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7.5 森の中で

ゾルターン視点の話です

 ゾルターンは相棒のシェダに乗り、子どもたちと共に森の中を駆け抜けていた。まず目指すのは、この森を抜けた先にある村だ。


 今回の任務には誤算があった。エリザベータの他に3人も同行者がいることだ。ヤロミールは行きたがるだろうと思っていたが、ミルシュカとイゴルは予想外だった。


 エリザベータが不在の間、ミルシュカが《月の巫女》の代役を務める算段だった。けれどあの子はエリザベータと共に旅に出ることを選んだ。

 《月の巫女》が不在でも、伝統を守るために儀式は執り行われる。先代の《月の巫女》が亡くなってからエリザベータが生まれるまでは、《星の巫女》がその役目を担っていた。それをあの子が知らないはずがない。エリザベータと離れるのが心細かったのだろうか。しかし――


『エリザベータの力になりたい』


 そう言ったあの子の目には確固たる意志を感じた。あの言葉に偽りはないだろう。もしかすると、俺が思うよりも、あの子は芯が強いのかもしれない。


 イゴルはなぜついてきたのか全くわからない。

 ヤロミールに頼まれたからといって、危険な戦場まで付き合う必要が彼にはない。ただの好奇心だろうか。鍛冶師を志すなら、山の村(ストルホラ)ほど理にかなった鍛冶場はないというのに、わざわざ森の村(ルボレス)に降りてきた変わり者だ。


 そういえば昔、山の村(ストルホラ)から飛び出して、森の外で生きることを望んだ男がいたな。確かあれは――


「ゾルターン、ちょっと待って待って〜!!」

「どうした? ヤロミール、何があった?」

「イゴルが吐いた〜!」

「何だって!?」


 慌てて犬を転回させて確認すると、真っ青な顔をしたイゴルがヤロミールの背中にもたれかかっている。とっさに横を向いたのか、嘔吐物は服にはかかっていないようだ。後続のエリザベータとミルシュカも被害はないようだが、ミルシュカが見たこともない形相でイゴルを睨みつけている。 


「はぁ、はぁ、すみません……足を止めさせてしまっ……うぷっ」

「無理にしゃべるな。ここで一度休憩しよう」


 イゴルが持っている荷物をすべて下ろし、地面に寝かせる。それから火を起こして、獣避けの草をくべた。


 エリザベータとミルシュカが手際よく薬草を調合して飲ませたことで、イゴルの表情は少し和らいだ。やはりエリザベータの薬はよく効く。しかしこのままの調子で進むと、また気分が悪くなるかもしれない。


 急事だからと犬を急がせたことで、王国の使者たちがひどい犬酔いを起こしたのだから、同じことをすれば、誰かが()()()()ことは予測できたはずだ。

 これは完全に自分の落ち度だ。


 予定を変更するべきだな……


「お前たち、聞いてくれ」


 皆が一斉にこちらを向いた。身体を起こそうとするイゴルを制止してから話を続ける。


「イゴルの体調を考えて、ここからはこまめに休憩をとる。今日は野宿になるから覚悟しておいてくれ」


 エリザベータとヤロミールは頷いたが、ミルシュカが強く反対した。


「なぜだ? お前も犬に乗るのに慣れていないだろう。自分もいつ()()()()かわからないぞ?」

「うっ、だって……」


 ミルシュカは恥じらいの表情を浮かべて言い淀んだ。俺に直接言いにくいのか、エリザベータに耳打ちをする。しばらく小声で話し合う二人を見守っていると、耳ざといヤロミールが口を挟んだ。


「水浴びしたいならすればいいよ。俺たち待ってるからさ!」

「えっ、いや……あ、あなたたちがいるのに、できるわけないでしょ?」

「なんで? のぞいたりしないよ?」

「わ、私が落ち着かないの! それにあなたと一緒に野宿なんて、絶対に嫌!」

「え〜? 一緒に旅をする者同士、仲良くしようよ!」


 ヤロミールが右手を差し出したが、ミルシュカはエリザベータの背中に張り付いて犬のように唸った。ヤロミールの制御には苦労すると思っていたが、一番厄介なのはミルシュカのほうかもしれない。


