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罠でも構わないと思ってしまった

作者: 夢咲恋歌

惚れたら負け?

いいえ、引っかかったら負けです。

弱小国家と呼ばれる我が国は、砂漠に囲まれた公国だ。


楽観主義、平和主義、臆病者……。


諸外国からは色々と言われているが、

どれも正解で、どれも間違いだ。


初代国王はこの砂漠の地に魅了され、困り果て。

この大きな水瓶(オアシス)を求めた。

そこで出会ったらしい。

美しく気高い、水の精と。

どこまでが実話でどこまでが嘘話かは知らない。

ただ、どうせなら俺も会いたいと思った。


灼熱の砂に覆われた、この公国で。


水に浸り、冷たくも温かい、溺れるような恋を。


「紹介しよう。こちら、帝国からわざわざ視察に来たセルフィナ嬢。で、こっちが我が愚弟、レオンだ。」


国王陛下である兄が、面倒そうに紹介してくれる。


「レオンだ。よろしく、セルフィナ嬢」

「よろしくお願いしますわ、レオン様。」

「んじゃあ、適当に案内してやれ。私は公務に戻る。」

「はい。」


歓迎も何もあったものじゃない対応なのに、彼女は怒った雰囲気もなくゆったりと笑う。


「お忙しいのであれば、私一人で見させていただきますよ。」

「私は暇を持て余して居るので、お気になさらず。見たいところはありますか?」

「レオン様の私室、ですかね?」

「私の?」

「薬剤の研究をなさっているとか。私、薬の研究に興味がありますの。我が国よりも公国は医療が発達しておりますし、珍しい草花も咲いておりますから。」

「なるほど、そういうことですか。でしたら、研究室にもご案内いたしましょう。」

「まぁ、見せていただけるのですか?」

「ええ。隠す必要もありませんから。」


俺たち公国は弱小国家。

軍事国家でもある帝国にとっては虫を払うのと同じくらい簡単に俺たちは価値のない存在だ。

視察に女性を寄越したのも、何もしなければ争う気はないという帝国からの無言の指示だろう。


あぁ、なんて



面倒なんだろう。


「セルフィナ嬢、ご案内いたします。」

「よろしくお願いしますね。」


ニコリと微笑む彼女は、帝国からの使者だとは思えないくらい穏やかに微笑んだ。



彼女はとても聡明な女性だった。

質問内容も、ちゃんと国民のことを考えたものであったし帝国でも、似たようなことができるかと言った内容のもので。


ただソレだけの王族にとっては当たり前のその姿勢に好感がもてた。


本を読む姿も、興味深そうに研究室を見る姿も、真剣な表情で学ぶ姿も。


全部がキレイで。


視線が、彼女に惹きつけられる。


「今夜パーティーをやる。」

「パーティー、ですか。」

「あぁ。セルフィナ(彼女)の歓迎パーティーだ。一週間ほどの滞在とは言え、国賓ということに変わりはないからな。」

「わかりました。」

「丁重におもてなししろ。帝国の機嫌を損ねて、いつこの国が滅ぼされるともわからんからな。」

「ドレスの用意は?」

「すでに部屋に運ばせている。この国の伝統衣装をあの女が着れるのかは知らないがな。」


確かに、帝国に比べれば公国の衣装は全体的に薄い。

隠すことに重きを置く帝国とは違い公国は見せることに重きを置く。


「彼女は着ると思いますよ。」

「ほう?」

「とても、熱心なようですから。」


あの惹きつけられるような熱量が、全て毒薬に向いているように感じたとしても。

あの聡明さは嫌いじゃないから。


「あまり入れ込むなよ、レオン。帝国から娶るのは骨が折れそうだ。」

「ご心配なく。そんなこと、なりませんから。」


食事の席を退席。

自室へと廊下を行く。


帝国から娶る(そんなこと)には、ならない。」


そう。

帝国を相手どることはない。


なぜなら、彼女は…………。


「レオン様。」

「バルトか。」

「彼女につけていた侍女から報告が。」

「聞こう。」

「背中に焼印があるようです。彼女は帝国に支配された者。おそらく、この間の戦いで公国(この国)にたどり着く前に砂漠で倒れられた小国の娘かと。」

「弱小国家とは言え帝国からすれば目障りな存在だろうからな、我が国は。」

「どうしますか。」

「放っておけ。」

「ですが。」

「彼女の狙いが何なのか、確認したい。」

「…………わかりました。ですが、くれぐれも無茶だけはしないように。レオン様。」


パーティーの準備を整え、最終調整をするだけ。

