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嵐の予感


 「いやぁ〜、会いたかったよネロ君。本当に久しぶりだね」


 「ご無沙汰してます、ロイス公爵」


 「さぁ、さぁ、まずは座って。ミア、お茶を持ってきて!」


 「かしこまりました」


 「此度に関して、王から親書を預かってきました。どうぞ拝見ください」


 「いいよそんなもの。どうせ小難しいことが書いてあるだけなんだから」


 「……はは、どうも」


 ロイス公爵の部屋に通された俺は、至極恐縮しながら頭を下げた。


 彼は相変わらず人好きのする人で、明朗快活であり、一言でいえば騒々しいオッサンだった。

 貴族らしからぬくだけたキャラクターは賛否両論あるかもしれないが、少なくとも彼の下で働いてパワハラを受ける心配はないだろう。


 「しかし、この二年間はネロ君も大変だったようだね。まさかあれだけの報奨金を全て使い切ってしまうとは!」


 「はい。借金やらなにやらかにやら。博打で増やそうともしたんですが」


 「それは悪手だね。博打は確実に胴元が勝つようにできているんだから」


 「今では身に沁みました」


 「どうして僕に相談しなかった? 言ってくれれば助けることができたかもしれないというのに……」


 「さすがにそれはちょっと。俺にも恥というものがあります」


 「僕がそのことを知ったのは、君がすっかり身を持ち崩した後だった。リュクシーヌも悲しんでいたよ」


 「本当に申し訳ありません」


 ロイス公の娘・リュクシーヌとの婚約は内内で決まりかけていた。

 しかしこういう事になった以上、とても嫁に貰うことなどできないと俺の方から婚約は破棄させてもらった。


 無論、俺から言い出さなければ向こうから破棄したことに疑いはない。


 「まぁ、いまさら言っても仕方ない。君の人生は火事で焼けてしまったようなものだと思うしかないね」


 「ものの見事に炎上しました」


 「だが、全焼しても鎮火すればまた家は建つ。君はまだ若いんだから、いくらでもやり直しはきくはずだ」


 「そのつもりで働かせていただきます」


 「頼んだよ。使用人の仕事は初めてだろうが、分からないことは執事のハルヴァートンや、ミアに聞くと良い」


 「承知しました」


 「ミア! そういう訳で、救世主様のお世話をよろしく頼んだよ」


 「……私などで宜しいのですか?」


 「歳も近いし、丁度良いだろう。ネロ君、この子は幼いころから我が家で働いてくれていてね。今ではほとんどメイド長のようなものなんだ」


 「そうだったんですか」


 「いえ。ただ長く働いているだけです」


 「それに、お前もネロ君の大ファンだっただろう? 王都までわざわざついてきて、戦勝パレードを一緒に見に行ったじゃないか」


 「旦那様。その辺で」


 「レンヌ街道のモンスター討伐の際には命を救ってもらったと話していたね。あの時からきっとネロ君は憧れの存在だったんだよ」


 「旦那様。その辺でやめないと、ミアは怒ります」


 「怒ることはないじゃないか。ったく、本当に難しい年頃だ……」


 苦笑いするロイス公爵だった。

 俺も何と言っていいか分からず、愛想笑いを返すのみだ。


 ミアに言われて思い出したのだが、確かにそうした人助けをした記憶はある。

 街道に現れたモンスターの一部が戦いのさなかに町へとなだれ込み、人びとを襲ったのだ。


 その時に俺が助けた人の中に、このミアという少女もいたのだろう。

 今では立場は逆転し、ミアが上司で俺がその部下という事になる。


 「俺はいつから働けば良いですか? 今日からですか?」


 「今日はさすがに長旅で疲れているだろう。明日から頼むよ」


 「分かりました」


 「僕としては、英雄の君をせめて執事(バトラー)として迎え入れたかったんだが……それはなかなか難しくてね。今いる執事長のハルヴァートンの立場もある」


 「別に俺は下僕でも何でも構いません」


 「何より王の命令なんだ。腕っぷししか能のないネロ君は世間知らずで世の中を舐めてるから、まず下僕としてしっかり働かせよ! とね」


 「……」


 「旦那様。少し言葉が過ぎるかと」


 「僕じゃないよ! 王様がそう言ってきたんだ」


 「王の言うことももっともです。実際にこういうことになってしまったんで」

 

 今は何を言われてもハイと言って頭を下げるしかない。

 俺としては、せいぜい真面目に働いて見返してやるだけだ。


 それにここは多分、働く環境として悪くないと思う。


 主であるロイス公爵は俺を気に入ってくれているし、ミアには仕事の話を色々と聞きやすそうだ(多分)。

 田舎育ちの俺は、せかせかした王都よりもレンヌのような落ち着いた町の方が過ごしやすいかもしれない。


 お金はなくなってしまったが、俺はもともと金持ちでもなかったから元に戻っただけ。

 自分の状況を悲観する要素はひとつもなかった。


 ある一点を除いては。


 「それじゃあミア、あとはネロ君を部屋に案内して……」


 「お待ちください。まだ奥様とお嬢様への挨拶が済んでおりません」


 「ん……あぁ、彼女たちには別に明日でも……」


 「ダメです。奥様もお嬢様もネロ様の到着にはとうに気付いてますし、お話ししたいことがあると仰ってました」


 「ふぅ……やれやれだね」


 ロイス公爵は困ったように肩をすくめた。

 その雰囲気で、何かあんまり良くない話があると感じてしまった。

 思い当たる節は、当然ある。


 「……実はね。リュクシーヌも妻のカタリナも、あんまりネロ君の事を快く思っていないんだよ」


 「それは当然だと思います。俺が婚約破棄という不義理を犯したわけですから」


 「そんな君がこの家で働くことに猛反対さ。王の命令だからと言っても聞きやしない」


 「それも無理ありませんよ。むしろ、快く働かせてくれるロイス公爵が稀有です」


 王とロイス公爵の間で話がついていても、ロイス公爵の家庭内では全く話がまとまっていなかったらしい。

 急な話だったので無理もない。


 まさか追い出される事は無いと思うが……いや、あるか?


 「婚約破棄など、ままある話だ。僕はそれほど怒るような事じゃないと思っているんだが……」


 「ネロ様。奥様もお嬢様も誇り高いお人です。ネロ様の一件で、その誇りをひどく傷つけられたと思っているのです」


 「……謝ってもダメそう?」


 「ダメだと思います。忘れていたはずの怒りが、今回の事で再び燃え……」


 「お父様! リュクシーヌですけど、入っても宜しいかしらっ!?」


 「あぁ……来ちゃったね」


 ロイス公爵はがっくりとうなだれた。

 ミアは大きくため息を吐く。

 正直言ってうなだれたいのはこっちの方だったが、うなだれてる時間もなさそうだ。


 終わったと思っていた過去の清算が、まだ終わっていなかった。


 「あなた。そこにあのネロ・アーデルハイトが来ているのでしょう。私からもぜひ、ご挨拶をさせていただかなくてはね!」


 「……ネロ君。ケツの穴を引き締めた方が良いよ」


 「公爵もどうぞ締めてください。ミアも締めていいぞ」


 「私は別に締める必要はありませんので」


 避けられる嵐は避けたいものだが、残念ながら避けるには遅すぎる。


 貴族らしからぬ品のなさで、公爵の部屋の扉が勢いよく開けられた。


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