表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

0 プロローグ

 ローブを(まと)う男の手によって、錆びついた扉が耳障りな音を立てて開かれた。そこは薄汚い陰湿な部屋だった。無数の針がついた椅子、拘束具がついた台、人を傷つけるための器具がたくさん置かれている。地下特有の湿気を帯びた冷たい空気が肌を粟立たせ、不愉快な鉄のにおいが鼻の奥を刺激する。

 その中で斧を持った無骨な大男が一人、待ち構えていた。


 ()()()ここで処刑されるのね。


 連れてこられたエリザベータは怯えることもなく、指示に従って台の上に仰向けになった。手足が台に固定される。


 逃げる気なんて全くないのに……


 周囲に視線を巡らせると、処刑人と目が合った。彼の目はみるみると恐怖に染まり、握りしめていた斧を手放した。


「はは、はははは……やっぱり無理だ! 俺には……出来ねぇ!」

「逃げるな! これがあんたの仕事だ。さっさと始めるぞ!」


 激しい口論が始まった。彼はあまり保たないかもしれないと、放置されたエリザベータは処刑人に同情した。

 この処刑に観衆はいない。今から始まるのは見せしめでも、国民のための娯楽でもない、ただの殺人だ。しかも方法を変えて何度も執行しなければならない――この国の王がそう命じたからだ。


 すでに何人かの処刑人が心を病み、姿を見せなくなった。当然のことだ。 ()()()()()()()()()を繰り返して、正気でいられるはずがない。


 エリザベータは幾度となく執行される処刑に、もはや動じなくなっていた。死の痛みを感じ、意識が途切れ、狭い石造りの牢屋で目を覚まし、次の処刑を待つ。それを繰り返す日々。

 固く閉ざされた扉と、届きそうもない高さにある小窓だけの空間で出来ることは、神々への祈りや、物思いに耽ることくらいだった。

 処刑に恐怖はない。けれどこうした時間があると、あの夜のことを思い出してしまう。


 珍しい青い満月の夜。村に代々伝わる【禁忌の儀式】によって、()()()と一緒に不老不死になるはずだった。けれど儀式に成功したのは私だけ――()()()は途中で私の手を振り解いて逃げ出した。

 私を好きだと言ってくれた。私もずっと一緒にいたかった。だから禁忌を破ったのに……

 儀式が失敗して()()()は死んでしまった……

 私はその罪を問われ、村のみんなも殺されてしまった……私のせいで。

 そして私だけが死ななかった。


 エリザベータの目に涙が溢れた。


 手を振りほどいた()()()の、絶望に染まった顔が脳裏に焼きついて離れない。

 怒っているの? 泣いているの?

 本当は私のことなんて好きではなかったの?


 答えてくれる人は、もういない。それでも心の中で問わずにはいられない。


 どうしてなの? ラディム……


 目から溢れた涙が耳をかすめて髪を濡らした。

 斧を握り直した男が雄叫びをあげる。酒の力を借りて、ようやく決心がついたようだ。これでしばらくの間、何も考えなくてすむ。エリザベータは安堵して口元を緩めた。


「魔女め! いい加減に、くたばりやがれ!!」


 震える声と共に刃が振り下ろされる。

 喉の冷たい感触。激しい痛み。


 魔女と呼ばれたエリザベータの意識は、そこで途切れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