ただそれだけなのに、何時間も費やした。

仕方がない、陛下()の用意した衣装をすり替えるための時間だったんだと自分に言い聞かせ。


「準備はできたかい、セルフィナ嬢。」

「えぇ、もちろんですわ。」


その声を合図に開かれた扉。


我が国の薄いドレスをまとった彼女は、美しい肢体を余すこと無く存分に使っている。

あぁ、なるほど。

だから彼女がこの国に使わされたんだと実感する。


「とてもよくお似合いです。」

「ありがとうございます。ですが、やはり異国の服というのは落ち着きませんね……。」


そう言い、自嘲気味に笑いながら伏せられる瞳からは憂いを感じない。


「今日のパーティーでは貴方ほど美しい人は居ないでしょう。そのような表情をせず、楽しまれては?」

「…………そうですね、ありがとうございます。」

「では、参りましょうか。」


ふわりと掴まれる腕。

エスコートの基本。

わかっている。

それでも、彼女は自分の魅せ方をよく知っていると言わざる負えない。


「レオン様、緊張されているのですか?」

「えぇ。さすがの私も貴方のように美しい方を伴って入場するなんてこと、経験したことはありませんから。」

「まぁ、お上手ですね。ありがとうございます。」


ふわりと笑う。

その行為一つで、視線が惹きつけられる。


おそらく、コレは手遅れというやつだろう。


視線を意識してそらし、会場入りを果たせば視線が集まる。


「待っていたぞ、レオン、セルフィナ。」

「このように素敵な場を用意していただき、ありがとうございます。」


彼女の美しい髪が一房、ハラリと落ちる。


その一連の動作さえ、洗練されている。

会場が一瞬にして彼女に釘付けになったのがわかった。


「……では、今宵は楽しんでくれ。」


陛下が場を仕切り直すようにそう口にすれば、ようやく会場に音が戻ってきて。


「私は何か失敗しましたでしょうか?」

「いいえ?さすが、帝国から使者として来られただけはありますね。素晴らしい所作です。」

「ありがとうございます。」


ほら、まただ。


ざわざわと内側から音をたてる。

俺を掻き立てる。

セルフィナ(この女)から逃げろと。


俺たちを遠巻きに見て、様子を伺っていた連中がジリジリとにじり寄ってくる。

ソレを見て息を吐き出す。


「あの人数を捌くのには骨が折れそうですね。」

「まぁ、レオン様へのご挨拶では?」

「美しい帝国からのお客人に向かった挨拶ですよ。」


そして、お互いに礼をしその場を離れれば囲まれる彼女。


俺が一人になったのを見計らってバルトが傍に立つ。


「いやはや、さすがですね。彼女は。」

「あぁ、本当にな。」

「良いのですか?一人にして。」

「帝国からの使者であることには変わりない。俺は少しはずす。彼女の様子を見ていてくれ。」

「はい。」

「俺はバルコニーに居る。彼女に聞かれたら教えて構わない。」


そう言えば少しだけ怪訝な顔をして。


「正気ですか?その意味わかってます?」

「あぁ、わかってるよ。」


俺はもう、きっと手遅れだから。


「言っただろ?彼女の真意を確かめたい。」

「……わかりました。貴方は一度決めたら聞かないですからね。くれぐれも無茶はしないようにお願いします。」

「あぁ、わかってる。」


バルトから離れれば、次から次へと声をかけられる。

国王の弟という立場はやはり、面倒事のほうが多い。


一通りのやるべきことを終え、バルコニーに出れば少し冷たい風が頬を撫でる。

砂漠の夜は昼間に比べて冷える。

が、酒で火照った身体にはちょうど良い。


「レオン様。」


呼ばれた名前に小さく口角をあげ、ゆっくりと振り返る。


「セルフィナ嬢。」

「ご一緒して良いですか?」

「えぇ、どうぞ。」


コツコツと近づいてくる。

そして、何食わぬ顔をしてピタリと隣に立つ。


「レオン様はどうしてココへ?」

「酔い醒ましです。セルフィナ嬢は?」

「私も、酔い醒まし、です。」


冷たいかぜが吹き、火照った身体を冷ましていく。


「レオン様。」


視線を彼女に向ければ、まっすぐと見上げて来る。

その瞳に、一切の憂いも迷いもない。


あるのは、強い意志。


ただ、ソレだけ。


「今日は、ありがとうございました。楽しかったです、すごく。」

「それは良かった。いつでも案内しますよ、貴方が望むなら。」

「お気持ちだけで、充分です。私は、帰らなければなりませんから。」


