デザート
大嫌いな逢が清華に面罵されて愉快痛快。今後の仕事上での付き合いを考えて少しだけ不安を覚えるがそれはそれ。
気を取り直して配膳されたデザートに取り掛かる。清華はもう全く気にしていないようだった。
デザートはチーズケーキ。生クリームと、柑橘系のアイスが添えられている。濃厚な風味のチーズ、アクセントとして僅かな酸味。生クリームを添えて酸味を控えめにしても良い。またはシャリッとした食感の柑橘系のアイスと合わせてもよい。濃いチーズとよく合う。
しかし先のステーキといい、このデザートといい、バレエスクールの先生や同級生が見たら卒倒間違い無しだ。
辛かったなあ、減量。ひたすら蕎麦粥とりんごやバナナなんかの果物、栄養摂取のサプリだけの日々。カーシャはそのままじゃわりと素っ気ない味がするから塩をひとつまみふたつまみ加えて味気を足した。
同級生、上級生の中には一日を通して水だけしか摂取しない人もいた。厳しいレッスン中、栄養不足でフラフラになっている人も。
それに比べれば今は天国だ。私は美しくありたいし、モデルとしての必要性から暴飲暴食はしないけど、バレエスクール時代と比べたら遥かに自由。
バレエスクールより量を食べられるし、月に一回くらいならこうやって豪奢な食事を摂ったって問題無い。
ふと清華のボディーラインに目が向く。清華は普段肌の露出するような服を着ないからどういう体格、肉付きをしているのか杳としてわからない。
カフェでバイトして、それなりにケーキやらを食べてるわりには清華の体は精悍で引き締まっている。もっとも裸を見たわけじゃない。以前ワンピース姿を見せてもらった時に見えた腕や足、ウエストのくびれ具合からの判断だ。
「なんかやってる?」
標準体型とか痩せてるとかじゃない清華の体格。
なんだ急にと清華は困惑の表情を見せた。ああ、質問が抽象的に過ぎた。
「体格良いけどさ、なんかスポーツとかやってるの?」
「特にはやってないよ。筋トレぐらい。あ、あとたまにお父さんとアウトドアに行くくらい」
「ふーん?アウトドアって?」
「キャンプとかハイキングとか登山とか。あ、ゴールデンウィークにね、四泊五日で山脈横断したんだよ」
「……?」
四泊五日で山脈を横断?何言ってんだこいつ。ちょっとにわかには信じられなくてさらに詳しく聞いてみた。
そしたら、父親と清華の二人で、一人あたり総重量約60キログラムを背負い、道無き山中を地図とコンパス頼りに踏破した、と。
「いやいやいやいやいや、おかしいでしょ」
60キロとか人一人分じゃん。そりゃあそんな重量背負って山中踏破できるだけの負荷に耐えられる体は精悍だろう。外れ値だったかー。何も参考にできねぇ。
「ていうかあんたのお父さん何者?」
「元自衛官だよ。今は会社員」
ほーん、元軍人。なるほどそれならそうできるだけの知識も技能もあるんだろう。清華がやたら強いのも頷ける。父親経由で武道の技術を吸収していったのか。
「じゃあ、将来はあなたも?」
もし、清華が軍人になるというのなら。軍事機密を厳守するという観点から外国人の私が清華のパートナーであっては大変に不都合なのではないか。私に日本人の血が流れていると言っても。
不安を背景に尋ねると、清華は困ったように微笑んだ。触れればその瞬間に跡形も無く消えてしまう、雪のような儚さで。
そういえば前にもこんな表情の清華を目にした。あの時は、そう、今と同じように将来のことを尋ねた。
「さあ……、何も考えてないよ」
煙に巻くように清華は緩く首を振った。同時に寂寞、寂寥、悲嘆を振り払ったように見えたのは考え過ぎだろうか?
外はすっかり夜の帳が下り、歓楽街方向から流れてきただろう人達は夜の活気に満ちている。
「送るよ」
治安悪いしさ、との建前の元、私は清華の家へ行ってやろうと企んでいた。悪い顔してる。
「良いよ。私の方が強いし」
そう言われてしまうと一切の反論のしようがない。そりゃそうだ。
「送ってくよ」
逆に清華からエスコートの提案を受けて、私は帰路、喜色満面のあまり、あんまりにニヤニヤしないよう抑えるのに苦労した。