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過去

 「そうだね」


 急にどうしたと首を傾げる妹ちゃん。


 「いや、なんで鍛えようと思ったのかなって」


 「話すと長くなるね」


 「ふぅん?」


 長くなるってことは複雑な背景があるんだろう。聞くから話してよ、と促す。瞬間、妹ちゃんの目つきがいやに鋭くなった。言い訳も誤魔化しも許さない、心中の全てを見通すような鷲のような鋭さ。まとう空気も冷たいものへ、がらりと変わった。


 出会ったばかりの頃の清華もこんな目と雰囲気をしていた。やはりこの2人は姉妹なのだ。


 妹ちゃんはガスマスクを外して私を見た。


 「何で知りたいの?」


 お姉ちゃんが武道に邁進した理由じゃなくて、本当は過去に何があったかを知りたいんだろうと妹ちゃん。真正面からの真剣な眼差し。迫力も相まって一瞬私はたじろいだ。


 お姉ちゃんの根幹に、そして我々姫舞家の過去に深く関わることだから半端な理由では教えない、教えられないとその目は語る。


 虚偽も煙に巻くことも許さない妹ちゃんに正直に答えた。


 「もっと清華と仲良くなりたいから」


 現状、自分の知り得ない清華がいて、それがゆえに時折り断絶を感じる。その溝を乗り越えたい。私は真正面から答えた。


 「……十分仲良いと思うけど」


 妹ちゃんは不思議そうに首を捻った。清華は小学校高学年からこの方友人がいなかったらしい。友人どころか話す相手もいなかったとのこと。実に簡単に想像がつく。ファッション関係が壊滅的だったのもそこら辺に結構な原因を求めることができるんだろう。


 なるほどその事情を知る妹ちゃんからすれば現状でも仲が良いように思われるらしい。たしかに一緒に住んでるし寝てるし、客観的にはそう見えるんだろう。


 けどそれじゃダメなのだ。足りない。ええい、ままよと私は率直な思いを開陳した。


 「あのね、私清華のことが好きなんだよ」


 「……ふーん。……?……ん?え、えぇ?」


 え、マジで?友人としてじゃなくて恋人として?大層な混乱に陥っている妹ちゃん。


 私はもう一度言うにはあまりに恥ずかしくてただ首肯した。


 「えぇ……?あぁ、そう……。頑張っ……て?」


 もう混乱のために妹ちゃんは首を90°くらいにまで捻っていた。


 「だ、だからさ、色々知りたいんだよ」


 妹ちゃんは頭をガシガシ掻いて、私が冗談で好きと言っているわけじゃないことを確認。長くなるから、と2杯目の代用コーヒーを淹れて話しだした。私にも代用コーヒー淹れてくれたけど、えっと、私は別にいらないかな……。


 「どこまで話したもんかな」


 1人呟く妹ちゃん。しばらく考えて思考をまとめると、うんと頷いた。好きならお姉ちゃんの内心は自分で信頼を得て聞け、と前置きしてから話し始めた。


 「私達の家族について話すよ」


 前提知識をあげるから、後はそれを足がかりにして自分で踏み込んでいけと。


 「あなたたちのお母さんのこと?」


 「そう」


 妹ちゃんは一息ついて代用コーヒーを飲んだ。その、やや暗い表情から察するに一緒に別の何かも飲み下したように見えた。


 「私達のお母さんはね、死んだんだよ」


 「死ん……。それは、お悔やみを」


 「ん。」


 「あの、それでそれがどう……」


 母親の死は悲劇だ。けれどそれが自分を鍛える理由になるのか?いや違う。理由になるような死に方をしたんだ。それはきっと病死や事故死ではなく……。何かしらの犯罪に巻き込まれた?


 私の表情でおおよその考えを察したらしい妹ちゃんはご明察と頷く。


 「お母さんはね、テロで死んだんだよ」


 「テロ……」


 想像のはるか上をいく事態だった。しかし納得はできる。犯罪に巻き込まれて親しい人を亡くしす。そんな凄惨な経験をしたらもう二度とそんな事態にならないよう武力を持ちたくもなるのだろう。一般的な反応とは思えないが、しかし傷つけられないために強くなるというのは十分理解の範疇ではある。


 グイと代用コーヒーをあおった妹ちゃんにつられて私も一口飲む。どう処理していいかわからない複雑な味。苦い。


 「それ以来ね、お姉ちゃん変わったんだよ」


 元は明るかったんだけどね、と付け足した。


 「あのさ、じゃあなんでお母さんの写真ないの?」


 そのような悲劇的な別れであったのなら母親を偲ぶために写真だとか仏壇があっても良いように思う。


 「私とお父さんの部屋にはあるよ」


 「それって……」


 「お姉ちゃんね、まだ引きずってるんだよ」


 もっともな話だろう。テロで母親を失うという惨劇は、乗り越えることも忘れることも容易ではない。


 「妹ちゃんは……」


 良くも悪くも妹ちゃんはずいぶんあっさりしているように見える。


 「あぁ、私記憶無いんだよね。テロの時ひどく頭打ち付けたらしくてさ。それで」


 「それは……大変だね……」


 妹ちゃんは無意識にだろうか、ふと横を、清華の部屋の方を向いた。とても寂しそうな顔をしていた。


 ある日までの家族との記憶が無い、別の言い方をすればある日突然知らない人と家族になる。それはどんなに辛いことだろう。私にはまるで想像がつかない。


 「でも妹ちゃんは家族だよ」

 

 実際、清華と妹ちゃんは顔のつくりも表情もよく似ている。


 「ん、ありがと。」


 やや照れながらも快活に笑う姿は実に年頃の少女らしい爽やかなものだった。妹ちゃんは嬉しそうに話す。


 「お父さんがね、私が記憶が無くて家族って確信が持てないって言ったらDNA鑑定してくれてね。それでお父さんともお姉ちゃんともしっかり血がつながってるって証明してくれたんだよ」


 それに、と妹ちゃんは続ける。


 「お姉ちゃん対人関係のベクトルが家族にだけ向いてたからさ、すごいベタベタしてきて。鬱陶しかったし今もたまにうざったいんだけど、けどおかげで距離は縮まったし今は感じない」


 ほぉ……。ベタベタする清華。なんか想像つかないな。私にもそうしてくれないかな。とりあえず抱きしめてほしい。


 妹ちゃんはんー、と伸びをすると立ち上がった。リビングを辞す前にああそうだ、と振り返った。


 「過誤や過失じゃなくて、意図してお姉ちゃんを傷つけたら赦さない。その時はね、君がこめかみに白髪をたくわえることはもうないんだよ」


 あれだけ少女らしかった表情は転瞬、冷酷な表情へ変じていた。絶対零度の忠告に私は空恐ろしいものを感じつつ頷いた。傷つけたりなんてしない。

補足。

ロシアでは年を取ることをこめかみに白髪を蓄えると表現します。今はそうか知らんけど。『勝利の日』っていう歌にも登場します。

つまり最後の妹ちゃんのセリフのラスト一文の意味は「お前を殺す」です。


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