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姉と妹

 「こうもりー?こーもりー」


 眉を八の字にむむっと寄せて、清華は困ったように2階に続く階段を見上げていた。


 「どしたの?」


 「こうもりがね、あ、うちの猫がお菓子咥えて2階に逃げちゃって」


 「はあ……」


 猫の名前他の動物の名前なのか。ややこしいな。そしてセンスがよくわからない。一般的にあんま良いイメージ持たれてなくない?


 「あ、なんかね、おじいちゃんとおばあちゃんの間行ったりきたりするからこうもりなんだって」


 「へえ」


 それこうもりか?


 しかし、猫が逃げたというのなら追いかければ良いだけなのでは?それとも2階は祖父母のスペースだから入っちゃダメ、とかなんだろうか。


 妹ちゃんが通りかかった。


 「あ、冴月。こうもり捕まえてきてよ」


 言いながら清華は妹ちゃんの背中をぐいぐい押す。?別に2階が立ち入り禁止ってわけじゃないの?


 妹ちゃんは特段疑問に思うこともないらしく、ぶつぶつ小言を言いながらも2階へのぼっていった。


 しばらくしてキジトラの猫を妹ちゃんが抱えて降りてきた。どうやらこいつがこうもりらしい。当たり前だけど外見にこうもりらしさはこれっぽっちもない。


 「そうだ、ちょっと手伝ってよ」


 「私?別にいいけど」


 ちょうどいいやと妹ちゃん。え、お姉ちゃんに頼ってくれないの?と軽くショックを受けている清華。


 「お姉ちゃんはどうする?行く?お墓参り」


 お墓参りと聞いて瞬間、清華は目を軽くではあるけど見開いて、体を硬直させて驚いた。衝撃に打ちのめされた、というような感じで、昨日私を二度見した時の驚きとはまるでその性質は違った。


 「……いや、行かない」


 清華はなんとか絞り出した声と共に力無く首を振った。


 桶や柄杓、お供物。それから庭に生えている椿の木の、特に綺麗な花を咲かせているものを手折った。


 「あのさ、お墓参りって」


 「ん、お母さんの」


 「なら……」


 なんで清華は行かないの?


 木陰。つと振り向いた妹ちゃん。陰になっているせいで表情を窺うことは難しい。ただ怜悧な双眸が私を見た。


 「お姉ちゃんは幼稚だから」


 「……幼稚?」


 私には清華が幼稚だとはまったく思えない。むしろ秀才だ。それでも妹ちゃんは幼稚だと断言した。


 それじゃあお手伝いありがとう、と出かける妹ちゃんに私は追い縋った。幼稚だから、ではあまりに要領を得ない。もっと具体的な説明が欲しかった。


 清華と妹ちゃんのお母さんのお墓は、家の裏手の丘の中腹にあるらしい。とくに整備はされていない山道を歩きながら妹ちゃんはポツポツと話す。


 「端的に言うとね、お姉ちゃんさ、お母さんが死んだことをどうにも認めてないっぽいんだよね」


 「……ほう?」


 認めてない?なんとも不思議というか、意味がわからない。


 事実として2人の母親は非業の死を遂げた。そして人の生死というものはたった1人の人間の意思次第で左右されるほど、ちっぽけなものではない。清華が認めなくたって母親は死んだし、蘇ることも無いのだ。


 にも関わらず清華は何年経っても母親の永遠の不在を受け入れようとはしない。なるほど、妹ちゃんは清華のその精神性を指して幼稚と評していたわけだ。


 「ここからは1人で行くから」


 妹ちゃんは前方をアゴで示して私にここで待っているよう伝えた。私はただ頷く。


 面識の無い私が故人を偲ぶ場にいるのは無粋を通り越して失礼だろう。妹ちゃんも気が散ってしまうに違いない。


 山道から村の大部を一望の下におさめることができた。2人の母親が眠っているというお墓からも同様の眺望を得られるのだろう。いい場所だ。


 母親の死について2人はどう思っているんだろうか?


 以外に妹ちゃんは大人びている。死んでしまった事実は覆らないから、と諦めの境地だろうが、とにかく受け入れている。あるいは惨烈な経験のために大人にならざるを得なかったのかもしれない。


 そう考えれば清華の心理状態の方が当然とも思えてくる。


 もっとも清華の心理状態に関しては妹ちゃんの推測にすぎない。すぎないのだが長年清華の隣にいた妹ちゃんの、である。


 それに思い当たる節が無いではない。清華は自身や周囲の人間が攻撃を受けると過剰に反撃する。


 私の家に男が押し入って来た時も、当然のように殺害を選択肢に入れていた。私が止めなかったら何の躊躇も無く殺していただろう。それに逢のマネージャーの件も。警察は自殺と結論付けたが私はそうは思えない。


 ともかく、条件反射的、言い換えれば短絡的に極端な選択肢に走るその精神性は確かに稚拙ではある。


 お墓参りから戻り、姫舞家の門に差し掛かったところでおもむろに妹ちゃんが足を止めた。何ぞと思い私も怪訝そうな妹ちゃんの視線の先を見ると、前庭に清華が立ち尽くしていた。


 悄然しょうぜん、と表現するのが最も適切に思う。清華の心中に渦巻くのは絶望と悲嘆、それから失望に困惑といったところか。


 足元にはアルバム帳が投げ捨てられていて、ただそれをどうしていいかわからずに見ていた。


 「清華?」

 

 私の声にいや、なんでもないんだ、と首を振るとノートブックを拾うと丁寧に丁寧に砂を払って部屋に引っ込んでしまった。


 ただならぬ様子に私もああ、とかうん、とか生煮えの返事しかできなかった。


 「一体何があったのさ?」


 妹でしょ、何かわかんない?と聞いてみる。妹ちゃん、詳しくはわかんないけど、と前置きして。


 「多分、お姉ちゃんの友達。より詳細には、元親友」


ヒロインの清華は作中で一度も母親が『死んだ』とは言ってないはず……。多分。

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