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車椅子の少女3

 扉を開けた先、清華は書き物机にうずくまっていた。両手で頭を抱えて死んでいるかのように寸とも動かない。


 「……清華?」


 繊細なガラス細工に触れるかのような慎重な気持ちで恐る恐る清華の横に座る。清華は明らかに憔悴していた。心ここにあらずで、どうしよう、どうすれば、と蚊の鳴くような声で繰り返している。あまりに痛々しい。極度に思考に集中しているせいで私には全く気付いていないらしい。


 躊躇って、気詰まりから部屋の中を見渡す。目に付くのは幼さ。小ざっぱりと整理整頓されているけど、ぬいぐるみや清華が小さい頃の写真が散見される。小学校低学年の女の子の部屋って雰囲気が漂っている。


 この部屋は清華がテロに遭う前の時間で止まっているように思えた。


 「ねぇ清華」


 指で肩の辺りを突つくとようやく清華は気付いてくれた。それで余程集中、というより泥沼に陥っていたのか驚きのあまり飛び退いた。


 拍子に魚の縫いぐるみが落ちた。どうやら抱えていたらしい。その年季の入り様を見るに可愛らしい趣味というより、妹ちゃんの言うところの元親友との思い出の品なんだろう。


 清華が私を見る目は驚きから即座に「私の部屋から出ていけ」という敵意に変わった。


 だから私は清華が何かを言う前に先手を打った。


 「あのね清華、大丈夫だよ」


 いきなり何言ってるんだと顔を歪ませる清華。


 「大丈夫。仲直りできるよ」

 

 私は確信を滲ませて言う。


 「……なんで?」


 清華の顔は一転して迷子のようになっていた。自分ではどうしようもなくて、他人に縋らざるをえないって顔。


 私だって確信があるわけじゃない。私は清華と元親友の過去のことをまったく知らない。それに2人の受けた被害を真に理解することだってできてない。


 果たして私は清華の傷を理解できる日が来るのだろうか?私は親しい人を亡くした経験はない。それも目の前でなんてなおさら。


 清華に真に寄り添える。そんな日は永遠に来ないのかもしれない。それでも彼女の気持ちに思いを馳せ、理解に努めることはできる。決して安っぽい同情なんて非難されるようなやつではなく。


 差し当たり、私は清華と元親友の仲を元に戻してあげたい。そうすることで清華の私に対するポイントを稼ぎたいというよこしまな思いもある。でもそれ以上に私は清華に元気になってほしい。今みたいな憔悴した顔ではなく、あの夕陽を見ている時の柔らかい微笑みを浮かべていてほしい。


 残念ながら、そして当然のこととして私は一般論ぐらいのアドバイスしかできないのだけれども。


 けれど視野狭窄に陥っているらしい清華の手助けくらいならできるはず。


 清華はなんで?って聞いた。なんであなたに私が助けられるの?って。


 「私が一緒に考えるから。だから、まずは教えて?何があったのか」


 私の言を受けて清華はポツポツと話し出す。久しぶりに会った親友に嫌いだと面と向かって言われたこと、なぜ嫌われたのか理由がわからなくて困惑の度を深めていること。


 「……ううん。でもね、本当は少しわかってるの」


 多分、満穂はもう私と同じように運動できないから、と蚊の鳴くような声で清華は言う。その推測は妹ちゃんが想像していたものとピタリと一致する。なんていうか、さすが姉妹は伊達じゃない。


 夕陽はその傾斜を増し、山間部に所在するこの村では山が夕陽を遮り夜は早く訪れる。暗くなりつつある室内。


 夜闇は人と人との境界を曖昧にするという。そういうわけか清華はゆっくりゆっくりと彼女の思考を話す。


 「満穂みほのスケッチブックを見た時さ、安心したんだ。運動に代わる趣味を見つけることができたんだって。だって満穂の絵、上手だったから。きっと長い間取り組んでたからだろうし……」


 最後に清華は迷子になった幼な子のように頼りない声を出した。


 「ねぇ、どうしたら良いのかな」


 私が思うに、まず今回のいさかいは感情の発露が未熟だったことに由来する。同じテロに遭いながらも五体満足な清華への羨望か、あるいはそれが嫉妬に転じたか。満穂の心中がどうであれ、感情の表し方が稚拙になってしまっただけだと思う。


 本来は2人とも同じテロに遭った被害者同士であって、こうしてぶつかり合う必要はないはずだ。


 仮に、今までの推測のように満穂が自身の障害を理由に清華に辛く当たっていたならまだまだ全然仲直りはできる。


 昨今は身体障害者用のスポーツもある。さすがにすぐに道具を用意することは難しいだろう。けれど、もし満穂が下半身だけ不自由ならば、上半身だけを使う、例えばキャッチボールなら十分楽しめるのではないか。もしくはもっとシンプルに、清華が付き添ってずだと遠くへ散策へ行くのも良いかもしれない。


 私が以上のことを訥々《とつとつ》と話す間、清華はじっとして聞いていた。


 「……そう、だね」


 できるかな?と清華が聞く。


 「できるよ」


 私は絶対の確信を持って応えた。


 夕闇の室内に清華はただコクリと頷いた。

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