彼女は
翌日、いつもと何ら変わることなく清華は教室にいた。やっぱり何度も見ても飛び抜けた容姿だと思う。凛然として、今もただ本を読んでるだけなのに、その空間だけ別世界のように感じられる。
あるいは、別世界と感じるのもまた別の理由があるからだろう。姫舞清華という少女は、余人をして近寄らせない少女だった。
怖い目をしてる。何かの拍子に彼女と目を合わせたことがある。あの切れ長な目。流麗な長いまつ毛。けれどその瞳の奥に宿るのは一種の苛烈さだった。
断固とした目をしていた。常に何かを見据えるような目。そしてまるで温度を感じさせない。目が合わさったあの時、わたしは射竦められて動けなかった。蛇に睨まれたカエルとはまさしくあの時の私だった。それぐらい、怜悧。
そして周囲が彼女に近寄らない理由もまた存在した。私は清華が起こした暴力事件の、その場にいた。
あれは一年生の四月、いや五月だったかな。少なくとも湿気が本格化する前だった。確か昼休みの体育館。清華は女子剣道部に囲まれてた。何が原因かはわからない。清華は当然のこととして、剣道部までもが黙したから。
一瞬の事だった。振り下ろされた模造刀を叩き割り、また別の刀を奪い取り、抜刀術で、真っ正面からの斬り合いで、投げ技で、蹴りで瞬く間に10人を倒してしまった。
私はそこに統制された暴力、つまりは武力の神髄を見た。
初夏。気の早い連中は夏休みの予定で騒いでる。騒ぐまでいかなくても、気分が高揚してる人は多いみたい。けれど依然として清華の周囲は冷たかった。
私はまた別の原因で心が昂っていた。そのものズバリ、清華はまたあの喫茶店に行くんだろうか?
昨日の感じ、だいぶ慣れてたからまた行くんだろうなーって感じはする。問題はいつ行くのか。モデル業をしてるからお金はある。けどさすがに毎日、清華が来るまで通うなんてのは無理。
それで何とか次いつ行くのか知れないかなって清華の方を横目で探るように見た。……いない。忽然と姿を消していた。
慌てて教室内を見渡すと、ちょうど後ろの扉から出ていくところだった。これはチャンスと着いていく。前述の暴力事件の影響は時を経て随分と薄まったとはいえ、未だ尾を引いていて中々教室では話しかけづらい。
「あれ……」
角を曲がった先、階段で清華の姿を見失ってしまった。階段は人っ子1人おらず全く静か。いやバカな。互いの距離は見失うほど離れてなかった。こんな短時間に階段を上がり、もしくは下り切ったとでも?
コツン、と後ろで音がした。振り返ると清華がいた。
端正な顔立ち。それが表情をピクリとも動かさないもんだから彫刻みたいで、かえって怖かった。寒寒しささえ感じるほどだ。
無言で私を見つめる彼女は、どうやらなぜ着いてきたのかと詰問しているようであった。
私はとりあえず不器用に手を振った。上手く笑顔を作れている気がしない。だいぶ引き攣ってるんじゃなかろうか。怖い。
「あのさ、またあのカフェ、行く?」
良ければご一緒したいってニュアンスを含ませて私は尋ねる。
「……なんで?」
くてっと首を傾げた。何それ可愛い。
んで、どうやらまた行くこと前提に、なぜ一緒に行きたいのかと聞かれたようだ。まさか度直球に言うわけにはいかない。ていうか言えない。私は花も恥じらう乙女なのだ。
「あそこが素敵なとこだったからだよ」
「1人で行きなよ」
素っ気なくそう寄越すと清華は私を通り越して下っていってしまった。
なら私にも考えがある。