復讐
学校から帰ってきた清華は何やら、やたら長いロープやカラビナなどなどの準備を始めた。
「何それ?」
問う私に清華はなんでもない、秘密だと曖昧な笑みを浮かべ首を横に振り、回答をやんわりと拒否した。
まあプライベートなこと、そうでなくても答えたくないことはあるだろうと深く踏み込むことはしなかった。
「それでさ」
今日もまた一緒に寝るの?と清華はややウンザリしたように尋ねてきた。
「もちろん」
なんならまた抱き付く気でいるが?
「いや、抱き付くのはやめてほしいんだけど……」
「そう言われたって怖いものは怖いし。それに抱き付いたら安心するし」
実際、多少ふざけていとも怖いものは怖い。むしろ怖いからそれを払拭するように明るく振る舞っている時すらある。
「そらは、まあわかったけど……。ねぇ、本当に抱き付かなきゃダメ?」
せめてすぐ横で寝るだけじゃダメなの?と苦慮の表情を見せる清華。
「……でもぎゅーってすると安心するじゃん?」
言うと清華は何かを諦めたか一切閉口した。
いや本当に申し訳ないとは思うんだけどしばらくはそうさせてもらう。
寝静まって深夜、ふと私は清華が動いたために目を覚ました。
時計を見ると、時刻は23時に差し掛かろうとしていた。だと言うのに清華は完全に外出の準備をしている。着替え、そして私が不思議に思ったロープやなんやらをしまった大きなリュックを背負った。
「お出かけ?」
明日も平日だというのに、こんな時間にそんな大きな荷物で?
私の疑問をさらりと受け流すようにそ、繊細なガラス細工のような危うさを含ませながら嫋やかに微笑むと人差し指を口に当てた。しー、秘密だよ、そのまま寝ててね。そんなニュアンス。
私は黙して頷いて何もしなかった。けれど波乱を確信していた。あの細められた清華の目。攻撃性が潜んでいた。
だから私は確実に訪れる嵐から身を隠すべく布団の中に潜り込んだ。
で、変に目が覚めちゃって抱き付く相手がいなくなって不安になっちゃった。
×××××
人は寝ても街は眠らない、とは清華が夜に出歩くたび思う感想である。
清華がやってきたのは逢の住むマンション。水責めの結果、男が逢から手引きを受けて幸の住所を特定したのを喋った。だから清華は報復に出る。
マンションの手前で変装、偽装のために着替えた。
皮膚に密着し、破片などからの受傷を避ける目的のネックゲイターを顔まで上げバラクラバ(目出し帽)とし、薄い緑、緑、焦茶色の破片模様と細かい縦線の迷彩スモックを着用した。
マンションの四周を囲む高さ2メートルほどの外壁を斧に足をかけて乗り越える。偵察は事前に済ませていて、乗り越える地点はどこか部屋の前ではないのは確認している。
敷地内に侵入するとマンション外壁の緊急時用の外階段を登りながら四眼の暗視装置の装着されたヘルメットを装着。
25階の屋上に着くと非常に太く丈夫で長いロープを頑丈な構造物に結び、さらに保険としてもう一箇所にも結び、マンション外壁に垂らした。ロープがマンションの角に接する部分には布を敷いて、ロープにかかる摩擦を減らす。
次に自分の準備。取り出したのは四メートルほどのロープ。ロープを腰の高さに保持し、真ん中を背中中央で折り返して、腹を精一杯へこませた状態で体の前で本結び。次にロープ両端を股の下にくぐらせ後ろに回し、股下から持ってきたロープを、腰のロープの上から挟み入れる。この時ロープは背中側に出すのがポイント。そしたらロープを再び正面に持ってきて、右のロープだけ股下に通したロープを潜らせる。最後に体の左側面で本結びをすれば座席結びの完成。
次に降下用のロープと自身を繋ぐ作業。非常に頑丈なカラビナ1つとエイト環。カラビナはこれはネジがクルクル回って輪を成すもの。エイト環は瓢箪形の、降下用のロープを通し、カラビナと結合して使用するもの。
カラビナを座席結びに通し、腰の後ろに位置させる。エイト環の大きい輪の方に折り曲げたロープを上から通し、下から小さい方の穴に引っ掛ける。奥から手前にエイト環をひっくり返しカラビナと連結。下に垂らした方のロープをグッと前に突き出しテンションをかける。
最後に分厚いグローブを装着。
以上準備を完遂したら確認。
「ロープ良し、カラビナ良し、エイト環良し、座席良し、その他装備良し」
降下の際、ロープとの摩擦が生じる体の右側面には、衣服へのダメージを防ぐギアガード(当て布)を装着している。
降下に必要な全ての準備を整え、マンションの縁に立つ。強風が体にぶつかるように吹いてくる。
ロープを結んだ構造物である支点、ロープが触れる箇所の設置点、最後に降下地点を確認。
左手でロープを保持しながら体を倒し、体が地面と平行になった瞬間に駆けた。
飛び出し懸垂降下。マンションの外壁を駆けるように降下していく。
数秒で逢の部屋にたどり着くと左手で制動し、ベランダに滑り込んだ。
窓の鍵はしっかり施錠されている。内部を覗き込んでみると、逢と逢のマネージャーの男がいた。
幸を襲撃した男は逢のマネージャー経由で幸の住所などなどの情報を得たらしい。
見るに2人は親密そうで、ただのモデルとマネージャーという関係ではないのは明らか。
結束バンドを緩い輪っかにして左肩に4つかけ突入の準備を済ませた。だが、窓を割って音を立て、近所に事態が露見するのは不味い。
そこでハンカチをベランダの床に置き、次いでコツンと窓ガラスを叩き注意を引いた。内部の人間からは風が窓を叩いた音の拍子に、ベランダに落ちている洗濯物が見えるという寸法。
思惑通り逢が窓を開けた。
もしかしたら次話短めになるかもです。