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お客様として

 土曜日、私は喫茶店の近くに来ていた。せっかくだからテイクアウトでコーヒーでも買おう。清華は今日は来ないらしいし。


 って聞いてたんだけど、清華が店の方に歩いて行く。んー?今日は行かないって言ってたけど。……。


 瞬間、とてつもなく嫌な想像が頭をよぎった。私、避けられてる?


 いやまあ、避けられてもしょうがない部分はあると思うし、ただ単に1人で過ごしたいだけかもしれない。


 でも一度嫌な想像をしたせいか、ありとあらゆるよろしくない可能性が次々と頭に浮かぶ。


 私は居ても立ってもいられなくて大股歩きで喫茶店に向かった。すると清華は従業員用の入り口から入った。


 ……従業員用?ひょっとしてバイトしてる?


 ああなんだ安心、と安堵して、ふと意地悪い考えが思い浮かぶ。客として行ってやろう。それで笑顔とか連絡先下さいとか、自分の連絡先押し付けるメンヘラクソムーブをかましてやろう。


 ……うわぁ、嫌な奴。


 けど否定する気は毛頭起きなかった。むしろやったれ!と湧き上がる。


 よし、行ってやろう。言って友達がバイトしてたら行くでしょ?


 んで、現在時刻は14:45。多分清華のシフ15:00からだろう。んじゃあ少し時間潰してから行くか。清華に席まで案内してもらおう。残念だったなぁ!


 15:05。客として社会の理不尽さを思い知らせてやろうと私は意気揚々と乗り込んだ。


 いない。広くはない店内。この建物にはこの喫茶店以外に施設は無い。隣に小規模な結婚式場があるけど今日そっちに人の気配は無し。訳がわからないな。


 私が頭を捻っていると別の店員が私を席へと促す。突撃よろしく入店した手前、やっぱ帰りますとはいかず大人しくテラス席に案内してもらった。


 「あ、紅茶とクリームケーキで」


 注文を済ませてついでに尋ねてみた。


 「あの、私立白菊学園の姫舞清華って人います?友人なんですけど」


 私が清華を他の誰かと見間違えたなんてはずはない。そもそも清華は見間違えようがないほど端麗な容姿を持つ人間。ひょっとしてシフト時間よりだいぶ早く来たんじゃなかろうか。


 「ええ、厨房にいますよ」


 厨房……。浅慮な自分をぶん殴りたかった。なんでその可能性を思い付かなかったんだろう。そりゃ喫茶店には当然調理担当がいるはずなのだ。


 私が硬直を起こしていると店員が不思議そうに尋ねてきた。


 「お呼びしますか?」


 せっかく友人に会いに来たならちょっとぐらいは大丈夫だよ、微笑む店員。


 「ああいえ、お忙しい中お邪魔するわけにはいきませんから」


 てっきり接客担当かと思ったんですよ、と付け加えて店員には下がってもらった。


 今日は軽くくつろいで帰ろう。近くの砂浜に行くのも良いだろう。白い砂浜に海に突き出た木製のテラスもある。


 味に舌鼓を打ち、本を読みながらふと思う。

 

 前回、面倒なことをしてくれな、と非常に迂遠な方法で苦言を呈されたわけだが、あれにはバイトとしての立場も含まれていたんだろう。客が増えれば作る料理が増えるのは道理。


 うん、いくらか溜飲が下がった。なんなら追加でいくつか注文してやろうか。とは言えあんまお腹減ってないんだよな。


 モデル業の立場からも、食べ過ぎはよろしくない。しょーがないから今日は見逃すことにした。これくらいで勘弁しといたるわ。


 区切りの良いところまで読み進めて、さて会計でもと店内を見渡すとなぜか清華がいた。パティシエっぽい上下の白衣に接客担当の店員がしてる渋い茶色のエプロン、青色の小型の船をひっくり返したような形の帽子?をかぶっていた。多分ベレー帽の一種。


 ふぅん?なんか接客っぽくない?あ、接客してる。


 ……メニューを掴んでひらひらと振った。社会の理不尽、教えてやるぜ!こちとら芸能界でドロドロした部分見てきてんだよ!平然と枕営業求められたんだよ!


 私に気付いた清華はものっ凄い嫌そうな顔をした。バイト中だからか、目が僅かピクリと動いたのみだったけど、嫌そうなのは伝わった。


 ほら、お客様がお呼びだよ。


 お!きゃ!く!さ!ま!が!


