妹ちゃんの来訪
「開けろ!ゲハイメ・シュターツポリツァイだ!」
妹ちゃんがインターホン越しに叫ぶ。
「誰だよ。ていうか何だよ」
妹ちゃんが我が家に訪ねてくるようになってからいつも組織の名を告げる。前回はシポだかジポ、それからオルポだった。ナチスドイツの警察組織の名前らしい。なぜ開けると思ったのか。
さてでは今回は?なんか響き的にドイツ語っぽい。
「ゲシュタポだ!」
「知らねぇ……。いやまて、ゲシュタポ?」
悪名高いナチスの秘密警察の?なんか歴史の授業で習った。
「余計開けるわけねぇだろ」
「じゃあНКВД(NKVD)だ!Народный комиссариат внутренних делだ!」
「国の問題じゃねぇよ。あと発音お上手で」
なんでソ連の秘密警察持ってくるんだよ。じゃあじゃねぇよ。もっと根本的なもんだよ。誰がホロコーストやら大粛清で自国民殺す秘密警察が来た時に玄関開けるんだよ。
「む……。第118シュッツマンシャフト大隊だ!」
「えぇ……。知らん……」
知らないけど第118とか大隊とか明らかにミリタリーくさい。ていうかいい加減私が開けない理由を悟ってほしい。誰が物騒な連中を家に上げるというだろう?
「あなたのハティニを焼いた者だ」
「知らねぇよ」
いやでも、なんかハティニって聞いたことあるような……?何だったかな。
それにしてももうちょっとマシな方向に興味を持ってくれないだろうか?ロシアで長い期間を過ごしてきた者として、ロシアやロシア文化に興味を持っとくれるのは嬉しい。
問題はそのことごとくが物騒なこと。文学や音楽、絵画、それこそバレエなんかの芸術方面にも興味を持ってほしい。ロシアは芸術方面にだって素晴らしい国なのだ。
「とりあえず開けてくれる?外暑い。死ぬ」
「お前が変なこと言わなきゃ済んだよ」
部屋にやってきた妹ちゃんはウキウキと2つのものを取り出した。拳銃とDVD。……拳銃!?
「え、いや何お前……」
犯罪者……?と戦々恐々としてる私に妹ちゃんはそれをずいと差し出しつつ説明する。
「モデルガンだよ。ナガンM1895。お前の国のだよ」
「はぇ〜」
つまりは本物同様の精巧なおもちゃらしい。たしかにずっしりと重い。拳銃ってコンパクトな見た目してこんなに重さを感じるんだってちょっと驚き。
色々いじくっている内に妹ちゃんは慣れた手つきで持ってきたDVDをセットした。一体何を持ってきたんだい?と目で尋ねると、ひょいとパッケージを見せてきた。戦争映画らしい。
題名は『炎628』。Иди и смотри。ロシア語の方は訳せば『来たれ、そして見よ』。確か聖書の一節。
んでパッケージを飾るのが第二次世界大戦時のドイツ兵4人とドイツ兵に銃を突き付けられている少年1人。
これあれだぞ。絶対に正規軍同士の血肉湧き踊り心を熱くする戦闘じゃなくてパルチザンとか虐殺とかの陰々鬱々としてて心を破壊してくるやつだぞ。それをこいつウキウキで……。お前、人の心とかないんか?
