車椅子の少女
幸と冴月が墓参りへ行っている間、清華は親友の来訪を得ていた。
車椅子に座っている大人しい性格の満穂。テロで下半身付随になり車椅子生活を余儀なくされている。
正直に言えば清華は満穂の方から訪ねて来たのを意外に思っていた。というのも、テロ以降、清華は満穂に避けられていると感じていたからだ。
「久しぶり」
「うん、久しぶり!」
軽く手を上げた満穂に清華は満面の笑みで返し駆け寄る。清華の胸中に懐かしさが込み上げる。清華は中学生の時留学に行っていたこともあって、満穂に会うのは数年ぶりになる。
「へぇ、笑えるようになったんだ?」
満穂のその言葉はぶっきらぼうな独り言に近いものだった。
「満穂だからだよ」
清華にとって満穂は唯一無二の親友だった。テロに遭う以前は2人揃って村一番の問題児だった。
ある時は木に登って降りられなくなって消防隊が出動した。ある時は野良猫を追いかけて危うく遭難しかけた。そもそも普段から道草を食ってばかりで素直に学校から家へ帰らない、遊びに行ったら日が暮れても帰ってこないなどなど。
そんな無邪気で天真爛漫で祖父母、両親に常に心配をかけ続けていた2人は、テロを機に性格が一変した。2人揃って陰々鬱々となった。
そんな仲の2人。しかし清華は眼前の満穂に妙なところを感じ取っていた。余所余所しいのだ。
「そういえばさ、あの外国人だれ?」
「ああ、ノーブル・サプフィール・幸。友人だよ」
「あんたの?」
「うん。……あのさ、上がってく……、でしょ?」
清華は満穂の素っ気ない態度に戸惑っていた。この晴天下に話しているのも暑いからと誘ってもまるで頓着しない。
のみならず底意地の悪い薄い笑みを浮かべるにいたり、いよいよ清華は困惑の度を増した。
「首の傷、治ってないんだね」
トントンと肩叩きするみたいに首の後ろを差した満穂。
「あ、うん……。一生治らないと思う……」
清華の背中、そして首の後ろにはテロの時に負った大火傷の痕が残っている。清華が髪を伸ばしているのはこの傷を隠すため。
以前幸の家で入浴しなかったのも、これによるところが大きい。
父と祖父母はなんとか治療の手はないかと方々に掛け合ったが、いかんせん傷の範囲が広すぎて打つ手がなかった。
「そう。それは良いことを聞いたよ」
満穂は口角を釣り上げ薄ら寒い笑みを浮かべた。清華は満穂の発言の意図が読み取れない。満穂自身テロの後遺症に苦しんでいる。満穂と私とでは部位も種類も程度も違うが、それでも同じように苦しんでいることだけは変わらない。それを指して『良かった』などと評することはありえない。
「あの、どういう……」
「清華。私はあんたが嫌いだよ」
言うや満穂は身を翻した。
「あ、ま、待って」
清華は帰ろうとする満穂に追い縋る。拍子にスケッチブックが車椅子から落ちた。はらりと紙がめくれて中が見えた。
「絵、描き始めたんだ。上手だね」
清華はなんとか会話を続けるための糸口を掴めたことにほっとした。スケッチブックには色鉛筆やクレヨン、油彩など多様な方法で風景画が描かれている。ことごとくのコンクールで金賞を掻っ攫えそうな出来栄え。
元来の満穂は絵画に興味を示さなかったと記憶しているが、どうやら新しい趣味を見つけた様子。
けれど満穂の視線は険しく、清華は蛇に睨みつけられる蛙みたいに竦んだ。
「嫌いだよ!」
私が渡したスケッチブックを乱暴に地面に叩き付けて怒鳴った。そして清華を一切無視して帰っていった。




