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屋根裏部屋へ


 ミアに案内された俺の部屋は3階の屋根裏区画にあった。


 屋根裏と言ってもかなり広く、ここだけで何十人も暮らせるスペースがある。

 そして、実際にここでは何十人も使用人たちが暮らしている。


 「ネロ様の部屋は一人部屋になります。これが現時点で公爵様にできる最大限の配慮だそうです」


 「他の人間は違うのか?」


 「はい。個室を与えられる使用人はほとんどいません」


 「ミアは?」


 「私も屋根裏にある他のメイドたちと同じ部屋で寝泊まりしています」


 「ふ~ん。じゃあ男も女もここに暮らしてるのか」


 「男性は屋敷の外にある使用人寮で暮らしています。部屋が別とは言え、一緒では色々な問題が起きるでしょうから」


 「なるほどな」


 さすがに同じ屋根裏に男女をまとめておくわけないか。


 つまり、この屋根裏区画に住んでいる男は俺一人。

 そう知ってしまうと何だかハーレムにでも迷い込んでしまったような気分になる。


 「女たちの中にはネロ様に関心を持っている者もいますが、決して問題を起こさないでくださいね」


 「分かってるって」


 良からぬ下心が伝わってしまったのか、早速クギを刺されてしまった。


 しかし、豪奢な邸宅内と違って屋根裏区画はいきなり質素な空間になった。


 急に狭くなった通路に壁紙などはなく、リノリウムの床が延々続く。


 ここはあくまで邸宅の裏の顔であり、表とちがってカネをかける必要がない。

 そしてその質素さは部屋の中も同様だった。


 「こちらがネロ様のお部屋です」


 「ここが……」


 広いとは言い難い部屋の中に、簡素なベッドが置かれている。

 板張りの床はきしみ、住人に圧迫感を与える飛び出した梁。

 ベッド同様に質素なテーブルの上には使い古したランプが置かれている。

 後は不揃いな木の椅子があって、それがこの部屋のすべてだった。


 俺はこれから何年過ごすか分からないこの部屋をぼんやりと眺め続けた。


 「……英雄のネロ様をお泊めできる部屋ではないと分かっています。しかし、客間を占領させることに奥様もお嬢様も強く反対し……これが精一杯なのです」


 「文句なんかないぞ。立派な部屋を提供してくれて感謝してる」


 「ネロ様は、王都に立派な屋敷をお持ちだったと伺っておりますが」


 「借金ですぐ手放したし、なんだか腰が落ち着かなくってさ。あまり帰らなかった」


 「そうなのですか?」


 「英雄とか言われてるけど、冒険者ギルドに入る前は貧乏農家の倅だよ。これくらいが住みやすくてちょうどいい」


 「そう言っていただけると、幾分気が楽になります。今お食事をお持ちしますので、ネロ様は少し休んでいてください」


 「あぁ、分かった」


 ミアは食事とやらを取りに行き、俺は一人屋根裏部屋に取り残された。


 ベッドに腰かけると、ちゃんとシーツも清潔なものが敷かれていることに気付く。

 うす暗くて古くはあっても、しっかり部屋は掃除されてホコリ一つ見つからない。


 ミアがこの部屋の掃除をやってくれたんだろうか。


 というか、彼女に食事を取りに行かせてしまったけど、本当は俺が自分で取りに行くべきじゃないのかな?

 メイドについてさほど詳しくない俺だが、メイドは労働時間も長く、自由の少ない仕事で、その上給料も半人前だと聞く。


 部屋代と食事代を現金に換算すればそれでも割りの良い仕事かもしれないが……。

 あまり彼女に余計な苦労をかけないように心がけたいものだ。

  

 ややあって、そのミアが戻ってきた。


 「お待たせしました」


 「わざわざすまない」


 「私たち使用人の食事は作り置きです。口に合うかどうか分かりませんが」


 「言ったろ、貧乏農家の倅だったって」


 ミアの持ってきた皿にはニシンの煮つけ、マカロニチーズ、そしてパン、水。


 パンにはたっぷりバターが塗ってあり、今の俺にとっては充分すぎる食事と言えた。


 よく考えたら今日という日はほとんどまともに食事を摂ってない俺は、テーブルに置かれた食事にかぶりついた。


 そんな俺を、なぜかミアまで椅子に座って眺め続けている。


 「……どうした? まさかミア、食事してないのか」


 「いいえ。私は済ませてますから、ご心配なく」


 「見られてると、すげー食べにくいんだが……」


 「公爵様からのお話をお伝えしようと思いまして。食べながらで良いのでお聞きくださいますか?」


 「おう、いいぞ」


 「猟場番(ゲームキーパー)のヘイゼルという者がいます。その者にネロ様の仕事の指導をお願いしたところ、お断りされたそうです」


 「なんで」


 「恐れ多くて無理だそうです。後で、レンヌ街道の時のお礼を申し上げたいと言っていたそうですが」


 「お礼はいいから仕事を教えろと伝えてくれ」


 「そうも申したそうですが、頑としてお断りされたそうです。馬番のトムと庭師のガーナーにも頼んだそうですが、みな同じ理由で拒まれました」


 「どーすんだよ。教えてもらわないと何もできないぞ」


 「ネロ様を怒らせたら殺されると思っているのかも知れません。最近、王都で起こした事件が原因のようです」


 「いや、殺してないから」


 そんなことまでこの田舎に知れ渡っているのか。


 軽はずみだった自分が一番悪いのは承知だが……そろそろ訴えた方がいいだろうか、あの新聞社。


 「報道によると、ネロ様は金貸しの方に大怪我をさせたそうですね」


 「正確には金貸しが連れて来た荒くれどもにだ」


 「荒くれども?」


 「俺がなかなか金を返せないでいるから、集団で脅しに来たんだ。借りていた部屋やギルドにまで押しかけて、俺の以前の仲間にまで取り立てに来るもんだから、つい」


 「……そういう話は新聞には載ってません。ただただ、お金を返さないネロ様が悪いような印象の記事でした」


 「元本は頑張って返したんだけどな。ただ、なんせ金利が10日で1割だったもんで」


 「10日で1割! そんなの、払いきれるわけがありません」


 「本当にな……」


 トイチに返せないから、危うく次はトサンの金貸しに手を出すところだった。

 そうなればこんな俺は甘い処遇ではなく、蟹工船かマグロ漁船に乗っていたに違いない。


 「ネロ様が怒った理由が少し理解できました。ですが、お強いのですから暴力はダメです」


 「反省してるから、男どもに仕事を教えろと伝えてくれ」


 「その必要はありません。皆が断るので、明日から私がネロ様の教育係になりました」


 「まさか俺にメイドになれって事か?」


 「そういう訳ではありませんが、最初はメイドの仕事をして頂くことになるでしょう。従僕(フットマン)たちがネロ様に慣れてから、そちらの仕事も教わってください」


 「ああそう……」


 「さすがに着ていただく服はこの服ではありませんから、心配無用ですよ」


 「当たり前だろ!」


 従僕の仕事も教えてもらえず、男であるにもかかわらずまさかメイドの真似から始めることになるとは。


 何と言うか、下僕ここに極まれりという感じだ。


 この瞬間ミアは単なる職場の先輩ではなく、実質的な俺の指導・監督係となった。


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