表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/40

あの日

今回は清華のお父さん視点でのお話。

 清華の父親は振り返る。清華10歳の誕生日。プレゼントとケーキの材料を買いに一家揃って大型ショッピングモールへ来ていた。清華が選んだプレゼントはクマのぬいぐるみ。冴月も一緒に遊べるように選んだというのだからお姉ちゃんとしてまた大きく成長したようだ。


 今は右にお母さん、左に冴月と手を繋いで楽しげに歩いている。ぬいぐるみは冴月が抱えていて、これもまた成長の証だろう。


 ケーキには大量の苺を載せたいのだそうで、スーパーでは奮発してお高いイチゴをたくさん買った。


 「車回してくるよ」


 今いる正面ホールから駐車場所までちょっと遠い。それに今の時期、長時間止めていた車内は暑いだろう。


 「うん、お願いね。私達はここでまってるから」


 ついでに苺やら服やらの荷物を引き受けて駐車場へ。しかし湿気で暑いな、と荷物を積み終えた時だった。モール内から爆発音。地面が揺れた。


 自衛官として訓練された体が反射で地面に伏せる。爆発音は複数。しかも大きい。ガラスが割れた音が聞こえた。爆発地点から遠く離れた箇所のガラスまで割れている。ということは爆発の内、衝撃波を発生させる爆轟か。


 よほど大きな事故かと思ったのも束の間、銃声が響き始めた。建物内での発砲でくぐもっていてはっきりとは分からないがAK。少なくとも発射レートはそう。


 車に搭載されている小型の斧を手に取った。本来は事故に遭った際に脱出するために役立てるものだ。


 銃乱射。本来なら一目散に逃げるのが正しい。けれど娘がいる。妻がいる。愛すべき家族がいる。


 車で正面ホールまで行くのは無理だろう。ガラスが飛び散ってるし目立つからテロリストに容易に気付かれる。


 建物内から逃げてくる人波を避けつつ、正面ホールに向かう。


 発砲音からして最低4人。軍事のプロではない。発砲音の場所がバラバラだし1人はとにかく乱射している印象。それにもし周到な計画を立てていたならモール内から逃げ出す人々を入り口付近で待ち構えるのが一番被害を与えられる。


 人々が一目散に逃げてモール内は急速に人が捌ける。


 とにかく正面ホールへ。もどかしいのはショッピングモールという建物の都合上視界が開けすぎているということ。通路は広くまた店舗はガラス張り。下手に動けばアクティブシューターに見つかり撃たれる。


 自衛隊の市街地戦闘訓練だってこんな開けたところは稀だ。


 銃声が段々近付いてきた。咄嗟に服屋の商品棚の後ろに身を隠した。布が地面が下まで垂れていて、なおかつ入り口にほどほどに近い。


 反撃する。ちらりと見えたアクティブシューターは軍隊では基本のツーマンセルを組まずに1人で行動している。それに小銃の構え方も甘い。脇は閉じてないし上半身も板みたいに真っ直ぐだ。


 テロリストが横を通る。ズカズカと傍若無人に歩く足音。横を通り過ぎたのを確認して背後から斧を頭頂部に振り下ろした。


 訓練では決して感じることのない骨が砕け肉に斧が突き立てられる感触。けれどそんなこと一切気にかけず訓練通りの動きで止めを刺した。


 テロリストからAK47と弾倉いくつかを鹵獲。それから死体を試着室に隠した。テロリストに仲間の死体を見つけられると警戒されるから困る。


 正面ホールへ駆ける。小銃を手にした今、ある程度は大胆に動ける。


 途中でテロリスト一名を射殺しつつ正面ホールへ差し掛かった。ホールは円状の広場になっていて、自然を取り込んだデザインのために茂みや樹木が配されている。


 3階の通路から見渡す。そこで見えたのは茂みに倒れる冴月、呆然とへたり込む清華。その清華の正面にテロリスト。


 「おい!」


 清華に小銃を向けているテロリストに大声をぶつける。テロリストが発砲する直前だった。いきなり大声で呼びかけられたテロリストは驚いて体を固くした。


 そこへすかさず射撃。頭へ命中させ、確実に殺すために倒れても数発撃った。


 テロリストは射殺したけれど、テロリストも清華を撃った。少なくとも一発は当たった。


 3階から飛び降りる訳にもいかず大急ぎで2階へ駆け降りそこから手すりを越えて一挙にホールへ飛び降りた。


 見たところ冴月は重傷ではない。問題は清華だ。背中に大火傷を負って下腹部に貫通銃創。貫通痕を見るに弾丸は綺麗に抜けたらしい。これなら銃弾が体内で回転する現象、タンブリングは起きておらず、よって肺などの重要な臓器は傷ついていないだろう。また大量の出血も認められない。これならまだ助かる。


 とにかくこの火傷の手当てをしなければならない。患部を清潔な水で洗浄し体の温度を保たせる必要がある。


 周囲を見渡すと飲食店のテナント。あそこなら水もあるはずだしアルミホイルで体を巻いて保温もできるだろう。


 「あ……」


 移動しようとして周囲の肉片の正体に気付いた。気付いてしまった。千切れた腕や足に付着する衣類。……妻のだ。


 最愛の人が最早人と呼べないほどにバラバラになってしまっている。


 「そんな……」


 か細い声が震える。


 振り切って娘2人を抱えた。死者より生者。酷い状態の清華だが今ならまだ助かるかもしれない。


 最愛の人から目を背けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