ならば私は
喫茶店に入ってきた清華は驚いたようだった。性格のせいか目立ちはしないが、微かに見開いた目、僅かぽけっと開けられた口は困惑を表していた。
私はモデルをしてる。で、その関係でSNSを運用してる。だから!SNSでこの店を取り上げたのさ!
つまりは意趣返し。客の入りは上々で、空いてる席は私の正面だけ。ならば清華はそこに座らざるを得ないってわけ。舐めんな。
清華は一旦私の存在を無視した。けど店内が満席で、私がニコニコ手を振り、店員に私の席を促されるに至り、とうとう私の席に来た。
「理解できない」
着席してすぐ、苦味走った顔でそう言われた。
「君が避けるからさ」
それに私に言わせるなら
「なんで避けるの?」
そっちの方が理解できない。1人でいるのが好き、というのは理解の範疇だ。けど拒絶までする、というのは普通のことではない。
「あなたには関係無い」
それっきり、まるで黙ってしまった。手早く慣れたやりとりで注文を済ませるといそいそと本を取り出した。ブックカバーがかかっていて内容はわからない。日が傾くまで読書して過ごすつもりらしい。
「なに読んでるの?」
まあ分かってた。聞いても無視されることくらい。
やっと口を開いたと思ったら飲み物を飲んだだけ。注文したのは紅茶とクリームケーキらしかった。
クリームケーキ。バニラクリームをパイ生地で上下から挟んだもの。ケーキ?って感じだけど美味しそうだった。
私も追加で頼んだ。相手と同じ行動をするミラーリングってやつ。
話し掛けるのを夕焼けまで待った。清華が夕焼けに惚れ込んでいて、柔和な笑みを浮かべるあの時間になら言葉を引き出せるじゃないかと思ったから。
段々と日が傾き始めると本を閉じて空を見始めた。目を細めて仔細まで見ようとしてる。風流だった。
「良い景色だね」
私も夕焼けを見てる風を装う。けれどずっと横目でチラチラと清華を見てた。
「うん」
鋭利と怜悧、断固とした意思を宿した目は目尻が下がり柔らかくなっている。どうにも学校での清華と、今、夕陽を前に微笑んでいる清華が結びつかない。
そりゃまあ、人間は色んな面を持ってる。私だってそう。特にモデル業関連の時は万人に愛される自分の演技をする。SNSとかね。
なんでそうなの、とは今の関係性だとさすがに聞けないよなぁ。
「これ」
私はイヤホンを差し出した。不思議そうに受け取る清華。
「音楽だよ。多分、夕焼けと一緒にきいたらより良いと思う」
清華は少し驚いてたみたいだった。いかんせん、表情は薄くて機微までは読み取れない。けど、悪いようには解釈していなかった。
私はなんか小っ恥ずかしさがあって、装着するよう促した。それで流したのは私が昨日少し口ずさんだ歌。
「良い歌だね」
言語は分からないけど、って清華は嫋やかに感想を述べた。
「ああ、ロシア語だよ。えっとね、曲のタイトルは『モスクワ郊外の夕べ』っていうんだ」
「ああ、サプフィールの部分?」
得心いったという風に頷く清華。
「……私の名前、知ってたんだ」
清華は頷くと、あるSNSのページを私に見せた。……私の、この喫茶店についての投稿だった。
今度は私が苦笑いを浮かべる番だった。誤魔かし笑い、って表現した方が近いかな。
わざわざその投稿を私に見せた意味。私が今日、無理矢理一緒に夕陽を見たいがためにした行為は把握してるって暗に言ってた。いつの間にか目は叡智な光を宿していた。面倒なことをしてくれたな?と幾分責める調子があった。
……怖い。めちゃくちゃ怖い。その頭の切れるところも、私に頭を働かさせて自分で答えを求めさせるところも。
私はそういう得体の知れなさが怖くて、万に一つの滅茶苦茶な可能性に賭けた。
「サインいる?」
清華が私のファンで、お気に入りの喫茶店を私が投稿してたからそれを見せた可能性!ゼロ!
清華は澄んだ笑みとともにゆっくり首を振った。
あー、やっぱり?そしてその笑みは一体何を意味してるんだ……。勝てないなぁ。
「あのさ、また一緒にこうして夕陽、見れるかな?」
私は愚直に尋ねるしかなかった。権謀術策を巡らせるほどの能力は私には無い。精々小手先のみみっちい手段だけ。そして清華はそれぐらい簡単に見破る。
清華は、さあどうでしょう?と軽く首を傾げた。
敵わないなぁ。