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メイドのお仕事

 

 「という訳で、私たちメイドの仕事を紹介しますね。ネロ様は食べながらで良いので聞いてください」


 「よろしく頼む」


 「ひとくちにメイドと言っても、仕事内容によってメイドはいくつかの種類に分かれます」


 「具体的には?」


 「まずは、屋敷の掃除を担当するハウスメイド。これはとてもイメージしやすいと思います」


 「分かる。よくハタキを持って歩いてる人だ」


 「ハタキだけじゃなく、モップやほうきやぞうきんも持ち歩きます」


 「そりゃそうだろうけど……」


 魔法使いに杖、剣士に剣、大工に金づち、そしてメイドにはハタキ。

 メイドといったら掃除が仕事であり、逆にそれ以外メイドは何をしているの? というくらいだ(オイ)。

 後は来客の案内とか、細々した用事を言いつけられるとか……具体的には、あんまり思い当たらない。


 しかしミアの口ぶりからすると、もっと色々な仕事をしているらしい。


 「ハウスメイドを統率しているのがハウスキーパーです。この屋敷では私ことミアが勤めさせて頂いています」


 「ミアは偉いんだな」


 「いいえ。ただ長いだけです」


 謙遜するミアだが、長く勤めあげるというのも才能の一つだと思う。

 というか、この子は一体いつからここで働き、今は一体いくつなんだろう。

 幼少期から働いているとしたら、それは一体どうしてなんだろう。

 いずれ折に触れ、聞いてみたいことのひとつだ。


 「話を続けますね。ハウスメイドのほかには、酪農室(デイリー)で働くデイリーメイド。彼女たちがそこで乳製品を手作りします」


 「なるほど。このバター、美味いと思ったらこの屋敷で作られてたのか……」


 「デイリーメイドたちの努力のたまものです。そして洗濯室(ランドリー)では、洗濯を担当するランドリーメイド。彼女たちに嫌われると、洗濯ものがなかなか戻ってきません。気を付けてください」


 「そんな私情で仕事していいのかよ」


 「よくはありませんが、これが現実です。使用人たちの服のことなど奥様も旦那様もそれほど意に介しませんし」


 「なるほどな……」


 チクっても効果なしと。

 ご主人様たちの服に嫌がらせはできないだろうが、使用人同士では在り得る。

 メイドの世界の闇は意外に深い、とだけ覚えておこう。


 「キッチンを担当するものはキッチンメイド。シェフのもとで料理を作るお手伝いをし、作ったものを温かいうちにご主人様たちへ届けます」


 「ほうほう」


 「洗い場を担当するのはスカラリーメイドです。こちらは比較的容易ですから、ネロ様にもお願いすることがあるかもしれません」


 「なるほどなるほど」


 「このように様々な種類のメイドがおりますが、各領域は不可侵という訳ではありません。時にはハウスメイドがランドリーメイドの仕事をしたり、スカラリーメイドがデイリーメイドの仕事をしたりすることもあります」


 「つまり、みんなで協力して臨機応変に働いてるって事だな」


 「そうですね。ですから、メイドは屋敷全体のことを把握する必要があります」


 「なんだか思ったよりもずっと大変そうだな……」


 「ネロ様は男性ですから、いずれこれに加えて執事のもとで従者(フットマン)として働くことが求められます。銀器やグラスの手入れ、ワインやビールを保存するセラーの管理も手伝う事になるでしょう」


