車椅子の少女4
明けて翌日、清華は朝ごはんを食べて後、一路満穂の家を目指していた。
玄関から入ることはしない。というか間違い無く拒絶されるから裏に回り込んだ。幼い時分に山を駆け回った脚力は未だ健在で、塀を伝い、飛び越え、庭に忍び込むことなど造作もないことだった。
咲乱村の大部分は家に鍵をかけていない。なんで入ろうと思えば簡単に入れるし、実際小学生の頃の清華もそうやって頻繁に友達の家に出入りしていた。
一応確かめてみたが満穂の家の玄関と勝手口は閉められている。だが窓は施錠されていない。
しかし、鍵をかけているということは満穂の他人と関わりたくないという意識の表れに思える。そこに入り込んでいくのだから不躾にも程がある。それにテロの影響でそうなっていて、自分に置き換えると背中の傷を暴くことになるのだから非常識でもあるかもしれない。
でも私と満穂はそんなことを気にする仲ではない”はず”だから
そっとお邪魔して満穂の部屋に向かう。他の家族に見つかると面倒だから抜き足差し足忍び足の隠密行動で満穂の部屋に行く。耳を澄まして家内の音を聞く限り、家には他に満穂のお母さんがキッチンにいるだけっぽい。満穂の部屋に辿り着くのは容易だった。
満穂の部屋の扉にも鍵はかかっている。だからノックした。お母さんが来たとしか思わないだろう。
実際、満穂は無防備に扉を開けた。清華がいる驚きに目を丸くしている内に清華は部屋に滑り込み後ろ手で扉を閉めた。
「な……」
満穂は信じられない、という顔をして言葉を失っていた。
「満穂」
清華は一度、満穂の思っていること──主に不満や嫉妬だろうが──を全て聞くつもりだった。忌憚、遠慮無く吐き出してもらい、全て受け止めて、それでその上で満穂と心の距離を近付けようと思っていた。
だから、満穂の思っていること全部言って、と清華は促す。
重苦しい沈黙だった。やはりというか、満穂が清華を嫌う理由はスケッチブックの件だけではないようだった。しかしその理由を言葉にするのを躊躇っていた。
それでも言ってほしいと清華は頷き促す。
「あんたが健康体だからだよ」
やっとのことで満穂は言葉にしてくれた。半ば以上に予期していたことではあったけれども、どうしても清華の心を暗澹とさせた。
「私はもう自分の足で歩くことすらできない。なのにあんたは五体満足で外国人の友達も招いて。私はもう生きてなんかなくてさ、ただ死に損なって死ぬまでこの世界に縛りつけられてるだけなんだよ」
だからお前が心底から恨めしい、と満穂は締め括った。
清華は閉口した。一体何を言えるというのか。私達は等しく被害者ではあるが、満穂はより重篤な後遺症を負っている。
満穂から見ればテロに遭いながら皮膚を負傷しただけの自分は一種、羨望の対象だったのだろう。
なら。昨日、自室で幸に言われたことを思い出す。
「一緒に遊ぼ?」
なら解決方法はシンプルだ。一緒にまた野山を駆け回るれることを証明すれば良い。野山は難しいかもしれないが外で遊ぶこと自体はできるはず。
満穂は清華の予想外の言葉に理解が及ばず呆けていた。
「あー、え?」
「今から外出て遊ぼうよ」
清華は意図を説明する。一緒に遊んで、んで満穂も屋外で十分遊べることがわかれば私への嫌悪も消えるはず。
「ああ、そういう」
清華の意図を理解した満穂は心底バカにした目で清華を見た。
「行くわけないじゃん」
不具の体で外出することすら嫌なのだ。それが遊びに行くなど正気の沙汰じゃない。
ならば。清華はその答えを想定済みで、副案があった。
「わかった。なら自分の腕切り落とす」
「…………は?え?」
正気か?と信じられないという顔で見てくる満穂。もちろん清華は正気だ。
「私が五体満足だから嫌いなんでしょ?だから腕を切り落とすの。それとも足がいい?」
「いやいや、バカじゃないの!?なんで自分から不具になりに行くわけ!?」
「だってそうしたら満穂と同じだよ。また仲良くなれるじゃん。腕より友達無くす方が私は辛いよ」
「いや、そんなことはないし私は清華のそんな姿見たくないよ。それにどうやって切るつもり?言うは易しだよ。そんなに私をどこかに引きずり出したいの?」
「優しいんだね。でも大丈夫。おじいちゃんの日本刀借りればすぐだし、もしハッタリだと思ってるなら今ここで切り落としてもいい」
そう言って持ってきた短刀を取り出した。腕に軽く押し当て、少し切ることでハッタリではないと満穂に伝える。
「ま、待った。部屋が汚れる」
顔を引き攣らせて満穂が制止する。
「じゃあ外でやろう」
「ちょ、そういうことじゃない!」
「じゃあどういうこと?」
「私はあんたが不具になることなんか望んでないのよ!」
「でもそうならないと満穂と別れ離れになっちゃうじゃん」
「……わかった、しなくていいから。少なくとも体が理由で嫌わないから。連れ出したいってなら着いてくよ。だから、頼むからその日本刀をしまってよ」
「ん、わかった」
清華は短刀を収めると続けた。
「遊びに行こっか」
「……うん、わかった、わかったよ。……クソ、自分を人質にする奴なんて初めて見たよ」