過去2
私は随分と姫舞家に慣れてきた。私も慣れたし、清華も妹ちゃんも、そして2人のお父さんも私のことを受け入れてくれていると思う。このまま姫舞幸とかどうかな?……やば。
熱く真っ赤になった顔を冷やすようにブンブンと首を振った。
部屋に入ってきた清華が私を見て不審者を見る目つきになった。
「ああいや、なんでもないよ」
だから寝ようと促す。
電気が消された室内。布団に横になった清華。
私の胸の内にわだかまっている、あの夜どこで何してたのって聞くのは勇気のいることだった。清華の暗部に触れることだから。
でも私は清華により踏み込んでいくって決めたから恐る恐る尋ねた。
「あのさ……、あの日どこ行って何してたの?」
なんてことない清華のいつもの顔が、室内は暗いにも関わらず陰が差した。
その表情はなぜ知りたい、知ってどうする。そう詰問するようだった。
私は清華が離れないように清華の手を握りながら話す。
「あのさ、あの夜逢の家に行ったんでしょ。それで……。マネージャーを死に追いやったのも清華でしょ」
清華は答えない。それがゆえに肯定と受け取ることができた。
「……なんで?」
なんでそこまでするの?できるの?
清華の目は南極の氷のように冷たくなってく。
けれど私は怯まない。ここで足踏みしてちゃダメなんだ。ピクリとも動かない表情にも怯まず正面から見返した。
「私とあなたは違う」
だから、言ったところで理解できない。追求はお前にも不都合だからこれ以上は止めろと清華は私を睨む。
「そんなことない」
私はお互いの吐息がかかるほどに急迫した。
確かに私と清華は違う。けれどだからと言って理解できないはずがない。少なくとも私には清華を受け入れる用意が、理解のために費やす無限の努力がある。
清華は、私がさらに接近するとは思ってなかったらしく、また人にここまで近付かれた経験がないのか戸惑っていた。冷徹無比な鉄仮面のような表情が揺らいだ。
私は生じた隙を衝いて清華に覆い被さった。はらりと垂れた髪が清華にかかる。
「え、あの」
私は清華が逃げを打つのを許さず、徹底的に詰問する気でいた。今をおいて機会はなく、また我ながら情けないことに、再度問うだけの勇気は無い。
「そんなに人が嫌い?」
「……うん」
私が正面からその理由を教えて、と清華を見つめる。清華は面と向かって言うのが憚られるのか、顔を逸らしてポツポツと語り始めた。
「別に人が嫌いってわけじゃないの。ただ離れるのが嫌なの」
「それは、さ……。お母さんのことがあったから?」
ピクリと清華が震えた。
お母さんのことを妹ちゃんから聞いたのは、今は伏せた方が良いだろう。人伝てに聞くという行為は、人によっては卑怯と捉える。
「見てればわかるよ。写真も無いんだもん」
「……まあ、そうだよね」
何かを諦めるように清華は哀切、諦観の混じったため息を吐いた。
清華はゆっくりと話し出した。
清華は母親との死別後、離別の恐怖に囚われていた。今までずっと一緒にいた人が何の前触れも無くいなくなってしまい、そして永遠に会えないという恐怖。今まで築いてきた関係が永遠になくなってしまう恐怖。共に過ごした綿密な時間の一切が無に帰してしまうことに清華は耐えられないと言った。
死別はもちろん引っ越しによって離れてしまうのだって嫌らしい。連絡が取れなくなったらそれは死別と何も違わない、と。
だから人と関わらない道を選んできた。なぜなら新しく人と関わったらいつか別れなきゃいけないから。
「刹那的だよ」
悲哀、慨嘆、諦め。まだまだ幼い内に母親を失った清華は人間関係をそう締め括った。
「……じゃあ、私は?」
私とも関わり合いになりたくないの?
「別に、あなたが嫌いってことじゃないの」
「私はいなくならない」
少なくとも私にその意思はない。だから私を傍にいさせてほしい。例えば事故なんかでいなくならないという根拠なく、信じてと言う他ないのはもどかしいんだけど。
清華はたじろいだ。次の瞬間、私はぽふんと横になっていた。どうやら何かしらの技を優しくかけられたらしい。
「おやすみ」
清華は私に背を向けると無理矢理何かを断ち切るようにそう言い、それきりだった。