 「……あ、そう」


 「屋外部署では庭師や猟場番、敷地内の畑仕事、馬番なら厩舎の管理などですね。幸いにもどこも人手不足ですから、ネロ様は『臨機応変に』手伝いに行ってください」


 「……」


 「何か不満ですか?」


 「何でもない」


 使用人くらい誰でもできると思っていたが、その仕事内容は複雑多岐に渡っていた。

 臨機応変というと聞こえはいいが、色々な場所でこき使われるようになる予感がムンムンだ。


 牢の中で王に使用人を舐めるな、と言われたが、本当にその通りだ。


 「そういう訳ですから、屋敷の構造を把握するよう心がけてください。さっそくですが、絵図面をお持ちいたしました」


 「これか」


 一枚の大きな紙に、屋敷の見取り図が書かれてあった。

 地下室からこの屋根裏部屋まで詳細に書かれてあり、どこに誰が住んでいるかもしっかり記されている。


 リュクシーヌやロイス公爵の住む部屋は2階。

 ここがおそらく家族居住区画であり、広々とした浴室が複数存在している。

 こうしてみると、貴族の屋敷はまるで要塞だ。


 「すぐにとは言いませんが、できるだけ早く覚えてください。絵図面は置いていきます」


 「いいよ、もう覚えた」


 「はい?」


 「覚えればいいんだろ、屋敷内の構造。もう覚えた」


 「……」


 見取り図をたたんで手渡すと、ミアの訝し気な視線が突き刺さる。

 何言ってんだコイツ、みたいな視線が痛い。


 なんだよ、俺はちゃんと見たぞ。


 「……ネロ様。ミアはふざけるのは好きじゃありません。各お部屋を覚えておかないと、後でネロ様が困ります」


 「大丈夫だよ」


 「では聞きますよ。ボイラー室の真向かいに何の部屋がありますか?」


 「使用人作業室(パントリー)とランプ室」


 「客間の名を東から順に仰ってください」


 「赤の間、白の間、青の間、緑の間。その隣に、より高貴な人を泊める薔薇の間」


 「版画室はどの階のどの部屋の間にありますか?」


 「2階のギャラリーをはさんで、白の間と青の間のあいだ」


 「1階にある部屋の名前を全て言ってみてください」


 「西からシェフの部屋、配膳室、晩餐室、大広間、礼拝堂。この屋根裏部屋に続く裏階段をはさんで応接室、エントランスホール、図書室。そして主階段がある」


 「……倉庫はどこにありますか」


 「この部屋の真向かい」


 「……」


 「何だよ」


 「……すごいです。私は、覚えるのに何か月もかかりました」


 「子供だったからじゃないのか?」


 「そういうレベルの話でもない気がします」


 大きな瞳をくりくりと動かして、ミアは本当に驚いているみたいだった。

 だけど、種も仕掛けも何もない。


 「戦争や冒険者ギルドの仕事じゃ、こういうものを一瞬で覚えないといけない。マル秘文書はすぐ破棄されるから、その時に内容を覚えられない奴は死ぬ。だから鍛えられてるんだ」


 「さすが英雄ネロ様です。……ミアは感服いたしました。無礼をお詫びいたします」


 裾をつまんで一礼するミアだった。

 なんとも振る舞いに隙が無い。

 一瞬見えた細くて可愛らしい足首が、俺にとっては一番のご褒美だった。


 「この調子で仕事もできるようになりたいもんだな」


 「ネロ様ならきっと大丈夫です。今、食後の紅茶をお持ちします」


 「自分で取って来るよ。せっかく場所を覚えたんだから」


 「明日からはそうしてください。今日のネロ様はまだお客様です」


 「リュクシーヌたちはそう思っていなかったようだけど……」


 「ミアにとっては、そうなのです。それに、私は紅茶を淹れるのが得意です」


 腰を浮かしかけた俺を押しとどめ、ミアは紅茶を取りに行った。

 彼女はあまり感情を表に出さないが、とても親切な子だ。

 まだ出会って……再会して間もないが、それがよく分かった。


 紅茶を頂戴して眠ったら、いよいよ俺の下僕としての日々が始まる。


 果たして俺はこの屋敷でうまくやって行けるだろうか。

 ミアやロイス公爵のような理解者もいるが、リュクシーヌたちの態度を見ると、何だか少し怪しい気がした。


 そして、その予感はやっぱり的中した──。



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