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6 水鏡の間

 エリザベータとミルシュカは、ゾルターンに連れられて『水鏡の間』にやってきた。森の村(ルボレス)湖の村(コロエゼロ)山の村(ストルホラ)にそれぞれ用意された水鏡を《月神(トゥカ)の力》で繋ぐ場所だ。

 遠くにいる者同士が水鏡に映る相手を見ながら会話ができる。とても便利だが、エリザベータが《月神(トゥカ)の力》を使いこなせるようになるまで、ここは封鎖されていた。


 ゾルターンは湖の村(コロエゼロ)山の村(ストルホラ)にも今回のことを報告するつもりだろう。

 扉を開くと、石壇と収納があるだけの狭い部屋に、家に帰ったとばかり思っていたおばば様が待っていた。


「準備はできているよ」

「ああ。それじゃあエリザベータ、湖の村(コロエゼロ)の長を頼む」

「わかったわ」


 エリザベータは収納の小さな引き出しから、濃い栗色の紐を取り出した。これは湖の村(コロエゼロ)の長の髪を紐状に()()()()()()ものだ。会話をするには話したい相手の髪が必要になるため、引き出しごとに誰の髪かわかるように保管されている。


 石壇の上に置かれた平たく浅い銀の器には、水がなみなみと満たしてある。覗き込めば鏡のように、蜜蝋の灯りに照らされた自分の顔が映る。そこに話したい相手の髪を垂らして祈りを込めると、水面が激しく波立ちはじめる。あとは呼び出しに気づいた相手がその村の水鏡を覗き込めば会話ができる。


 しばらく待っていると、水面の波は収まり、人の顔が映った。濃い栗色の髪を結い上げた老婆の顔――湖の村(コロエゼロ)の長ヨルシュカだ。

 彼女は穏やかに微笑んだ。


「巫女様、お久しゅうございます。わたくしめに何かご用ですかな?」

「巫女様だわ。相変わらずお可愛いわ」「巫女様、お元気?」「ミルシュカちゃんも元気にしているかしら?」


 ヨルシュカの横に、若い女の人たちが次々と顔を出して話しかけてくる。


「これこれ、あなたたち、今はわたくしが話しているのよ。あっちへお行き」

「はーい」と口を揃えて返事をした彼女たちは、こちらに手を振って水鏡から離れていった。

「やれやれ……女が多いと騒がしくていけませんね。それで、どうされましたか?」


 ゾルターンが水鏡を覗き、事情を説明すると、ヨルシュカの表情はみるみる険しくなった。犬の唸り声のような低い声で、おばば様の名前を呼ぶ。


「バルボラぁ……そこにいるのでしょう? 何故あなたが止めなかったのです!」

「うるさいねぇ……あたしが喜んで子どもたちを差し出したと思っているのかい? 冗談じゃないよ! あたしだって納得していないさ!」

「そうですか……フフッ、いかにあなたでも、可愛い()の頼みは断れないとみえる」

「こいつが可愛い? 冗談じゃないよ! ふざけたことを言う口は、あたしが縫い合わせてやるよ!?」

「ヨルシュカさん! 私たちは自分の意志で行くと決めたのです。誰に何と言われようと、私たちは行きます!」


 エリザベータが言い争いに割りこむと、ヨルシュカはおろおろと視線を泳がせた。


「そう……ですか……ではあの子も? あの子は今、そこにいますか?」

「ええ」


 ミルシュカに手招きをすると、彼女は水鏡を覗き込んで「お祖母様……」と呼びかけた。


「ああ、ミルシュカ……元気にしていますか?」

「はい……」

「あなたも、外界へ行く覚悟ができているのですね?」

「はい、お祖母様。私は、エリザベータを絶対に守り抜きます」


 ミルシュカの覚悟を確認した老婆は微笑み、細い指をこちらに近づけてきた。実際に触れあうことはできないが、ミルシュカも彼女の指と重なるように水面に触れた。


「気をつけていってらっしゃい」

「はい!」


 髪束を水から取り出すと、相手の顔が消え、自分の顔が映る。これで会話は終了だ。

 祖母の顔が消えた水面を、ミルシュカが名残惜しそうに眺める。森の村(ルボレス)に来てから一度も村に帰っていないから、彼女も寂しいのだろう。


「次は山の村(ストルホラ)を頼む」


 ゾルターンの言葉を聞いて、ミルシュカは黙って部屋を出ていった。


「ミルシュカ……」

「エリザベータ、次を頼む」


 ミルシュカの様子は気になったが、ゾルターンに促されて山の村(ストルホラ)の長の髪を小さな引き出しから取り出す。

 髪束を水面に垂らして祈りを込めると、もみあげとひげが繋がった老人の顔が水鏡に映った。山の村(ストルホラ)の長であり、マグ族最年長のホンザだ。立派な顎ひげを撫でながらゾルターンの話を聞くと、愉快そうに笑った。


「ほっほっ。バルボラを言いくるめるとは、ゾルターンも成長したものだのぉ」

「あたしは納得していないよ!」おばば様が食ってかかる。

「じいさんトコの若いのも連れていくことになった。文句なら俺が受け付けるぞ」

「ドゴルの(せがれ)か……父親に似て変わり者だと思っておったが、外界へ行きたがるところも一緒とはのぉ……ほっほっ」

「本来なら掟を破る行為だよ。山の村(ストルホラ)の長として、あたしらに何か言うことはないのかい?」

「バルボラよ、これもマグ族の(さが)と思うしかあるまいて。マグ族のために行くというのなら、老いぼれは静かに見送るまでよ」

「ふっ……まったく……のんきなじいさんだね」


 湖の村(コロエゼロ)のヨルシュカのように咎められると思っていたのだろう。ずっと気を張っていたおばば様は、ようやく肩の力を抜いた。


 ホンザ老人は我々の旅の無事を祈ってくれた。エリザベータはお礼を言って髪束を引き上げる。


「これで終わりでいいのね?」

「ああ。助かったよ」

「それじゃあ私は宴の準備に行くわ」

「ああ……泊まらせてもらうのは俺一人だけだが、宴は開いてくれるんだな。……いや、今夜の主役はお前たちか……」


 行商(ヴィーニック)が訪れた夜は宴が開かれる。いつもより少し豪華な食事と酒がふるまわれ、焚き火を囲んで皆で踊る。遠い地で暮らす同胞を歓迎する宴だ。儀式の舞とは違う――村人たちが手を取りあって踊る様子が、エリザベータは大好きだった。

 しかしゾルターンの言う通り、今夜は我々の送別の宴になるだろう。


「私も踊るわ。ちゃんと観ていてね」


 今夜は祈りを込めて踊りましょう。私たちの旅路の安全を、村のみんなの平穏を願って――

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