会場から聞こえてくる楽団の奏でる音に耳を澄ませる。


「私と踊っていただけますか、セルフィナ嬢。」

「ココで、ですか?」

「ええ、今、この場所で。」


彼女がゆっくりと手を伸ばしてくる。


その小さな手に仕込まれた小さな毒針。


ソレをごまかすように、彼女が腕の中に倒れ込んで来る。


そして、死角から伸ばされた手を捕まえれば大きく見開かれる。


「どうせなら、もっと強い色仕掛けが良かったな。」

「!!」


驚く彼女の後頭部を捉え、深く口付ける。

その隙に、ドレスの中に仕込まれた短剣を背中から手を入れ盗み出す。

その際、背中を堪能したのはご愛嬌だ。


名残惜しく音をたてて解放すれば、ふらふらと数歩退がるから、倒れる前にその腰に手を添えて支える。


「今ので腰砕けか?世界各地を魅了してきた小国出身の劇団員の踊り子にしちゃあ、軟弱すぎねーか?」

「な、ぜ……ソレを…………!!」

「少し考えればわかる。それに、アンタの背中には焼印があった。アレは帝国に隷属された奴の焼印だ。何より、帝国からの使者とは言え、一人で送られて来てる時点で怪しすぎるんだよ。いくら公国が弱小国家でも、普通は五人くらいの編成で来る。」

「……!!はじめから気づいて……っ!!」


カランと小さな音が足元から聞こえる。

彼女が毒針でも落としたのだろう。

あとで回収すれば問題はない。

このバルコニーの足元は、砂が入りこまないように隙間風一つ通さない作りになってるからな。


「で?陛下じゃなく俺を狙った理由は?」

「…………王族なら誰でも良かった。ただ、ソレだけよ。」

「そうか、そうか。わかりやすくて良いな。」


彼女を抱き寄せ、その顎に手をかける。


「それで?あの日砂漠の中から助けてくれなかった公国の王家を許せないから殺すってのか?」

「…………っ。」

「逆恨みも甚だしいな。俺たちが指定した陸路を通らずに砂漠越えを試みたくせに。」

「────」


強気な瞳が揺れる。


「帝国の甘言に乗って身を滅ぼしたのはお前たちだ。俺たちじゃない。」

「………、そんなこと……っ、アンタなんかに…………言われなくたって…………っ。」


強気な瞳が潤み、俺を見る。


強がって涙をこらえる姿にドクリと鼓動が嫌な音をたてる。




あぁ、やっぱり……




手遅れだ。


「帝国が憎いか?」

「憎いわ。大嫌いよ、あんな国。」

「公国が嫌いか?」

「……少なくとも、貴方は嫌いじゃない。」

「ソレが聞けて安心した。」


ニヤリと口角をあげる。


「俺はアンタに惚れた。アンタは俺に惚れた。」

「……、何を…………。」

「良いぜ。弱小国家と呼ばれる公国が手を貸してやる。アンタが興味あるって言った薬の調合方法も伝授してやる。」

「!」

「もちろん、ただでは教えてやらない。」


彼女の瞳が迷うように揺れ、空を映し、目が閉じられる。

そのまままつこと数秒。

開かれた双方の目にはもう、迷いはなくて。


「良いわ、その提案に乗る。」

「条件も聞かずに乗るのか?」

「罠でも良いの。貴方も、そう思ったから、私をココで待っていたのでしょう、レオン様。」


確信を持った問いかけに、ざわりと肌が粟立つ。

これから起きることへの高揚か、それとも恐怖か。


「俺が待ってたのはその強気な瞳に惚れたからだよ。ソレ以外に理由は特にない。」


その腰を放せば、ゆっくりと一歩距離が開く。


「本気?」

「冗談言ってるように思う?心外だな。俺、結構本気で気に入ってるのに。」


罠でも良いと思えるくらいには。


その手で殺されるのも悪くないと思うくらいには。


「公国の男には気をつけなさいと言ってきた先輩(あねさま)たちの言葉の意味がやっとわかったわ。」

「へぇ……?」

「だって、貴方の視線だけで火傷しそうだもの。」


ニコリと微笑むと広がった距離を埋めるように勢いよく一歩を踏み出して。


「!」


唇に一瞬だけ触れる柔らかい感触。


「じゃあ、甘い罠を張ってあげるから。今度もちゃんと引っかかってね?」

「もちろん。ただし、その時はもう、殺されてやんねーぞ?」

「言ったでしょ?()()()()()()()()()()。」

「なるほど。なら、遠慮なく。」



その甘い罠とやらに飛び込んでみるか。

読んでいただき、ありがとうございます

感(ー人ー)謝

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