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車椅子の少女2

 清華が失意の底を漂っているのは傍目から見てもよくわかった。なにせ、どうしようとかどうすれば、って延々ぶつぶつ呟きながら自室へ入っていったっきり。


 どうにかしてあげたいし、心理状態を考えればどうにかしなければならないとも思う。


 そんなタイミングで妹ちゃんが私を小突いた。ちょっと話したいことがあるって感じだったから私は大人しく従った。


 「しかしなんだ。お前、案外右翼日和見主義者なんだな。……あいや教条主義者の方が適切かな」


 ドッカと縁側に座った妹ちゃんが言う。


 「???」


 「いやなに、全然動かないなってこと」


 文脈が何も無いから困るけど恋愛についてだろう。だって私と妹ちゃんで政治の話したことないし。妹ちゃんが一方的に話すことがあるだけ。この前も「ソ連の最大の罪はファシスト・ドイツ人を絶滅させなかったことだ。なぜ君の先祖は呪われたる蛮族であるドイツ人を根絶しなかったのか」とか言ってきてマジで怖かった。これ政治か?


 閑話休題。内容としては、せっかく実家に誘ってやったのにその体たらくはなんだ、って叱咤激励だろうか。


 いやだって清華の過去が慄然とするものだけに内面に踏み込むのって慎重の上にも慎重を期さなきゃいけないんだもん。自己弁護だけど多少は躊躇っても仕方ないと思うの。


 おもむろにニャアと鳴き声がして、猫のこうもりがゴロンと妹ちゃんの前に転がった。


 「おー、なんだ誰にも構ってもらえないのか」


 言いながらゴロンと横になったこうもりのお腹をわしゃわしゃ撫でる。こうもりはノドをゴロゴロ鳴らして嬉しそうだし、妹ちゃんも幸せそう。私も撫でたいけど場所がないから代わりにしっぽニギニギした。


 しかしこうして見ると妹ちゃんも中学生らしい。決して妹ちゃんの年齢やその他素性を疑ってるわけじゃない。でもね、世間一般の中学生はナチスやソ連、大日本帝国の旗を持って「思想の反復横跳び、しよ?」って可愛らしくて言わないと思うの。


 「ダメだよーこうもり。お姉ちゃん困らせちゃ。お姉ちゃん2階嫌いなんだから」


 「そうなの?」


 確かに清華はこうもりが2階に逃げたと言って困ってた。清華は2階にのぼらないのに妹ちゃんは当たり前に2階にのぼって行ったから、清華の感情に原因があるのかと思ってはいたけど。


 「うん。お姉ちゃんね2階で自殺したんだよ」


 「……え?え、え?」


 ちょっと、いやだいぶ待ってほしい。自殺した?清華が?じゃあ今いる清華は誰?


 「ああ、ごめんごめん。未遂に終わったんだよ」


 「んだよビビらせんなよ」


 「ま、でもそれ以降お姉ちゃん実家の2階に寄り付かなくなってね」


 ポフポフとこうもりの腹を撫でる妹ちゃんの手が止まった。


 「寂しかったんだって」


 体の傷も心の傷も癒えず、辛くて辛くてしかたなかった。そして何より、死ねばお母さんに会えると思ったから、だそう。


 「身勝手だよ」


 切々とした、やり切れない悲しさをした目と声だった。いきなり撫でる手が止まったことに不審を抱いたこうもりが妹ちゃんを見上げる。


 それに何でもないと首を振るとまた撫ではじめた。


 「残される方の気持ちも考えてほしいよ」


 妹ちゃんの示した憂色に私は返す言葉を持たない。だって私は妹ちゃんや清華、姫舞家の凄絶な経験をしたことが無いから。ただ同情するしかできない。


 そう考えると私は、今の清華を形作った経験に対して、ただ想像して同情することしかできない。真に理解して寄り添うことなど到底できないのだ。あるいは慰めることもできるだろうが果たしてどれほど。


 「そうそう。だからね、お姉ちゃんの胸にはまだその時の刺し傷があるんだよ」


 この辺り、って妹ちゃんは胸の中間をトンと指差す。


 「ま、あんたが見れるとは思わないけどね」


 妹ちゃんが呆れ、非難がましい目で私を見る。色々手助けしてやったのにその体たらくはなんだ、と。そして逡巡する私をどうしようかと思考を巡らせているようだ。


 いやそこはさぁ、ほら……。せっかく仲良いんだしここまで手助けしてくれたんだし最後まで協力してくれるとこじゃん?なんだっけ、ほらあれ、革命的同志愛ってやつ。


 妹ちゃんからはなおも、お前ほんとに行動に移せるのかよと疑惑の目を向けられたが私はいけるいける、何とかするよ強弁した。


 手始めに私は清華の機嫌をなんとか上向かせようと思う。具体的には友人と何やら揉めたらしいからそれの解決を手助けしようと思うのだ。


 妹ちゃんは大して期待していなさそうながらもいくつかヒントをくれた。


 「お姉ちゃんもその元親友もね、2人とも外で遊ぶのが好きだったんだよ。んでその元親友の方は車椅子の生活を強いられてるの。多分そこら辺がトラブルの原因だと思うんだよね」


 それ以上はわからん。そもそもこの推測が合ってるのかすら知らん。と妹ちゃんは締め括った。


 「ま、頑張れよ」


 実にやる気のない応援の言葉で私は送り出された。


 清華の部屋は片隅に位置している和室。引き戸の前に立ってみても、ただ森閑としていて人の気配は無い。聞き耳を立ててみても音はない。


 実は清華はどこかに出かけたんじゃないか?上手に清華に接する自信がないために生まれる逡巡がそんな言い訳を考え付く。


 でも先延ばしに意味はないから。


 意を決して扉を開けた。

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