 まいったな……このままでは野営地でも揉め事を起こしかねない。


「……ミルシュカ、野営地にまともな施設を期待するなよ。天幕があるだけで、あまり野宿と変わらないぞ。それにお前の苦手な男ばかりだ。それを承知の上でついて来たのだろう? それとも、今からでも帰るか?」

「そ、それは嫌!」

「それなら、わがままを言うな」


 何も言えず俯いてしまったミルシュカの肩を、エリザベータがそっと支えた。


「さっき、仕切りがある場所なら我慢できるって言っていたわ。だから野営地では大丈夫。そうよね?」


 優しい問いかけに、ミルシュカはこくりと頷いた。 


「はぁ……とにかく、今日は野宿だ。俺の決定には従ってもらう。あまりにもわがままが過ぎると帰らせるぞ」

「くっ……イゴル!!」


 分が悪いとわかると、ミルシュカは弱っているイゴルに噛みついた――怖がりのくせにキャンキャン吠える犬のようだ。

 イゴルはだるそうに返事をした。


「大きな声を出さないでくれ……」

「しっかりしなさい。足を緩めている場合じゃないんだよ。犬酔いくらい我慢して。急ぐようにゾルターンに言って!」


 イゴルは緩慢な動きで上半身を起こすと、じっとミルシュカの目を見た。


「……そんなに男と一緒に野宿するのが嫌か?」

「嫌よ。もちろん……」

「ふーん。だが、それだけじゃないよな?」

「えっ?」


 イゴルはエリザベータを一瞥して、ミルシュカに視線を戻した。


「星の巫女様が本音を言うのなら、協力しないでもない」

「は? 何を……」

「言わないなら俺は寝る」


 そう言い残して、彼は再び横になった。ミルシュカは激しい怒りの色を見せたが、すぐに諦めの表情に変わり、口を尖らせながらも語りはじめた。


「……私は、エリザベータに野宿なんてさせたくない。森は広いのに、行商(ヴィーニック)はどうして小屋の一つも建てておかないの? 野宿にこだわるのは修行か何かなの? 《月の巫女》であるエリザベータを土の上に寝かせるなんて、私……許せない……」

「ちょ、ちょっと待って、ミルシュカ!」


 突然自分の名前が出てきたエリザベータは戸惑いを見せた。


「――つまり、ミルシュカは私に野宿をさせたくなくて、嫌がっていたの?」


 ミルシュカが恥ずかしそうに頷く。


「もう、そんなの気にしないで。旅に出るって決まった時から、色々と不便があることは覚悟しているわ。それに、地面に寝そべってよく二人で星を見るじゃない。私は平気よ」

「えっ、二人でそんなことするの? いいな〜。俺もやりたい! 混ぜてよ〜」

「子どもは夜更かししないで早く寝なさい!」


 話に割り込むヤロミール。それをぴしゃりとはねつけるミルシュカ。間に入るエリザベータ。そんな三人の様子を傍観していると、イゴルが起きあがって身体を伸ばした。


「あーやっと本音を吐いたかー」

「知っていたのか? あの子があれほど《月の巫女》を特別視していることを」

「いいえ。ただ、陰では嫌なことは嫌だとはっきり言う星の巫女様が理由を言い淀んだ挙句、『水浴びができないから』なんて苦しい言い訳をするのに違和感があっただけですよ」

「そうか……俺は、あの子があんなにも気性が激しいことを今の今まで知らなかったよ」

「ははっ、俺もつい先日、偶然知ったんですよ」

「……お前も、そうやって普通に笑うのだな」

「え? ああ。今まで髭で見えていなかっただけで、俺だって笑いますよ。人間ですから」


 はっきりと自分の表情を見られるのは慣れてなくて気恥ずかしいと、彼ははにかみながら頭を掻いた。


 自己主張ができるミルシュカ。照れ笑いをするイゴル。揉め事は起きてしまったが、結果的に二人の知らない一面を見ることができた。

 同じ時間を共にしないとわからないことは多いものだ。


「そろそろ出発しましょう。今日が終わる前に辿り着けるように」

「体調はもういいのか?」

「はい。巫女様たちの薬がしっかり効きました。それに、本音を言ってくれた星の巫女様のためにも、我慢しますよ」

「わかった。お前がそれでいいのなら」


 俺は全員に向けて号令をかけた。荷物をまとめ、犬に乗る。そして再び、風のように森の中を駆け抜けていく。



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