内容は予想に違わなかった。つまり暗澹としていて心を引き裂かれた。熾盛になる炎に反比例して無くなっていく悲鳴。もうトラウマ。
で、見てる内に思い出した。ハティニってあれだ、ベラルーシの村で虐殺の舞台になった場所だ。
そういえば今日こいつ来た時第なんちゃらなんちゃら大隊って言ってたな。しかも私がハティニを焼いたって言ってた。なるほど映画から持ってきたわけか。にしたってチョイスが鬼畜に過ぎる。
拳銃を妹ちゃんの側頭部に突き付ける。こいつもう殺害已むなしの巨悪だろ……。
「お前友達いんの?」
戦争とか虐殺とか、そんなのばかり話すこいつに友達がいるとは思えない。
代わりに妹ちゃんは当てこすりで返してきた。
「殺人を解決方にするなんてまるでナチスだね。T4作戦とか長いナイフの夜とかホロコーストとか」
私はすっごい渋い顔をしてたろう。その隙を衝いて妹ちゃんは素早く体を捻り銃口から逃れ、同時に私の手から拳銃を奪い取った。
「突き付けるべきじゃなかったな」
やってやったぜ、と得意気に、お前をバビ・ヤールでイワシにしてやるぜ、と不敵に笑う妹ちゃん。その笑顔だけは年相応に無邪気だ。
その妹ちゃんは私から一歩離れて半身で私に相対し、拳銃を持った右腕を肘を曲げ折りたたみ、簡単に奪取されないようにしていた。
「慣れてるね」
「お姉ちゃんに教わったんだよ」
そうだお姉ちゃんと言えば、と妹ちゃんは尋ねてくる。
「お姉ちゃんと何かあった?最近会ってないみたいだけど」
「あー、いや、まあ……」
どう説明したものか。必然的に口を噤んでしまう。
「夏休みだから、かな?」
結局、私はすっとぼけた。清華の心の傷を抉った、なんて言えるわけもない。
「そう。その割に非友好的っていうか、冷たい空気っていうか」
不意に妹ちゃんは何かに引っかかったらしい。む、と考え込む。
「つまり冷たい日々……。ノヴィ・サド虐殺?」
「は?」
またわけわかんないこと言ってるよこいつ。私はてっきり、私が清華の過去に触れたことでトラウマを思い出させたことに思い至ったのかとヒヤヒヤしたのに。
「そういえばあんたはどうすんの?夏休み」
話題を逸らす。
「んえ?私?特には何も。帰省するくらいかな」
「帰省?」
「そう。家族全員で故郷の咲乱村に1週間とちょっと」
「へぇ……」
つまりは清華の実家か。ちょっと興味あるな。
「あんたは?ロシアに帰るの?」
「んー、帰るならイギリスかな。私の実家イギリスだしロシアには特に用はないし。でもどうするかは決めてない」
妹ちゃんはパチクリとまたたかせ、イマイチ要領を得ないといった顔。
「ロシア人じゃないの?」
「イギリス生まれのイギリス人だよ」
「あ、そーなんだ」
それきりしばらくの沈思黙考。
「じゃあ私の実家来ない?」
「マジ!?行く行く!」
「おおう、めっちゃ前のめり……」
そりゃあそうもなる。少し前から清華とは距離ができちゃってて、詰めようにも夏休みだから自然と会う機会も無いから難しい。好機があれば飛びつく。そうでなくても普通に会いたい。
「応援してくれてるわけ?」
以前妹ちゃんには清華への恋心を打ち明けたとこがある。ひょっとして応援してくれるんだろうか?おいおい最高かよ!
「別にあんたの恋路を応援するわけじゃないんだけどね」
そう前置きして妹ちゃんは話す。最近、清華の元気が無いと言う。
「なんか落ち込んでるっていうかなんていうか、ずっと何かを引きずってる感じでさ」
だから貴重な友人である私に会わせて事態の好転を期待したいのだとか。
やべぇ……。第一に友人に貴重なって言葉を付けるのがマジやべぇ。清華ってマジで友人いないんだ。
第二に多分おそらく、というかほとんど絶対の確率で清華が現状の心理状態に陥っているのは私にその責を求められるということ。でもこれ妹ちゃんに言ったら殺されかねないから言えない。
けどともかく、私は具体的に清華の実家へ行く準備を始めた。
最近全然書いてないですがちゃんと最後まで書きます。話数的にはあと10話いかないくらいだと思います。