【スプリングS2024】前編
※この物語はフィクションです。実際の人物、固有名詞、その他とは一切関係がありませんし馬券を18歳未満も購入することができるという世界観です。
俺、馬木地博徒がいつものように競馬新聞(競馬エイト)を買ってコンビニを出ると、女子高生が黒ずくめの男二人に腕を掴まれていた。
「オラ! 抵抗するんじゃねえ!」
「おとなしくついてこい!」
ここ最近何度か見たことがあるような光景だ。
あの人たち、あんな真っ黒な服をどこで買っているんだろう。
このまま放っておいたらどうなるんだろうと思って様子を眺めていたら、女子高生と目が合った。
その瞬間、彼女は僕に向かって叫んだ。
「博徒、助けて!」
助けてと言われてしまっては仕方ない。
「おいあんたたち、こんな公衆の面前で何やってるんだ?」
俺は男たちに声をかけた。
男の一人が俺を睨む。
「なんだ、てめぇ? 何か文句あるのか?」
「嫌がってるだろ。その子から手を離せよ」
「なんだと?」
「手を離せって言ってるんだ。あんたの耳は飾りか? 馬の耳に念仏か?」
「ナメるんじゃねえ、ガキが!」
男が俺に掴みかかってくる。
俺はその手を躱し、男の鳩尾にボディブローを食らわせた。
うっ、と呻いて倒れこむ男。
「こ、このガキが!」
もう一人の男が俺に向かって拳を振り上げるが、ガラ空きになったそのわき腹にハイキックを叩きこむと、もう一人の男も地面に倒れこんだ。
「こっちだ!」
俺は女の子の手を取り、路地裏に逃げ込んだ。
ふう。シャーロックホームズを読んでバリツを勉強しておいてよかった。
路地裏に飛び込み一息ついた後で、女の子は顔を上げて言った。
「ありがとう、博徒。助かったよ」
「相変わらずだな、自由島」
俺が助けた女子高生は、自由島深紅。
同級生で俺の幼馴染でもある自由島は誰もが見惚れる美少女で、校内の男子は皆、一度は自由島のことを好きなるとさえ言われていた。週に一度は誰かに告白されているという噂さえ流れている。
「危ないところだったよ。もし連れていかれてたら年齢誤魔化されて風俗店に売られるところだったから」
「最悪の事態が回避できてよかったよ。……で?」
「で? って?」
「なんでまたあんな連中に絡まれてたんだ?」
「そんなの決まってるじゃん。私があの人たちからお金を借りたからだよ」
「ちなみにいくら?」
「うーん、500万円くらいかな?」
無邪気な子供のような瞳を僕に向けながら、自由島は言った。
なんてことだ。
「それは大変だな。まあ、頑張れよ。俺はこの辺で失礼させてもらうから。500万円、返せるといいな」
俺はそのまま立ち去ろうとした。
しかし。
「待って、博徒!」
自由島に二の腕を掴まれ、俺は立ち止った。
「なんだよ」
「お願い。私を助けて!」
「助けてって……」
「私、風俗に売られて中年のアナ〇舐めたくないの!」
「いやまあそれはそうかもしれないけど、自業自得だろ?」
「ついでにいうと私の足の裏も舐めさせたくないの!」
「知らねえよ……」
「ねえお願い何とかして、博徒!」
何とかしてと言われても、500万円なんてそう簡単に出せる金額じゃない。
「俺を巻き込むなよ。自分で何とかしろ」
「でも博徒、言ってくれたじゃない! 私をお嫁さんにしてくれるって!」
そう。
それは十数年前。まだ俺たちが幼かった頃の話だ。
私、将来は博徒のお嫁さんになる―――そんな自由島の言葉に、俺は首を縦に振ったのだった。
「でも、だからって……」
「私、決めてるの。博徒のお嫁さんになるまでは処女でいるって。だからお願い、博徒。私のために500万円用意して!」
自由島が俺に抱きついてくる。
うるんだ、深紅の瞳で俺を見上げてくる。
自由島の柔らかい胸が俺の身体に押し付けられていた。
髪の毛からは良い匂いがした。
うっ……。
こんな状況でノーと言えるわけがない。
俺は覚悟を決め、買ったばかりの競馬新聞(競馬エイト)を握りしめた。
「分かったよ、自由島。日曜日に中山競馬場まで来てくれ。俺がお前を助けてやるから」
※
2024年3月17日、中山競馬場。
俺は自由島と二人でレースが始まるのを待っていた。
ちなみに、黒ずくめの男たちはレース場の外で自由島を待ち構えている。
「言われた通り競馬場に来たけど、どうするつもりなの?」
自由島が俺に訊く。
「いいか自由島。今日はスプリングステークスだ」
「スプリングステークスって?」
「3着までの馬に皐月賞への優先出走権が与えられるトライアル競走だ。あのオルフェーヴルやキタサンブラックもこのレースで1着になったんだ――ってウィキペディアで見たけどな」
「へえー」
「このレースでお前の500万、返してやるからな」
「わあ、ありがとう博徒!」
自由島が俺に抱き着いて、頬を寄せてくる。
「ま、待て待て、まだ勝ったわけじゃないから」
「え? そうなの?」
「当たり前だろ、出走前なんだから。いいか、今回の本命はルカランフィーストだ! こいつは前走の若竹賞で最終コーナー時最後方にいたにもかかわらず、ロスの多い大外を回って前方の馬すべてを差し切り1着になったんだ。その力を発揮してくれれば十分に勝ち目はあるぜ! まあ、若竹賞の当日は不良馬場で外有利だったとかなんとかいう話も聞くけど、聞かなかったことにしておくぜ!」
「へえー、すごいねえ」
「ルカランフィーストの単勝は7倍。ここに前回の金鯱賞の勝ち分から80万をぶち込む!」
「80万の7倍――つまり560万円になって返ってくるわけね!」
「ああ。必ずお前の処女は守り抜いて見せるからな、自由島!」
果たして俺と自由島の運命は? 後編へ続く!
馬券は20歳になってから、ほどよく楽しむ大人の遊びです。
20歳未満の方は競馬法第28条により、馬券の購入だけでなく、馬券を譲り受けることも禁止されています。
また、公営競技はその性質上、必ず利益を得られる催しではございません。
20歳以上の方でも、馬券投票など金銭の授受を伴う公営競技への参加は無理のない範囲でお楽しみください。