1.5 星の下で
ミルシュカ視点の話です
おばば様とエリザベータが帰って来ない。
ミルシュカは冷めかけた食事をぼんやりと眺めていた。先に食べてしまおうかと思っていると、扉の開く音が聞こえた。戻って来たのは怖い顔をしたおばば様だけだった。
「エリザベータはまだ来ないのですか?」
「……先に食べてしまおう」
またエリザベータに厳しく言い過ぎたのだろう。そんな時のおばば様は極端に口数が少なくなる。
不器用な人……
二人で静かな食事をとる。食器の音と咀嚼音だけが聞こえる空間は苦ではないけれど、エリザベータがいれば賑やかで楽しい空間に変わることは、おばば様もわかっているはずだ。
ミルシュカは手早く食事をすませた。
「私、捜して来ます」
おばば様は小さく「頼む」と答えた。
ミルシュカはまずエリザベータの部屋を確認しに行った。ベッドの上は乱れたまま。枕が床に落ちている。机の上には本が5、6冊ほど雑に置かれている。
「また勝手に持ち出してる……」
本は村の誰でも利用できるように書庫で保管するきまりだ。けれど彼女はすぐ、おとぎ話の本を私物化してしまう。そしておばば様に怒られる。それを子どもの頃から繰り返しているらしい。
まあ、いつものことだし、あの子はいないようだから他を捜そう。
何も見なかったことにして、そっと扉を閉じた。一度調理場まで戻り、彼女のためにパンとチーズをショールに包んだ。
外はすっかり陽が沈んでいた。薄い雲が流れ、藍色が濃くなった。今夜は星がよく見えそうだ。右手で灯りを、左手でショールを抱えて森の中の道を歩く。目指すは森の村の周辺で最も星がよく見える高台だ。
ミルシュカはここを気に入っていた。日課の星の観測にちょうどよく、何よりも村人と出会う心配がないからだ。
高台に到着すると、仰向けに横になっている銀髪の女の子を見つけた。銀色の月に照らされて、彼女の髪がより一層輝いて見えた。ミルシュカは安堵した。灯りを向けると、彼女は眩しそう手をかざして起きあがった。
「やっぱりここにいた」
「どうしてわかったの?」
「落ち込んでいるならここかなって、ね」
そう言って、エリザベータのそばに座る。
「食べに来ないからおばば様が心配していたよ」
「嘘。怒っていたでしょう?」
「ううん。本当」
ショールを広げてパンとチーズを差し出す。彼女はお礼を言ってパンをそのままかじった。行儀良くないが、誰も見ていないから問題はない。二口ほど食べた彼女は弱々しく笑った。
「パンがショールから出てくるなんて、面白いわね」
「うん。これはあなたに……」
エリザベータの肩にショールをかけてあげる。
「ふふふ。ちょっとチーズの匂いがするわ。ありがとう」
彼女は食べ終わると再び地面に寝転がった。ミルシュカも灯りを消して同じように寝転がる。
雲一つない夜空に大小の星々が瞬いている。草木の揺れる音や森の動物の声を聞きながら、ぼんやりと眺めていると、エリザベータがぽつりと呟いた。
「どうして《月の加護》は私だけなのかしら」
彼女はたまにおかしなことを言う。その理由なんて簡単だ。
「それはあなたの髪が月の色だからだよ」
「そうじゃなくて、もっと根本的に……例えば《星の加護》は修行すれば授かるわよね?」
「素質は必要だけど、そうだね」
「《月の加護》はどうして修行しても無理なのかしら」
「……誰も素質がないんじゃない?」
「もう、またそんなこと言って……」
苦笑いをされたが、こちらはいたって真面目に答えている。
マグ族の歴史の中で、後天的に《月の加護》を授かろうと試みた記録はいくつもある。夜通し月に祈りを捧げる生活を続けた者。髪を脱色して人工的に銀髪にした者。自分が月になると言って毛根を死滅させた狂気じみた者。他にもさまざまな方法があったが、どれこれも成功していない。
そもそも先天的に授かるものなのだから、他の加護とは在り方が全く違う。
前にエリザベータから無理やり《月神の力》を身体に込められた時は、私の星読みの力が暴走したっけ……懐かしいな。
ミルシュカにとってはいい思い出だったが、少しエリザベータをからかってみたくなった。
「なぁに? エリザベータ。もしかして《月の巫女》が自分一人しかいないのが寂しいの? また、あの時みたいに『ミルシュカが長になればいいのに!』って駄々をこねるの?」
「そんなことしないわよ。子供じゃないんだから」
「あれは大変だったな〜。どうにかして私に《月の加護》を分けようとして――」
「あ〜もう! やらないったら!!」
上半身を起こしてむきになる姿も可愛らしい。そんな彼女の手をぎゅっと握る。
「エリザベータ……《月の巫女》にはなれないけれど、ずっとそばにいるからね」
「あ、ありがとう。ミルシュカ……」
何があっても、私があなたを守ってあげる。
私はそのために森の村に来たのだから。