0 プロローグ
ローブを纏う男の手によって、錆びついた扉が耳障りな音を立てて開かれた。そこは薄汚い陰湿な部屋だった。無数の針がついた椅子、拘束具がついた台、人を傷つけるための器具がたくさん置かれている。地下特有の湿気を帯びた冷たい空気が肌を粟立たせ、不愉快な鉄のにおいが鼻の奥を刺激する。
その中で斧を持った無骨な大男が一人、待ち構えていた。
今回はここで処刑されるのね。
連れてこられたエリザベータは怯えることもなく、指示に従って台の上に仰向けになった。手足が台に固定される。
逃げる気なんて全くないのに……
周囲に視線を巡らせると、処刑人と目が合った。彼の目はみるみると恐怖に染まり、握りしめていた斧を手放した。
「はは、はははは……やっぱり無理だ! 俺には……出来ねぇ!」
「逃げるな! これがあんたの仕事だ。さっさと始めるぞ!」
激しい口論が始まった。彼はあまり保たないかもしれないと、放置されたエリザベータは処刑人に同情した。
この処刑に観衆はいない。今から始まるのは見せしめでも、国民のための娯楽でもない、ただの殺人だ。しかも方法を変えて何度も執行しなければならない――この国の王がそう命じたからだ。
すでに何人かの処刑人が心を病み、姿を見せなくなった。当然のことだ。 死なない人間の処刑を繰り返して、正気でいられるはずがない。
エリザベータは幾度となく執行される処刑に、もはや動じなくなっていた。死の痛みを感じ、意識が途切れ、狭い石造りの牢屋で目を覚まし、次の処刑を待つ。それを繰り返す日々。
固く閉ざされた扉と、届きそうもない高さにある小窓だけの空間で出来ることは、神々への祈りや、物思いに耽ることくらいだった。
処刑に恐怖はない。けれどこうした時間があると、あの夜のことを思い出してしまう。
珍しい青い満月の夜。村に代々伝わる【禁忌の儀式】によって、あの人と一緒に不老不死になるはずだった。けれど儀式に成功したのは私だけ――あの人は途中で私の手を振り解いて逃げ出した。
私を好きだと言ってくれた。私もずっと一緒にいたかった。だから禁忌を破ったのに……
儀式が失敗してあの人は死んでしまった……
私はその罪を問われ、村のみんなも殺されてしまった……私のせいで。
そして私だけが死ななかった。
エリザベータの目に涙が溢れた。
手を振りほどいたあの人の、絶望に染まった顔が脳裏に焼きついて離れない。
怒っているの? 泣いているの?
本当は私のことなんて好きではなかったの?
答えてくれる人は、もういない。それでも心の中で問わずにはいられない。
どうしてなの? ラディム……
目から溢れた涙が耳をかすめて髪を濡らした。
斧を握り直した男が雄叫びをあげる。酒の力を借りて、ようやく決心がついたようだ。これでしばらくの間、何も考えなくてすむ。エリザベータは安堵して口元を緩めた。
「魔女め! いい加減に、くたばりやがれ!!」
震える声と共に刃が振り下ろされる。
喉の冷たい感触。激しい痛み。
魔女と呼ばれたエリザベータの意識は、そこで途切れた。