入って、寝て。あの時の続きを始めるんだ。無情にも終わってしまった──終わらされてしまった続きを。


 お父さんと妹はすっごく悲しんでしまうに違いない。1人に会いにいくのと2人と一緒にいること、普通に考えれば後者を選ぶだろう。でも心がそれを許さない。もう限界なんだ。


 だから、私は。


 おじいちゃんの日本刀の刀身を胸にあてて押し込む。切れ味は抜群だから大した抵抗も受けずに深く刺さっていく。同時に耐えがたい痛みが襲ってきて呻き声が漏れる。今度は抜いて、おんなじくらい痛くて。刺した箇所を見れば血が溢れ出しているようで急速に服が赤く染まっていく。


 後ろの柱に寄りかかった。すぐに立つ気力もなくなってずるずると腰を下ろしていく。刀身の大部分は血に濡れて輝きを失っている。とうとう座ってることも億劫で倒れるように横になる。


 今から行くよ、お母さん。きっと凄い剣幕で怒られてしまうだろうけど。


 ……ああ、それにしても、今日はいい日だ。


 満足だった。これでやっと今、2年にも及ぶ苦痛から解放される。


 目を閉じて、生温い温度の中で、深くに沈んでいった。


 常に何かを警戒し、睨むような表情だったのが、初めて、わずかにではあるが笑みに変わった。



×××××


 

 これが、清華が自殺した時。満穂に直截に言われて不意に思い出した。


 「あんたのことだからどうせ今もナイフくらいは持ってるんでしょ」


 「……それは、まあ」


 テロに遭った日以降から護身の道具はずっと携帯してる。護身具に致死性の極めて高いナイフを選んだのは非常の場合相手を殺せるようにするため。だってテロリストの目的は殺戮であって対話で解決はできないから。また自分や家族を失いたくはないから。

 

 決して親友を殺すためではない。けれどいくら清華がそう強調しても満穂は左から右に聞き流す。


 「あのね清華、『親友』の私を助けてほしいの」


 満穂は、普段は全く言葉にしない親友の部分を強調しながら自分の苦しみを終わらせてくれと頼む。


 殺すことなんて造作もないことだろう、とも付け足す。確かに満穂に怒鳴られた通り、清華は人を容易に殺せるだけの技術を身につけているし、実際殺した経験もある。


 それはアメリカに留学中のこと。夕暮れの家路を歩いていると後ろから3人の黒人、それも見るからにギャングっぽいのがけてきていた。


 本当に尾けているのか確認するためわざと何回も信号を渡ってジグザグに歩いたり、同じ建物をぐるりと回ってみたが、やっぱり尾いてくる。


 撒こうと裏路地に入ったところ、急迫して襲ってきたから隠匿携帯コンシールド・キャリーしていた拳銃を抜いて反撃した。


 数発づつを先頭2人の下腹部に撃ち込み、最後の1人は驚いて両手を上げた。下腹部を撃たれた2人は、撃たれたというより不幸にも死に切れなかった、と形容する方が適切な様だった。聞くに耐えない汚い悲鳴を上げて転がり回っている。


 帰ろうとした矢先、下腹部を撃たれ獣のような悲鳴を上げていた男がこう叫んだ。『俺はギャング組織の一員で、必ず復讐してやる。家族全員皆殺しにしてやる』と。


 だから3人全員殺した。そんな蛮行を許すわけにはいかないから。まず無傷で立ってたやつ。次に地面をのたうち回ってる2人。生きて私のことをギャングに語ってもらっちゃ困るから念入りに脳漿に2発撃った。


 必要なら一切の躊躇も呵責も無く殺す。害虫程度にしか思っていない。ゴミがあったら捨てるのと同じ。


 けれど、──繰り返しになってしまうが──殺人というのは防衛の手段である。


 その一方で、苦しみを終わらための死というものは痛切に理解できた。世には同様の概念の安楽死があるし、何より過去、未遂に終わったとは言え自身がそうした。


 生きていることが最大の苦痛という満穂。そしてその苦しみを解消する術を自分は持たない。


 ならば一思いにその人生に終止符を打ち、もって際限の無い苦痛から解放してあげることこそが最も友情に適うのではないか?


 震える手でナイフを取り出す。満穂はここを刺して、と心臓を指す。せめて顔は綺麗なままで死にたいから、と。


 奇しくもそれは自身が自殺を実行した時と同じ考えだった。あの時はまだ語彙も今ほど豊富ではなく、ぼんやりとだったけど、なんとなく顔は綺麗なままで死にたかったのだ。


 こんなところまで思考は似るものなのか。あるいは濃い付き合いだったからそれもある種の必然なのか。いびつに口角が上がる。


 ナイフを取り出したところで横から冴月が飛び出してきて、満穂をぶん殴った。

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