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常ならば

 警察から簡単な事情聴取を受けた後、私は清華の家に身の回りの品を持って来ていた。国外の両親は頼れず、母方の祖父母は飛行機の距離だから、ひとまず清華の家に身を寄せる以外になかった。まさかこんな理由で清華の家にお邪魔することになるなんて。


 清華の家は閑静な住宅街の一角にあった。これといった特徴の無い、よくある二階建ての一軒家である。


 とりあえず風呂入って暖まりなよ、と勧める清華の裾を私はチマっとつまんだ。一緒に入ろう。入浴するなら一緒がいい。今、一人になりたくない。


 清華は複雑な表情をしていた。私の心情は十分理解するが、それでも承服しかねる理由がある、と。


 清華はそっと、丁寧に丁寧に袖を掴む私の指を離す。


 お風呂から上がると清華がスープを作ってくれていた。


 塩ベースのスープにわかめ、細切りの人参と大根、溶き卵。衝撃冷めやらぬ体に優しく、簡単に飲むことができた。


 それでようやく、私は自分の置かれた状況というものを振り返る余裕が出て来た。


 すごい変な状況だ。不審者に襲われて、騎兵隊よろしく清華に助けられ、そして清華の新たな一面を、それもあまりに非人道的な一面を見た。


 同時に私の立場を、命の危機に遭った後にも関わらず即座に頼れるのが清華しかいないという立場の弱さを図らずも自覚させた。


 「それじゃあ寝室だけど」


 2階に空室があるから、と案内する清華の手を私は握った。待ってほしい、と。


 「一緒がいい」


 一人は怖いから嫌だ。だから一緒に寝てくれと伝えると清華は逡巡の末、まあそれくらいなら、と認めてくれた。


 それじゃあそこで待っててと和室を指した。


 どうやら清華の部屋らしい和室で待っていると2階からえっちらおっちらと布団一式を運んできた。


 電気が消えた後、私は清華の布団に潜り込んだ。いやいや並べて敷いた布団で寝ろと嫌がる表情の清華を丸っと無視して胸に抱きついた。


 「いいじゃん。怖いんだよ。今日だけでもこうさせてよ」


 言うとそれ以上清華は何も言わず、また押し返しもしなかった。


 私の心中は複雑怪奇極まりなかった。好きな清華の胸に抱きついていながら、ちっとも胸がトキメキ


 私の清華を好きという気持ちに疑いの余地は無く、また今回の時間を受けてもそれは揺るがない。


 私が動揺しているのは先刻目にした清華の一面をどう解釈、あるいは理解すれば良いのか。


 前々から清華に不思議な側面があることは承知していた。俗に言う不思議ちゃんとも違う、人との断絶を望む態度。過去に何か常人とは違った経験をしたんだろうと思って深くは考えていなかった。


 けれど今日私が目にした清華は、あまりに人外の存在だった。およそ文明社会に生きる存在の思考方法ではない。


 暴力を好むのとは若干ニュアンスが違う。より解像度を上げるなら、問題を解決するための最初の手段が暴力になっている。実力行使までのハードルが異常に低い。


 あるいはそれは、今日のような非常事態においてだけは有効な反応だろう。


 非常事態にだけ有効な思考、手段。それが清華の根底にあるとすれば、じゃあ清華の過去には一体何があるの?なぜそのような人格を形成するに至ったの?


 私の脳裏でケーキを作ってくれた清華と、平気で拷問する清華が一致しない。完全に同じ顔、声、表情にだって共通点があるのに同一人物だと認識できない。


 私は清華の本質的な人格が冷酷非道だとは思わない。もしそうなら清華は私の誕生日を祝うことも、今私に抱きつかれているがままになっているはずもない。そもそも、私という存在を歯牙にもかけないはずなのだ。


 だから、やっぱり清華の人格に関して、過去に原因を求められるはず。


 私は清華が好きだ。だから、これからは清華を私だけを見ているように。過去に何か凄絶な経験をしたと言うならば、それを振り払って私に振り向かせる。


 『人の子の常ならばいつかは恋に出会うだろう。勇気一筋に添い遂げよう』


 私はそっと心中で歌ったこの歌詞の通りにするつもりだった。だって、私の清華を好きという気持ちは揺るがないから。

『』内は心騒ぐ青春の歌より。


もし聞くなら日本語訳されたものではなくロシア語版を聞くことを強くお勧めします。日本語版は情熱を仕事に置き換えた陳腐で吐き気を催す邪悪です。

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