 おら!クレーム入れるぞ!早く来んかい!


 睨みつけると諦観のため息をそっと、周囲にわからないように吐いてから来た。


 「……はい」


 「笑顔1つ」


 「そこに無ければ無いですね」

 

 唇をへの字に曲げた清華。苦虫を噛み潰したような顔をしてる。ふふ、そうだろう、神様にぞんざいには接することができないだろう。


 「じゃあお姉さんの連絡先」


 「そこに無ければ無いですね」


 「冷たいなぁ」


 私は心底から非対称性を楽しんでいた。不条理押し付けるの楽しー!!


 「オススメは?」


 「全部」


 「具体的に教えてほしいなぁ?」


 「これですね」


 トンと指差したのは一番高い肉料理だった。


 ほぉー、そんなことしちゃうんだ?なら私もいたずらしちゃうぞ!


 「接客は笑顔でするべきでは?」


 「教育受けてないので」


 「努力すべきでは?」


 ほら、応えてくれたら解放してやるよってしたら清華は微笑んでくれた。お、素直に応じてくれるなんて意外。


 が、実に恐ろしい笑顔だった。


 ニヤァ、と。薄められた目、覗くあまりに鋭利な眼光、ほんの少し開けられた口は裂けたみたいに鋭い。


 猫とか猛禽類が獲物を前にして浮かべる笑みだった。お前を殺す、と凍てついた笑みが雄弁に語っていた。


 気温が零下まで下がった。嫌な汗が背中を伝う。世界に私と清華しかいないかのような静寂。


 怖っわ!?私が小学生だったらチビって泡吹いてぶっ倒れるくらい怖かった。


 注文は?と清華が首を傾ける。段々と敵意を帯び、気温が下がる。


 あんまり怖くて、わざとらしくオホンと咳払いして、ようやくアイスコーヒーを注文できた。


 日が傾き始めた頃、私は飲み終わって今度こそ会計を呼ぶ。


 アイスコーヒーがぬるい気がしたが、多分私が冷たくなってたからだろう。ホットにすりゃ良かった。


 んー、誰か店員、絶対清華以外の、と思ったが手隙なのが清華しかいなかった。魔女の婆さんの呪いか?


 「お会計を」


 私は体面を取り繕った。


 「現金かカード、どちらで?」

 

 「んじゃ現金で」


 一旦引っ込むと黒の折りたたみのパスケースにビルを挟んで私の前に差し出す。


 私は少し多めの現金を挟んで言ってやった。


 「お釣りはいらないよ。とっといてくれ」


 「いらない」


 そうですか即答ですか。まあ拒否されるなはわかってたけど。


 「チップだよチップ。日本にはない風習だろうけど」


 ほら、仕事の正当な報酬として受け取って良いんだよ、と押し付けようとするもまったく意に介さない。



 

 清華がレシートを入れたパスケースと一緒に色紙とペンを持ってきた。なーんだやっぱり私のファンなんじゃん!素直じゃないなぁ!


 「店長が良ければ書いて下さいって」


 えーつまんないの。


 相手がお願いしてきた、つまり私が優位に立ったことでまた性格の悪いところが出てきた。


 どーしよっかなー?お姉さんがサービスしてくれたら書いてあげても良いかなぁ?


 どう?どう?職場のために一肌脱がない?


 「はぁ、じゃあ店長には無理難題を押し付けられてサインは貰えなかったって伝えとくね」


 「おおっと待ったぁ!」


 半ば色紙とペンをひったくった。あのね、モデルって上っ面のイメージ商売だから少しでも悪評が出るのは困るんだよ。


 サラサラと書き上げてほいと渡した。うーんしかし私がサインを求められるようになったか。


 モデルを始めたのは1年くらい前。そっかぁ、求められるほど有名になったかぁ。しみじみ悦に入った。


 「はいこれ」


 「ん?」


 清華が差し出したのはどうやら割引券。


 「店長がサインのお礼にって」


 「ふぅん?じゃあありがたく頂こうかな。……あげよっか?」


 客としても利用してるんでしょ?安くなるよ?券をひらひらさせた。


 「店員用割引の方が安いから」


 すげなく断られた。


 「また来るね」


 心の奥底から嫌っそうな顔を見せる清華を後にした。うん、大変に素晴らしい時間だった。


 

 

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